プレスリリース
(研究成果) 日本のキュウリのゲノム配列を初めて高精度で解読

- DNAマーカーによる品種育成を加速化 -

情報公開日:2025年4月 8日 (火曜日)

ポイント

農研機構は、日本のキュウリ品種「ときわ」のゲノムを高精度で解読しました。キュウリのゲノムの解読は難しいとされてきましたが、ロングリードシーケンス技術1)を用いて高精度の解読に成功しました。「ときわ」は我が国のキュウリ品種育成の素材として広く利用されてきましたが、本成果によりDNAマーカーの開発が進み、キュウリの耐病性品種や耐暑性品種など、ゲノム情報に基づいた品種育成の迅速化2)への貢献が期待されます。

概要

キュウリは主要な生鮮野菜の一つで、2022年の国内産出額は1,251億円となっています(令和4年度農林水産省生産農業所得統計)。しかし、近年は新たな病害による生育不良や暑さにより実がつきにくいなどの問題が深刻化しており、このような問題に対処するには新たな品種の育成が不可欠となっています。また、キュウリを含む野菜のゲノム情報の解読はイネやムギなどの穀物に比べて遅れているため、従来よりも効率的な品種育成を可能とするDNAマーカーを用いた選抜に必要なゲノム情報が不足していました。

このたび農研機構は、DNAマーカーを用いたキュウリの効率的な品種育成を進めるため、近代の日本のキュウリ品種の元祖ともいうべき重要な品種である「ときわ」のゲノムを高精度に解読しました。キュウリのゲノムには短い塩基配列の繰り返しが大量に存在するため、その完全解読は困難とされてきました。これまでに公開されていたゲノム配列も、約3億3千万塩基対と推定されるキュウリゲノムのうち、解読できているのは2/3以下の2億1千万塩基対で1億2千万塩基対が未解読なままとなっていました。今回、数万塩基から数十万塩基の配列を決定できるロングリードシーケンス技術を採用することで、未解読領域を5千万塩基対まで大幅に縮小して2億8千万塩基対(85%)を解読し、新たに2,000以上の遺伝子を発見しました。

「ときわ」は、我が国のキュウリの新品種育成の素材として広く利用されてきた品種です。日本キュウリのゲノム情報が高精度で解読されたことで、耐病性や耐暑性などの有用遺伝子の効率的な推定が可能となり、新たな品種を育成するためのDNAマーカーを迅速かつ容易に開発できるようになることから、キュウリ品種育成の迅速化に貢献します。

関連情報

予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究
「植物遺伝資源の収集・保存・提供の促進」JPJ009843
「海外植物遺伝資源の民間等への提供促進」JPJ007117

予算 : 内閣府官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)
「遺伝資源ゲノムデータ基盤の構築による民間育種の加速化」

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 基盤技術研究本部 遺伝資源研究センター
センター長栁澤 貴司
同 野菜花き研究部門 所長東出 忠桐
同 基盤技術研究本部 高度分析研究センター
センター長山崎 俊正
研究担当者 :
同 基盤技術研究本部 遺伝資源研究センター
植物資源ユニット 上級研究員内藤 健
同 野菜花き研究部門 野菜花き品種育成研究領域
施設野菜花き育種グループ
主任研究員下村 晃一郎
(現:農林水産技術会議事務局)
同 基盤技術研究本部 高度分析研究センター
ゲノム情報大規模解析ユニット
上級研究員矢野 亮一
広報担当者 :
同 基盤技術研究本部 遺伝資源研究センター
ジーンバンク事業技術室江花 薫子

詳細情報

研究の社会的背景

キュウリは、主要な生鮮野菜として、夏期の露地栽培だけでなく冬から春にかけての温室栽培も広く行われており、令和4年度農林水産省生産農業所得統計によれば、国内産出額は1,251億円と、野菜ではトマト・タマネギ・ネギに次いで大きい品目です。しかし、近年は温暖化の影響を受けて、耐病性や耐暑性を改良した新品種の育成が生産現場から求められています。迅速な新品種育成のためには、育種の基盤としてゲノム情報の整備が不可欠ですが、キュウリを含む野菜類ではイネやムギなどの穀物に比べて、その解読が大幅に遅れていることが課題でした。

