プレスリリース
(研究成果) 作物病害の原因となる植物群落の結露と気象条件との理論的な関係を世界で初めて定量化

- 病害発生予測への活用が期待 -

情報公開日:2025年3月 7日 (金曜日)

農研機
北海道大学

ポイント

植物群落1)結露2)いもち病3)などの病害発生の原因になります。農研機構と北海道大学低温科学研究所は、熱と水蒸気の出入りを考えた理論的な方法によって、植物群落の結露のしやすさ(結露速度)と気象条件との間の関係を世界で初めて明らかにしました。群落の結露速度は3つの気象条件(気温、相対湿度、有効放射量4))と群落の交換速度5)(群落と大気との間の熱交換の効率)の違いに応じて大きく変化します。群落の交換速度は葉のサイズや茂り具合と風速によって変化します。この研究で得られた関係を作物の病害発生予測や栽培管理に利用することで、各種農作物の安定した生産と高品質化への貢献が期待されます。

概要

水稲群落に発生した結露

作物病害を引き起こす糸状菌やバクテリアは、結露や降雨などによる濡れが原因で植物体に感染しやすくなります。国内のコメ生産では、植物体の濡れが原因となって「いもち病」による被害がたびたび生じています。作物の高度な病害予測のためには、作物の群落における結露の発生を正確に把握する必要があります。しかしこれまで、結露が発生するための気象条件や植物群落に付着する結露量と気象条件との間の定量的な関係は整理されていませんでした。

そこで農研機構と北海道大学低温科学研究所は共同で、熱と水蒸気の出入りを考えた、熱収支6)の原理に基づく理論的な方法によって、植物群落の結露のしやすさ(結露速度)と気象条件との間の関係を整理し、両者の関係を世界で初めて定量的に明らかにしました。

植物群落の結露速度は3つの気象条件(気温、相対湿度、有効放射量)と群落の交換速度(群落と大気との間の熱交換の効率)の違いに応じて大きく変化し、交換速度は植物の葉のサイズや茂り具合と風速によって変化します。また結露は相対湿度が特定の値より低くなると発生せず、その値は気温と有効放射量によって変化します。

本研究で得られた作物群落の結露速度と気象条件との間の定量的な関係を用いて、群落に付着する結露量や濡れ時間を、気象データから簡易かつ高精度で推定することが可能となりました。その手法を作物の病害発生予測や栽培管理に利用することで、各種農作物の安定生産や高品質化が期待されます。

本成果は、Journal of Agricultural Meteorology(2023年1月10日)と、Agricultural and Forest Meteorology(オンライン版2024年5月29日)に掲載されました。

関連情報

予算 : 運営費交付金、科学研究費助成事業「24K01874」、「20H03112」、「19H03077」、「17H03896」、環境研究総合推進費「JPMEERF20S11806、S18-2」、北海道大学低温科学研究所・一般共同研究「22G001」、「21G001」、「20G019」

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 農業環境研究部門 所長山本 勝利
北海道大学 低温科学研究所 所長渡部 直樹
研究担当者 :
農研機構 農業環境研究部門 気候変動適応策研究領域
桑形 恒男
(前 農研機構 農業環境変動研究センター
作物温暖化応答ユニット長)
グループ長丸山 篤志
北海道大学 低温科学研究所 教授渡辺 力
東北大学 名誉教授近藤 純正
広報担当者 :
農研機構 農業環境研究部門 研究推進室杉山 恵
北海道大学 社会共創部広報課 広報・渉外担当

詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

作物病害を引き起こす糸状菌やバクテリアは、結露や降雨などによる濡れによって植物体に感染しやすくなります。例えばイネの最重要病害である「いもち病」の場合、気温15~25°Cで夜間に葉の濡れが10時間以上継続すると、いもち病菌が葉に侵入することが知られています。温暖化などによる長期的な気候の変化によって、感染リスクが高い時期や地域が今後変化する可能性があり、病害予測の重要性が高まっています。

作物の高度な病害予測のためには、作物の群落における結露の発生を正確に把握する必要があります。国内外では、作物病害の防除を目的として、さまざまな方法で植物群落の結露量や濡れ時間を評価する試みが実施されてきました。代表的な方法として、気象データに基づく経験的な方法や、葉面を模した結露センサーを用いた方法などがありますが、いずれも推定精度や手間の点で課題があり、国内ではあまり普及していません。

農研機構と北海道大学低温科学研究所は、熱収支の原理に基づく理論的な手法によって、植物群落の結露のしやすさ(結露速度)と気象条件との間の関係を世界で初めて定量化するとともに、植物群落における結露量と濡れ時間を気象データから簡易かつ高精度で推定する手法の確立を目指しました。

