プレスリリース
(研究成果) イネのカリウム輸送体OsHAK1がタリウム輸送体であることを世界で初めて発見

- なぜ作物はタリウムを吸うのか、その"入口"を解明 -

情報公開日:2026年5月20日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、イネのカリウム輸送体OsHAK11)が、必須栄養元素だけでなく、生物にとって有害な元素であるタリウム2)も輸送する分子であることを世界で初めて発見しました。

OsHAK1はこれまでセシウム吸収への関与が知られていましたが、本研究により、複数の有害元素が同一の輸送体を介して植物に取り込まれる分子機構が初めて明らかになりました。本成果は、有害元素を吸収しにくい作物の開発や、汚染リスクのある環境下における安全な農産物生産に役立つことが期待されます。

概要

タリウム(Tl)は、微量であっても生物に対して毒性を示すことが知られている重金属元素です。鉱山活動や工業排水などに由来して環境中に放出されたタリウムは、土壌や水環境を介して農耕地へ移行し、作物に取り込まれる可能性があります。また、食品を介した人の曝露の把握とそれによる健康リスクの評価が国際的な課題となっています。こうした国際的な動向を踏まえ、日本においても農林水産省が2024~2025年度にかけて玄米および葉菜類を対象としたタリウム含有実態調査を実施しており、作物中タリウムに関する科学的知見の充実が求められています。

一方で、作物がどのような分子機構によってタリウムを吸収しているのかについては、これまでほとんど解明されていませんでした。タリウムは必須栄養元素であるカリウムと化学的性質が類似していることから、本研究ではカリウム輸送体に着目し、セシウム輸送体としても知られるイネのOsHAK1を解析しました。その結果、OsHAK1がタリウムも輸送する分子であり、イネにおけるタリウム吸収の主要な経路であることを、世界で初めて明らかにしました。

本研究成果は、タリウムとセシウムという複数の非必須元素が、必須元素であるカリウム輸送体を介して植物に取り込まれるという共通の分子機構を示すものであり、OsHAK1の機能改変や発現制御を通じて、ヒトや植物に有害な元素を吸収しにくい作物の開発への応用に貢献することが期待されます。

本成果は、科学誌「Plant and Cell Physiology」(2026年2月24日)に掲載されました。

関連情報

予算 : 運営費交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 農業環境研究部門 所長小出水 規行
研究担当者 :
同 化学物質リスク研究領域 研究領域長石川 覚
広報担当者 :
同 研究推進室林 沙衣子

詳細情報

開発の社会的背景

タリウム(Tl)は毒性の高い重金属元素であり、微量であっても生物に深刻な影響を与えることが知られています。鉱山活動や工業排水などに由来して環境中に放出されたタリウムは、土壌や水環境を介して農耕地へ移行し、作物に取り込まれる可能性があります。また、コーデックス委員会3)食品汚染物質部会(CCCF)においても、タリウムはFAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)による汚染物質評価の優先リストに掲載されており、国際的なリスク評価に向けた情報の収集が進められています。こうした国際動向を背景に、日本においても農林水産省が2024~2025年度にかけて、玄米および葉菜類を対象としたタリウム含有実態調査を実施しており、作物中タリウムに関する科学的知見の充実が求められています。

一方で、植物がどのようにしてタリウムを吸収しているのかについては、これまでほとんど明らかになっておらず、具体的な輸送体や分子レベルの証拠は不明なままでした。

研究の経緯

タリウムは環境中では主に1価(Tl+)および3価(Tl3+)のイオンとして存在しますが、土壌中では主に1価のTl+として存在することが知られています。Tl+は必須栄養元素であるカリウムイオン(K+)と化学的特性が類似しており、動物においてはカリウムの輸送や恒常性に影響を及ぼすことが報告されています。

こうした背景から、植物においても1価のタリウムイオンがカリウム輸送体を介して取り込まれる可能性があると考え、本研究では、カリウム欠乏条件下で主要な役割を果たすカリウム輸送体のOsHAK1トランスポーター(以下、OsHAK1)に着目しました。OsHAK1の働きが失われたイネ変異株を用いて、生理学的解析、元素分析、ならびに分子レベルでの機能評価を行った結果、OsHAK1がイネにおけるタリウム吸収の主要な経路であることを明確に示すデータを得ることに成功しました。

