プレスリリース (研究成果) イネのカドミウム・マンガン輸送体タンパク質の働きを調節するアミノ酸部位を特定
- 安全性の向上と生産性を両立したイネの開発が可能に -
ポイント
イネはOsNRAMP51) という細胞膜に局在するタンパク質を使って、根からカドミウムとマンガンを同時に吸収します。農研機構はこのOsNRAMP5タンパク質を構成する337番目のアミノ酸が、カドミウムとマンガン輸送の調節に重要な部位であることを突き止めました。突然変異によってこの位置のアミノ酸がグルタミンからリジンに変化したイネでは両元素の吸収は抑制されますが、生育に必要なマンガン量は確保できます。本成果は、安全性の向上と生産性を両立した水稲品種の開発に役立ちます。
概要
農研機構では、これまで、日本人が食品から摂取するカドミウムの約40%を占めるコメ中のカドミウム濃度を画期的に低減するカドミウム低吸収性品種「コシヒカリ環1号」2) を開発しました。この品種はカドミウム吸収を司るOsNRAMP5 遺伝子の機能が欠失しているため、カドミウム吸収が著しく抑制されます。しかし、それと同時に生育に必要なマンガンの吸収も抑制されるため、マンガン不足によってごま葉枯病3) に罹病しやすい傾向があることから、栽培には注意が必要でした。
今回、農研機構は突然変異育種法4) と遺伝子解析技術を組合せることで、カドミウムとマンガンの輸送が緩やかに低下した新たな変異型のOsNRAMP5 遺伝子をもつ突然変異イネを選抜しました。そして、変異したOsNRAMP5タンパク質のN末端から337番目に位置するアミノ酸が、カドミウムとマンガン輸送の調節に重要な部位であることを突き止めました。一般的に栽培されているイネが持つOsNRAMP5は337番目のアミノ酸がグルタミンですが、突然変異によってそれがリジンに置き換わったこの変異イネでは、コメのカドミウム濃度が抑えられ、同時にマンガンの吸収も抑制されたものの生育に必要な吸収量は確保されていました。そして、マンガン不足によるごま葉枯病の発症程度は、「コシヒカリ環1号」よりも明らかに抑制されていました。
このアミノ酸変異の特定と併せて、OsNRAMP5の337番目のアミノ酸がグルタミンからリジンに変異したOsNRAMP5-Q337K 遺伝子を検出できるDNAマーカー5) を開発しました。このマーカーを活用したイネ育種を行うことで、マンガン不足を回避しつつ、カドミウム吸収量を減らした新たな水稲品種が開発できます。
この部位のアミノ酸をさらに別のアミノ酸に置き換えた実験から、アミノ酸の種類によって両元素の輸送が大きく変化することも分かりました。
関連情報
予算等 : 生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業」(JPJ007097) また、本研究課題は、農林水産省が推進する産学連携研究の仕組みの「知」の集積と活用の場産学官連携協議会において組織された研究開発プラットフォームのうち「次世代育種技術による品種開発推進プラットフォーム」からイノベーション創出強化研究推進事業に応募された課題です。
「知」の集積と活用の場について
URL : https://www.knowledge.maff.go.jp/
特許 : 特開2022-029767
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構農業環境研究部門 所長山本 勝利
研究担当 者 :
同 化学物質リスク研究領域 主任研究員倉俣 正人
農研機構作物研究部門 作物デザイン研究領域 研究領域長杉本 和彦
広報担当 者 :
農研機構農業環境研究部門 研究推進室(兼本部広報部)杉山 恵
詳細情報
開発の社会的背景
食品を通じて一定の量を超えるカドミウムを長年にわたり摂取し続けると、腎機能障害など健康への悪影響を及ぼすことが知られています。現在、日本では、人が食品から摂取する平均的なカドミウムの量は、食品安全委員会が評価した一生涯摂取しても健康に悪影響が出ないとされる量よりも少ないものです。一方で、日本では、人が食品から摂取するカドミウムのうち、約40%がコメから摂取されると推定されていることから、コメのカドミウム低減対策として、カドミウム低吸収性イネの開発・利用が期待されています6) 。そこで農研機構では、これまでに、カドミウム吸収が極めて少ない品種「コシヒカリ環1号」を開発しました。「コシヒカリ環1号」は従来の「コシヒカリ」と同じ方法で栽培可能ですが、マンガン供給量の低い土壌ではごま葉枯病に罹病しやすい傾向があるという問題点がありました。
研究の経緯
イネの根は、OsNRAMP5という輸送体(タンパク質)を使って、土壌にあるカドミウムを吸収します。一方、このOsNRAMP5はイネの必須栄養素であるマンガンの輸送体でもあります。そのため、OsNRAMP5 遺伝子の機能が欠失すると、カドミウムの吸収はほとんど無くなりますが、マンガン吸収も弱くなってしまいます。マンガンは植物において光合成や環境ストレス応答に重要で、不足すると光合成効率の低下やごま葉枯病への罹病性の上昇、コメの収量や品質の低下につながる可能性があります。
「コシヒカリ環1号」はOsNRAMP5 遺伝子の機能が欠失したイネです。そのため、「コシヒカリ環1号」の栽培によってコメに含まれるカドミウムを極めて低く抑えられますが、水田土壌の性質によってはマンガン不足に注意が必要となります。そこで、イネの生育に必要なマンガン吸収を担保しながら、コメのカドミウム濃度を低減させるため、OsNRAMP5のアミノ酸変異に着目し、カドミウム低吸収性イネの改良を試みました。
研究の内容・意義