研究の内容・意義

  • 植物群落の熱収支

    植物群落の温度や結露速度は、植物群落と大気との間を出入りするエネルギーのバランス(植物群落の熱収支)によって決まりますが、この基本原理が従来の評価手法には十分に反映されていませんでした。本研究では、植物群落を一つの層とみなして熱収支の原理を適用することで、気象条件と群落温度や結露速度との関係を理論的に導出することに成功しました(図1)。

    図1. 植物群落の熱収支
    大気と植物群落との間の矢印は、両者の間のエネルギー(熱量)の出入りを示しています。ここで、有効放射量は、群落に出入りする放射エネルギー(日射や赤外線)の収支を近似的に表す量です。一般に、日射のない夜間には有効放射量はマイナスの値をとり、その絶対値が大きいほど植物群落の放射冷却が強まります。また顕熱と潜熱はそれぞれ以下のような種類の熱を表します。
    顕熱 : 周りの空気に触れて群落が温められたり冷やされたりするときに出入りする熱。
    潜熱 : 水分が群落から蒸発したり群落に凝結したりするときに出入りする熱。
  • 結露速度と気象条件との間の関係を定量化

    本研究により、群落の結露速度は3つの気象条件(気温、相対湿度、有効放射量)と群落の交換速度kLによって決まり、それらの条件によって複雑に変化することが明らかになりました。なお、群落の交換速度kLは、群落の形態(葉の形状・大きさ、群落密度など)によって多少違いますが、ある程度繁茂した群落ではおおよそ風速で決まり、風速の増加と共にその値は大きくなります。したがって結露速度は、4つの気象条件(気温、相対湿度、有効放射量、風速)から求めることができます。

    図2は結露速度と気象条件の間と定量的な関係の一例です。結露速度は時間あたりの結露の発生量であり、マイナスになったときには結露は発生せず、群落からの蒸発が生じていることを意味しています。

    結露速度と気象条件との間の関係は、以下のように整理されます。

    • 結露は有効放射量がマイナスの条件で発生します。有効放射量は群落の放射冷却の強さを表す指標であり、その値がマイナスに大きくなるほど気温に比べて群落温度が低下するため、結露が発生しやすくなります。
    • 有効放射量がマイナスの条件でも、相対湿度があるレベル(下限値rhcr)より高くないと結露は発生しません。結露が発生する相対湿度の下限値rhcrは有効放射量が小さいほど(放射冷却が強いほど)、また気温が低いほど、低くなります。
    • 有効放射量がマイナスで、相対湿度rhが下限値rhcrより高い条件のときであれば、相対湿度が高い(空気がより湿っている)ときほど結露速度は大きくなります。
    • (3)の条件で、大気中の水蒸気が飽和している(rh =1.0)場合には、結露速度は群落の交換速度kL(風速)とともに単調に増加します。
    • (3)の条件で、大気中の水蒸気が飽和していない(rh <1.0)場合には、群落の交換速度kLが特定の値kLmのときに結露速度が最大となります。kLがさらに大きくなると結露速度は低下し、kLの値があるレベルを超えると結露が発生しなくなります。つまり、たとえ(3)の条件が満たされたとしても、大気中の水蒸気が飽和していない場合は、あるレベル以上の強さの風が吹くと結露は発生しなくなります。

    図2. 気温30°Cにおける、結露速度の気象条件(相対湿度rhと有効放射量)と
    群落の交換速度kLに対する依存性

    有効放射量=-60Wm-2(実線)、-30Wm-2(破線)に対する、相対湿度rh =1.0, 0.9, 0.7, 0.3における関係。
    a. 有効放射量=-60Wm-2の条件では、-30Wm-2の条件に比べて結露速度が大きくなります。
    b. 結露速度が最大値となる群落の交換速度kLmは、相対湿度の増加とともに大きくなります(図中の有効放射量=-60Wm-2における印に対応)。
    c. 有効放射量=-60Wm-2の条件では、相対湿度が0.55を超えたときに結露が発生する可能性があります。一方、有効放射量-30Wm-2の条件では、相対湿度が0.85を超えないと結露は発生しません。

  • 結露速度と気象条件の定量的な関係から水田の結露量を評価
    本研究で得られた結露速度と気象条件の間の定量的な関係を用いると、3つの気象条件(気温、相対湿度、有効放射量)と交換速度kL(風速に依存)の時間変化から、水田群落における結露量の推移を高精度で評価できることが確認されました(図3)。

    図3. 水稲群落における結露計測データと熱収支に基づく計算結果との比較
    (左)穂ばらみ期、(右)登熟期。

    結露速度の計算に必要な群落の交換速度kLは、葉面積指数(単位土地面積当たりの葉面積)が1以上の水稲群落を想定し、風速データより算定しました。結露計測においては、植物体の重量変化から結露量を算定しました。

