プレスリリース
(研究成果) 農地の炭素量増加による3つの相乗効果を世界規模で定量的に推定

- 作物増収、温暖化緩和、窒素投入量の節減 -

情報公開日:2022年3月29日 (火曜日)

農研機構

ポイント

土壌への有機物施用を増やすなどの農地管理により土壌中の有機物(主に土壌炭素1))を増やすと作物の増収効果があることが知られています。また、有機物中の炭素を土壌中に貯えることとなるため大気中の二酸化炭素濃度を減少させ、温暖化緩和に役立ちます。今回、農研機構では、主要穀物2)6種(トウモロコシ、コメ、コムギ、ダイズ、ミレット、ソルガム)について、世界の農地における土壌炭素量の増加に伴う環境保全効果を定量的に推定しました。増収効果が見込める範囲内では最大で世界の農地の土壌炭素量を127.8億トン増加できると推計しました。この量の土壌炭素量の増加により、穀物生産を3,825万トン増加、世界の平均気温上昇を0.03°C抑制、無機窒素肥料の投入量を582万トン節減できると期待できます。本成果は、土壌炭素量を増加する農地管理を促進するための制度を整えるなど、各国政府や国際機関の施策決定の資料として役立つと考えられます。

概要

農地管理により土壌中の有機物を増やすと、土壌の肥沃度や保水力が改善し、作物の増収効果や干ばつ被害の軽減効果があることが知られています。また、土壌炭素量の増加は、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度の減少として換算され、温暖化緩和に貢献します。しかし、このような増収効果を目的とした農地管理がもたらす温暖化緩和など複数の環境保全効果を世界規模で定量的に評価した例はありませんでした。

農研機構は今回、世界の主要穀物の収量と気候、土壌、栽培管理のデータを組み合わせ、農地土壌の表層30cmまでに含まれる炭素量と収量の関係を機械学習により解析し、得られた関係を用いてコンピュータシミュレーションを行い、土壌炭素量の増加により期待される穀物生産量の増加を推計しました。また、栽培管理のうち窒素投入量と収量の関係を用いたコンピュータシミュレーションを行い、土壌炭素量の増加から推計される増収分を得るために必要な無機窒素投入量、すなわち土壌炭素量を増加することによって節減できる無機窒素量を推計しました。

土壌炭素量と収量の関係から、土壌炭素量の増加に伴い収量は増えるものの、やがて増収効果は頭打ちになることが推定されました。この推計をもとに、増収効果が見込める範囲で最大限土壌炭素量を増やすとした場合、現在(2010年)の世界の栽培面積を想定すると土壌炭素の増加量は世界全体で127.8億トンと推計されました。このときの世界の生産量増加は6穀物合計で3,825万トン、世界の気温上昇を抑制する効果は0.03°Cと見積もられました。また、土壌炭素量の増加によるこの増収効果は、無機窒素肥料であれば投入量582万トンによって得られる増収効果に相当すると推計されました。これは世界の窒素投入量の7.2%(対2000年)に相当します。無機窒素肥料の過剰な投入は水質悪化との関係が指摘されています。土壌炭素量の増加は無機窒素肥料の使用を減らすことで水質保全にも寄与すると考えられます。

本成果は、例えば、土壌炭素量を増加する農地管理を促進するための制度を整えるなど、各国政府や国際機関の施策決定に役立つと期待されます。また、食料生産性向上と温暖化緩和はそれぞれ持続可能な開発目標3)(SDGs)の目標2「飢餓をゼロに」と目標13「気候変動に具体的な対策を」に掲げられています。また、土壌保全は目標15「陸の豊かさも守ろう」に掲げられています。本成果は、土壌炭素量を増加する農地管理がこれら3つのSDGs目標の達成に寄与することも示しています。

関連情報

予算 : 独立行政法人環境再生保全機構 環境研究総合推進費2-2005「気候政策とSDGs の同時達成における水環境のシナジーとトレードオフ」(2020-現在)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構農業環境研究部門 所長岡田 邦彦
研究担当者 :
同 気候変動緩和策研究領域 上級研究員和穎(わがい) 朗太
同 気候変動適応策研究領域 上級研究員飯泉(いいずみ) 仁之直
広報担当者 :
同 研究推進室(兼本部広報部)杉山 恵

詳細情報

開発の社会的背景と経緯

土壌炭素量を増加する農地管理がもたらす増収効果は多数のほ場試験が裏付けています。また、世界の農地の土壌炭素量を増やすことにより、大気中のCO2濃度を下げ、世界の平均気温の上昇を抑えられる(温暖化を緩和できる)可能性があることはこれまでも良く知られていました(参考資料1)。このため、農地の土壌炭素量を増やすことを通じて温暖化緩和と食料安全保障の達成を目指す「4パーミルイニシアチブ4)」が2016年から国際的に推進されています。しかしこれまで、こうした増収効果を目的とした農地管理がもたらす複数の環境保全効果を世界規模で定量的に評価した例はありませんでした。

そこで農研機構は、世界の主要穀物の収量・土壌データなどから、農地土壌に含まれる炭素量と収量との関係を解析し、現在の栽培面積を想定した場合に、土壌炭素量の増加により見込まれる生産量の増加効果を推計しました。また、収量・窒素投入量データなどを解析し、土壌炭素量増加による上記の生産量の増加効果がどの程度の窒素肥料の節減に相当するかについても見積もりました。

