開発の社会的背景
食料安全保障の観点から海外への依存度が高いダイズの収量を上げることが重要な課題となっています。気候変動が農業生産に影響する一方、人口増加や食生活の変化により、世界的に需要が高まっているからです。このため農林水産省はダイズの国内生産量を2023年度の26万トンから2030年には39万トンまで引き上げる目標を掲げました。その実現に向けて、農研機構では収量の高い品種の開発と普及を進めています。
ダイズの栽培では、収穫前やコンバイン収穫時に莢がはじけて豆が地面に落ちる収穫ロスの割合が収量の2割を超えることがあり、収量の向上には、豆が実る量を増やすことに加えて、収穫ロスを減らすことが重要です(図1 )。気候変動による収穫期の高温や乾燥、人手不足による収穫作業の遅れ、コンバイン収穫による物理的な刺激が、莢がはじけることによる収穫ロスを増やす要因になっています。これまで農研機構は海外ダイズ品種に由来する莢のはじけにくさ(難裂莢性)を導入し、収穫ロスが1/2~1/3に減った「ダイズ難裂莢性品種群」を育成し、これまでに10,000ha以上に普及が進んでいます。しかしながら、温暖化の進行や栽培規模の拡大に対応していくためには、さらに莢がはじけにくい品種の育成が生産者から求められています。
図1. 畑でダイズの莢がはじけた様子
研究の経緯
マメ科の野生植物はもともと莢がはじけやすく、それによって種子が広い範囲に飛散するという性質を持っています。マメ科の野生種から、ダイズやアズキなどの栽培種ができる過程では、豆が大きくなる性質や栽培しやすい性質に加えて、莢がはじけにくい性質も選ばれてきました。
マメ科植物の莢がはじけるのは、豆が熟して乾燥した時に莢の内側の硬い組織がバネのようにねじれるためです(図2 )。ダイズの栽培化の過程ではそのバネの力が弱いものが選ばれることではじけにくくなりましたが、まだ莢がはじける程度のバネの力は残っています。一方、アズキは栽培種ができる過程で、バネのようにねじれる組織そのものがなくなることでねじれる力が失われ、莢がはじけなくなっています。2020年に、農研機構を中心としたグループは、アズキの莢のバネの消失はMYB26という遺伝子の変異が原因であることを報告しました(Takahashi et al . 2020、https://doi.org/10.3389/fgene.2020.00748 )。そこで、アズキの莢がはじけなくなる変異をダイズでも再現することで、ダイズの莢からもバネをなくせる可能性を考えました。ダイズにも同じMYB26遺伝子がありますが、アズキと異なり4個のMYB26遺伝子が発現して機能しています。そのため本研究では、アズキと同じ変異を再現するためにダイズでMYB26遺伝子4個に同時に変異が起きた場合の莢のはじけにくさを調べました。
図2. 莢がはじける仕組み
①莢は、外側と内側の繊維の方向が異なる2つの層からできており、乾燥すると2つの層が異なる方向に収縮することで、ねじれる力を生むバネになります。②ねじれる力が大きくなると、莢のつなぎ目が割れて、莢が勢いよくねじれ豆が外にはじけ飛びます(農研機構研究報告2023年13号(https://doi.org/10.34503/naroj.2023.13_81 )より改変)。
研究の内容・意義
本研究では、農研機構が構築したダイズ突然変異集団を用いました。この突然変異集団は、化学薬品処理によってゲノム中の様々な場所にランダムに変異が起きた系統群です。今回はこの突然変異集団の中から4個のMYB26遺伝子のうちそれぞれ1個が機能を失った4系統の変異体を選抜しました。さらに、この変異体の間で交配を重ねることで4個全てのMYB26遺伝子が壊れた四重変異体2) を作成しました。この四重変異体は、莢の内側の硬い組織が消失し、最近開発された莢のはじけにくい品種「えんれいのそら」と比較しても、さらにはじけにくくなっていることが分かりました(図3 )。
図3. 莢がはじけた様子とその割合、横断面の比較
上段) 以下の3つを通常よりも湿度が低い条件(10-12%の低湿度、温度25° C)で2週間乾燥させた時のはじけた莢の様子。
一般的な日本の品種「エンレイ」
莢がはじけにくい品種「えんれいのそら」(ダイズ難裂莢性品種群の一つ)
本研究で作成した「エンレイ」由来のMYB26遺伝子四重変異体
下段) 莢の横断面ではバネとなる内側の硬い組織の層がピンク色に染められています(図2 ではピンク色で示した部位)。四重変異体ではバネとなる組織の層がほぼ失われていることが分かります。
今後の予定・期待
本研究で作成した四重変異体は、今後、畑で栽培した場合の収量や栽培適性などを詳しく確認し、同じ四重変異を最近の高収量品種に導入することで、収穫ロスを防ぎ、さらにダイズの収量を高められる可能性があります。本成果が実用化されることで、気候変動や人手不足に対応し、収量向上に貢献することが期待されます。
発表論文
Ryoma Takeshima (第一著者), Yu Takahashi (責任著者), Akito Kaga, Ryu Nakata, Ken Naito, Masao Ishimoto (2025) New strategy to enhance soybean pod shattering resistance with quadruple GmMYB26 mutations. New Phytologist. vol 246, Issue 5 pp 1899-1904. https://doi.org/10.1111/nph.70081
用語の解説
研究担当者の声
高橋主任研究員(左)と竹島主任研究員(右)
遺伝資源研究センター 植物資源ユニット主任研究員 高橋 有
私が「雑豆に学ぶダイズの育種」を研究テーマに掲げてから10年が経ちました。この育種戦略はダイズのみを研究しても辿り着かない知恵を絞り出すことができます。
日本の食料自給率を向上するため、多様なマメ類の長所を集めて大幅に収量を向上したダイズを次の10年で開発したいと考えています。