今後の予定・期待

世界中で開発されている、各種作物を対象とした病害警報システムにおいては、植物体の濡れ時間が重要な評価項目の一つとなっています。本研究で得られた結露速度と気象条件との間の定量的な関係を用いれば、作物群落の結露量の推移を、気象データから高精度で推定することが可能です。これに降雨の影響を考慮することで、結露と降雨の両者を含めた植物群落の濡れ時間を評価することができます。

今後は本成果を発展させ、これまで様々な手法で実施されていた病害予測のための結露や濡れ時間の推定に関わる手順を、FAO(国際連合食糧農業機関)が作成して世界中で利用されている「灌漑計画に関わる作物の水消費量(蒸発散量)計算のためのガイドライン」のような、国際的な標準ガイドラインとして統一することを目指します。また水資源が乏しい地域においては、気象条件から評価した植物群落の結露量を灌漑計画に組み入れることで、結露水の有効利用への活用が期待されます。

用語の解説

植物群落
同一の場所にまとまって生育している植物の集団のことを指し、単に群落ともいいます。 [ポイントへ戻る]
結露
物体の温度が、周囲の空気中の水分が凝結する温度(露点温度)より低下すると、空気中の水分が物体の表面に凝結して付着します。これを結露と呼びます。夜間の晴天条件で放射冷却によって植物群落の表面温度(群落温度)が下降し、周囲の空気の露点温度より低くなると、群落表面に結露が発生します。露点温度は相対湿度が低下するにつれ下がるため、相対湿度が低い環境では結露が発生しにくくなります。 [ポイントへ戻る]
いもち病
イネの主要な病気の1つであり、イネいもち病菌という糸状菌(カビの一種)がイネの濡れた部位より感染し、発病します。近年、予防や治療に使用される農薬(殺菌剤)に対して抵抗性を持つ耐性菌が出現し、問題となっています。 [ポイントへ戻る]
有効放射量
地上に置かれた物体の放射冷却のしやすさを示す物理量であり、対象物体(ここでは植物群落)の温度が気温と一致した条件での、対象物体が大気から受け取る放射エネルギーと、自らが放出する放射エネルギーとの差(放射エネルギー収支)として定義されます。大気からの放射エネルギーは、日射(短波放射)と下向き赤外放射の両者からなり、夜間は後者のみとなります。そのため一般に、夜間の有効放射量はマイナスの値(対象物体から正味で放出)となり、その絶対値が大きくなるほど、対象物体の放射冷却が強まります。
有効放射量は、日射量と下向き赤外放射量、ならびに気温から求めることができます。下向き赤外放射量を計測している気象観測地点は多くありませんが、気温や湿度などの他の気象要素から推定することが可能です。 [ポイントへ戻る]
群落の交換速度kL
群落と大気との間の熱交換の効率を表すパラメータであり、大気と群落間の熱・水蒸気輸送量は、大気と群落表面の温度・水蒸気量差と群落の交換速度kLの両者に比例します。kLの大きさは群落の形態(葉のサイズや形、群落密度・構造など)と風速に依存し、理論的に評価することができます。 [ポイントへ戻る]
熱収支
エネルギー保存の法則に基づき、特定の対象物や系におけるエネルギー(熱量)の出入りや変化の関係を数式などで表したものです。ここでは植物群落と大気との間のエネルギーのやり取り(エネルギーのバランス)を、植物群落の熱収支として扱っています。 [概要へ戻る]

発表論文

  • Atsushi MARUYAMA, Tsuneo KUWAGATA, Tsutomu WATANABE (2023) Observations on dew formation in the rice canopy and its simulation using a multilayer microclimate model. Journal of Agricultural meteorology, 79 (1), 28-37, doi:10.2480/agrmet.D-22-00016
  • Tsuneo KUWAGATA, Atsushi MARUYAMA, Junsei KONDO, Tsutomu WATANABE (2024) Theoretical study on dew formation in plant canopies based on a one-layer energy-balance model. Agricultural and Forest Meteorology, 354, 109911, https://doi.org/10.1016/j.agrformet.2024.109911

研究担当者の声

4名の著者のうち、左から、桑形、渡辺、丸山の3名

研究の構想は20年以上前にさかのぼります。植物群落の結露は日常的な現象であり、それを予測するための研究は国内外で多く実施されてきましたが、これまで理論的な整理がきちんと実施されていませんでした。植物群落の結露に関する基礎的な性質を明らかにしたことで、全世界の農業に対する大きな貢献が期待できます。
(著者一同 : 桑形恒男、丸山篤志、渡辺力、近藤純正)