従来行われてきた突然変異育種法と遺伝子解析技術を組合せながら、OsNRAMP5 遺伝子のDNA配列に変異が見られたコシヒカリ変異体を複数選抜しました。その中からOsNRAMP5タンパク質のアミノ酸配列のうち、337番目のアミノ酸がグルタミン(Q)からリジン(K)に置き換わった変異体(変異体名:Q337K、遺伝子名:OsNRAMP5-Q337K 、タンパク質名:OsNRAMP5-Q337K)において、カドミウムとマンガンの輸送が緩やかに低下することを見つけました。この緩やかな低下は、元素を細胞内に輸送する際のOsNRAMP5タンパク質の動きが鈍くなったためと考えられます(図1 )。
マンガン濃度を制限した水耕液でイネを栽培したところ、「コシヒカリ環1号」にはマンガン不足による生育の遅れや葉色の淡さが見られたのに対して、Q337Kは通常のコシヒカリとほぼ同等の生育を示しました(図2 )。Q337Kの茎葉部マンガン濃度は、コシヒカリの半分程度ですが、「コシヒカリ環1号」に比べて生育に必要なマンガンを吸収できていることが分かりました。
OsNRAMP5タンパク質の337番目のアミノ酸を他の18種類の必須アミノ酸に置き換え、酵母細胞を用いてカドミウムとマンガンの輸送能力への影響を調べました。すると、アミノ酸の種類によってカドミウムとマンガンの輸送活性が大きく変化するという結果が得られたことから、この部位が両元素の輸送を調節する鍵であることが分かりました。
Q337Kのカドミウム低吸収性を調べるためカドミウム濃度が高い土壌(1.21 mg/kg)を用いた栽培試験を行ったところ、Q337Kの玄米中カドミウム濃度は「コシヒカリ環1号」よりは高いものの、コシヒカリの半分程度まで抑えられました(図3 )。また、土壌のマンガン濃度が低く、ごま葉枯病が発生しやすいほ場での栽培試験から、Q337Kでは明らかに「コシヒカリ環1号」よりも病斑数が少なくなりました(図4 )。
OsNRAMP5-Q337K 遺伝子を検出できるDNAマーカーを開発しました。このDNAマーカーを活用することで、コシヒカリ以外の品種にもこの形質を付与することが可能となります。
今後の予定・期待
現在、コメのカドミウムを減らすためにはカドミウム極低吸収性品種「コシヒカリ環1号」が利用できます。一方、マンガン不足が懸念される水田においては、Q337Kの特性を持たせたイネ品種を利用することで通常の生育や収量を確保しながら、「コシヒカリ環1号」ほどの効果はありませんが、コメのカドミウム濃度を減らすことが期待できます。
我が国にはコシヒカリ以外にも様々なイネのブランド品種があります。本研究で開発したDNAマーカーを用いた育種を行うことによって、それらの品種に対しても変異型のOsNRAMP5-Q337K 遺伝子を迅速に導入することができます。
OsNRAMP5タンパク質における元素輸送を調節するアミノ酸部位が明らかになったことは、配列が類似する他の輸送体タンパク質による元素輸送の調節にも応用できると考えられます。これにより有害元素の吸収を抑えるだけなく、栄養元素の吸収を高めた作物の開発にも繋がり、栄養価を高めた安全な農産物の生産にも貢献できると期待されます。
用語の解説
発表論文
Kuramata M, Abe T, Tanikawa H, Sugimoto K and Ishikawa S (2022) A weak allele of OsNRAMP5 confers moderate cadmium uptake while avoiding manganese deficiency in rice. Journal of Experimental Botany. https://doi.org/10.1093/jxb/erac302
参考図
図1 突然変異によるOsNRAMP5-Q337Kタンパク質のアミノ酸配列とカドミウムとマンガン輸送能の変化(模式図)
上の図:緑のY字型で示したコシヒカリのOsNRAMP5タンパク質は、細胞外からカドミウムやマンガンを取込むとタンパク質の構造が変化し、それら元素を細胞内へと放出します。
下の図:突然変異によってOsNRAMP5タンパク質を構成する337番目のアミノ酸(コシヒカリではグルタミン:Q)がリジン:Kに変化すると、タンパク質の構造変化が小さくなることによりカドミウムやマンガンの細胞内への輸送能が低下すると考えられます。
図2 マンガン濃度の低い水耕液を用いた幼植物栽培試験における葉色、茎葉部マンガン濃度、茎葉部と根部の乾物重量の比較
マンガン濃度を制限(0.55 μg/L)した水耕液を用いてコシヒカリ、Q337K、コシヒカリ環1号を3週間栽培したところ、Q337Kの生育や葉色はコシヒカリと同様であり(左の写真)、この時の茎葉部マンガン濃度は「コシヒカリ環1号」よりも増加していました(右上のグラフ)。そしてQ337Kの茎葉部と根部の乾物重量はコシヒカリと同程度と確認されました(右中と下のグラフ)。
図3 カドミウム濃度が高い土壌での栽培試験における生育状況、玄米の外観、玄米中カドミウム濃度の比較
カドミウム濃度が高い土壌のほ場条件でコシヒカリ、Q337K、コシヒカリ環1号を栽培したところ、Q337Kの生育(左の写真)や玄米の外観(右上の写真)はコシヒカリやコシヒカリ環1号とほぼ同等ですが、玄米中のカドミウム濃度はコシヒカリの半分程度に抑えられました(右下のグラフ)。
図4 ごま葉枯病が発生しやすいほ場における病状の比較
ごま葉枯病が発生しやすいほ場でコシヒカリ、Q337K、コシヒカリ環1号を栽培したところ、コシヒカリ環1号ではごま葉枯病の病斑(茶色のスポット)が目立ちますが(上の写真)、Q337Kでは病斑が少なくなりました(下の写真)。