図1. キュウリ「ときわ」の果実

研究の経緯

農研機構は、日本のキュウリ育種の基盤として、日本版のキュウリのゲノムの解読に着手しました。キュウリのゲノムは約3億3千万塩基対と植物としては小さいほうですが、既に公開されている中国系統のキュウリのゲノム配列では約1億2千万塩基対に相当する領域が未解読でした。これは、キュウリゲノムの約1/3が、短い塩基配列が数千・数万回繰り返される連続反復配列(タンデムリピート3))で構成されており、一度に決定できる塩基配列の長さが短い既存のシーケンス技術では、解読できた短い塩基配列をつなぎ合わせてタンデムリピート領域の全長を再構築することが原理的に不可能だったことによります。そこで農研機構は、決定できる塩基配列が非常に長いロングリードシーケンス技術を採用した新たなシーケンサーを導入し、反復配列を含めてキュウリのゲノム配列を高精度に解読することを試みました。

研究の内容・意義

解析には品種「ときわ」を使用しました。「ときわ」は日本の気候によく適しており、春から秋にかけて栽培可能なことから、多くの品種育成の素材として利用され、「ときわ」グループとも呼ばれる一大品種群の形成に貢献している重要な品種です。今回、キュウリのゲノム約3億3千万塩基対のうち、2億8千万塩基対(85%)の配列を解読することに成功しました。これまで未解読だった1億2千万塩基対のうち、7千万塩基対以上を新たに解読したことになります。さらに、これまで未解読だった領域には2,000以上の遺伝子が存在することを明らかにしました。キュウリのゲノムには、157塩基対からなる特定の配列が5,000回以上繰り返し続く領域が何箇所もあります。既存のシーケンス技術では一度に決定できる塩基配列が短いため、このような繰り返し領域は解読できませんでした。今回、一度に数万から数十万塩基に上る長い配列を決定可能なロングリードシーケンス技術を用いたことで、反復配列が続く領域も正確に決定することができました。

今後の予定・期待

今回、日本のキュウリの品種「ときわ」のゲノムの高精度での解読により、これまでに存在が知られていなかった多くの遺伝子情報を網羅したゲノム情報が整備されました。これにより、キュウリにおいて、耐病性や耐暑性、収量などの重要な形質に関する遺伝子の新規発見やそれに連鎖するDNAマーカーの開発などがより容易に実施できるようになり、「ときわ」のゲノム情報に基づいたキュウリ品種育成の迅速化を図ることができます。また、本研究成果である「ときわ」のゲノムを基本のゲノム配列とし、他の品種と比較することで、キュウリ遺伝資源の大規模な遺伝子型解析が可能となりました。現在、キュウリの遺伝資源の形質評価のデータと遺伝子型データとの相関解析を進めています。解析が進めば、有用な形質に関与する遺伝子の候補を網羅的に見出すことが可能となる予定です。これにより、キュウリの品種育成に大きく貢献することが期待されます。

用語の解説

ロングリードシーケンス技術
ゲノム配列の解読では、一度に長いDNAの塩基配列が決定できるのではなく、断片化したDNAの塩基配列を決定したあと、計算機を使ってその配列の両端が重なるもの同士を繋ぎ合わせることで元のゲノム配列を再構築します。このとき、断片化した塩基配列が短いと隣の配列との重なり合う部分も短くなるため、同じ塩基配列が繰り返し並んでいる領域の再構築は原理的に不可能となります。ロングリードシーケンス技術は、より長い塩基配列を一続きで読み出せるため、5,000ピースのパズルよりも500ピースのパズルの方が簡単に組み立てられるように、これまで再構築できなかった領域の塩基配列を決定できます。 [ポイントへ戻る]
ゲノム情報に基づいた品種育成の迅速化
詳しいゲノム情報が得られると、特定の遺伝子を検出するためのDNAマーカーを作ることができます。病気に強い、収量が高いなどの農業形質の多くは、栽培環境によって変動するので複数年の調査が不可欠ですが、環境の影響を受けにくいDNAマーカーを使えば、目的の遺伝子を持っている品種候補を短期間で選ぶことができます。 [ポイントへ戻る]
タンデムリピート
ゲノム配列はA・T・G・Cの4種類の塩基が連なったものですが、 AACG AACG AACG ...のように同じ配列が何度も繰り返し現れることがあります。このような配列をタンデムリピートと呼びます。 [研究の経緯へ戻る]

発表論文

Chromosome-level assembly of Cucumis sativus cv. 'Tokiwa' as a reference genome of Japanese cucumber. Seiko T, Muto C, Shimomura K, Yano R, Kawazu Y, Sugiyama M, Kato K, Tomooka N, Naito K Breeding Science Advance online publication
doi: https://doi.org/10.1270/jsbbs.24066