研究の内容・意義

  • 栽培管理、気候、土壌の条件と収量との関係を機械学習により推計しました。その結果、土壌炭素量の増加に伴い収量は増えるものの、平方メートルあたり6~9キログラムで増収効果は頭打ちになる関係があることが分かりました(図1A)。
  • 窒素については、投入量の増加に伴い収量は増えるものの、ヘクタールあたり200キログラム付近で増収効果は頭打ちになる関係があることが分かりました(図1B)。なお頭打ちとなる窒素投入量は作物により異なり、トウモロコシ、コメ、コムギ、ミレット、ソルガムではおよそ200キログラムでした。ダイズは窒素投入量を増やしても収量はほとんど増加しないとの結果でした。
  • 2010年の世界の栽培面積分布を想定し、得られた土壌炭素量と収量の関係を用いてコンピュータシミュレーションを行った結果、増収効果が見込める範囲内で土壌炭素量を最大限増やす(気候帯により異なりますが、最大でおよそ平方メートルあたり9キログラムまで土壌炭素量を増加させる)と、増加量は6作物を栽培する世界の農地全体で127.8億トンとなると推計されました(図2B)。
  • この規模の土壌炭素量増加によって、6作物合計の世界全体での収量は3,825万トン増加すると推計されました(図2C)。これはフランスの2010年代平均のコムギ年間生産量(3,800万トン)に匹敵します。
  • また127.8億トンの土壌炭素量は、2018年の世界の年間CO2排出量335億トン(炭素換算で91.5億トン)の1.4倍であり、この規模の土壌炭素量増加によって世界の平均気温の上昇を0.03°C抑制すると見積もられました。
  • 得られた収量と窒素投入量の関係を用いてコンピュータシミュレーションを行い、上記の生産量増加に相当する窒素投入量は582万トンと推計しました(図2D)。この窒素投入量は世界の窒素投入量8073万トン(2000年)の7.2%に相当します。土壌炭素量の増加により無機窒素肥料を追加投入せずに増収効果が得られることから、過剰な無機窒素投入の節減につながります。

今後の予定・期待

本成果は、土壌炭素量を増加する農地管理を促進するための制度を整えるなど、各国政府や国際機関の施策決定に役立つと期待されます。また、本成果は、土壌炭素量を増やす農地管理が、SDGs目標のうち3つ(2飢餓をゼロに、13気候変動に具体的な対策を、15陸の豊かさを守ろう)の達成にも寄与することを示しています。さらに、過剰な無機窒素肥料の投入を減らすことを介して、土壌炭素量の増加は、目標6「安全な水とトイレを世界中に」に掲げられている水質保全にもつながる可能性があります。

用語の解説

土壌炭素
土壌には炭酸塩などの無機炭素と枯死根・腐植や微生物代謝物といった有機炭素が含まれます。後者には有機態窒素やリンなどの養分も多く含まれ、土壌有機物と呼ばれます。農地で、堆肥や植物残渣などの有機物を土壌に入れると、徐々に微生物により分解されますが、そこに含まれる炭素の一部は土壌有機炭素として土壌に留まります。この微生物の分解を受けにくい土壌有機炭素の増加を土壌炭素貯留と呼び、養分供給、多孔質団粒構造形成による保水性や土壌生物多様性の増加を促します。京都議定書第3条4項において、各国が選択可能なCO2の吸収源活動として、炭素の貯留を高める農地管理が位置付けられているところです。土壌肥沃度が低い農地において炭素貯留に寄与する土壌管理技術には、不耕起・省耕起(団粒構造が発達・蒸発散を抑え、節水になる)、土面被覆、アグロフォレストリー(樹木の間で農作物を栽培)、緑肥(カバークロップ)、堆肥やコンポスト、バイオ炭といった有機資材の投入などがあります。[ポイントへ戻る]
主要穀物
トウモロコシ、コメ、コムギ、ダイズ、ミレット、ソルガム。ミレットとソルガムはアフリカ地域で広く栽培されている作物で、これらを合わせた6穀物で世界の農地面積の半分を占めます。[ポイントへ戻る]
持続可能な開発目標(SDGs)
国連が掲げる、持続可能な開発のために2030年までに達成すべき17の目標。[概要へ戻る]
4パーミルイニシアチブ
4パーミル(4‰)とは1000分の4のことです。全世界の土壌中に存在する炭素の量を毎年1000分の4ずつ増やすことができたら、大気中のCO2濃度の上昇を相殺できるという計算に基づき、土壌炭素量を増やす活動を推進している国際的な取り組みです。2015年にパリで行われた気候変動枠組条約第 21 回締約国会議(COP21)の際にフランス政府主導で始まり、2019年12月現在、日本を含む413の国や国際機関、NPO などが参加しています。[開発の社会的背景と経緯へ戻る]

参考資料

参考図

図1 収量と土壌炭素量、窒素投入量との関係
左図は、農地の土壌(土壌表面から深さ30cm)に含まれる炭素量と収量との関係を示します。縦軸に示した収量は栽培面積の違いを考慮したうえで6穀物について平均しました。縦軸は世界の平均収量を基準(1.0)とした相対値です。右図は、窒素投入量と収量との関係を表します。収量は土壌炭素量の場合と同じ方法で計算しました。
図2 現在の土壌炭素量と推計された土壌炭素量の増加、土壌炭素量の増加がもたらす増収効果と節減できる窒素量
左上図Aは、農地の土壌(土壌表面から深さ30cm)に含まれる現在(1990年代)の炭素量。左下図Bは、今回、推計された増収効果が見込める範囲での最大限の土壌炭素量の増加量(6穀物計)。右上図Cは推計された土壌炭素増加量に対応する増収効果(栽培面積の違いを考慮したうえで6穀物を平均。2000年頃の平均収量に対する割合)。右下図Dは推計した生産量増加に対応する無機窒素の節減量(栽培面積の違いを考慮したうえで6穀物を平均)。白色の地域は栽培されていない地域。