研究の内容・意義

イネは、必須栄養素であるカリウムが不足すると、根から効率よくカリウムを取り込むための仕組みを強めます。その中心となるのが、カリウム輸送体の一つであるOsHAK1で、カリウムが少ない条件ほどOsHAK1の働き(遺伝子発現)が高まります。

本研究では、OsHAK1の働きが失われたコシヒカリの変異株を用いて解析しました。水耕栽培でカリウムが十分にある条件では、変異株も野生株(通常のコシヒカリ)と同程度に生育しました。一方、カリウムが少ない条件では、変異株はカリウムを十分に吸収できず、生育が劣りました(図1)。これは、低カリウム条件でOsHAK1がカリウム吸収に重要な役割を担うことを示しています。

さらに、低カリウム条件では、変異株のタリウムの取り込みが大きく減少しました。具体的には、野生株に比べて、変異株のタリウム濃度は根部で約1/4、茎葉部で約1/10に低下しました(図2)。この結果は、野生株ではOsHAK1を介してタリウムが根から吸収されるだけでなく、根から茎葉部へ運ばれる過程にもOsHAK1が関与していることを示唆します。

OsHAK1は、これまでセシウムの取り込みに関与することが知られていましたが、本研究でも変異株でセシウムの吸収と茎葉部への移行が著しく抑えられることを確認しました(図2)。以上の結果から、OsHAK1はカリウムだけでなく、タリウムとセシウムも一緒に取り込んでしまう"共通の入口"として働くことが分かりました。

また、野生株を用いて水耕液中のカリウム濃度を低い状態から高い状態まで変化させて栽培したところ、カリウムが少ない条件ではイネ体内のタリウム濃度が高く、カリウム濃度が上がるにつれてタリウム濃度は低下しました(図3)。これは、放射性セシウムの作物への移行を抑制する目的でカリウム施用が実際に行われていることと同様に、タリウムについてもカリウムを増やすことで吸収を抑えられる可能性を示しています。

今回の結果から、OsHAK1は特にカリウムが少ない条件で、タリウムとセシウムを取り込む働きを持つこと、また、カリウム濃度を高めることがセシウムに加えてタリウムの吸収抑制にも有効であることが明らかになりました。カリウムがタリウム吸収を抑える直接的な仕組みの解明は今後の課題ですが、カリウム濃度の上昇に伴いOsHAK1の働きが弱まることが報告されており、それがタリウム吸収抑制の一因である可能性があります(図4)。

図1 野生株(コシヒカリ)と変異株(OsHAK1欠失コシヒカリ)との生育比較
図2 低カリウム条件における野生株と変異株の根部・茎葉部におけるタリウムと セシウム濃度の比較
図3 カリウム濃度の違いによる野生株の根部・茎葉部タリウム濃度の変化
図4 OsHAK1によるK+, Tl+, Cs+吸収における分子機構

今後の予定・期待

今後は、OsHAK1の知見を活用し、タリウムや放射性セシウムを吸収しにくい作物の開発に向けた研究を進めます。具体的には、OsHAK1の遺伝子発現の制御や基質特異性を変化させることで、タリウムや放射性セシウムの取り込みを抑えつつ、作物に必要なカリウム吸収を維持できる品種の創出を目指します。

用語の解説

OsHAK1
イネに存在する高親和性カリウム輸送体(トランスポーター)で、低カリウム条件下において、根から能動的にカリウムイオン(K+)を吸収する役割を担う。一方、イネにはOsAKT1に代表されるカリウムチャネルも存在し、これらは比較的カリウム濃度が高い条件下で、受動的にK+吸収に関与する。 [ポイントへ戻る]
タリウム
地殻中に自然に存在する元素で、急性毒性、慢性毒性を有することが知られている。食品安全の観点から「農林水産省が優先的にリスク管理を行うべき有害化学物質のリスト」に新たに追加された。
https://www.maff.go.jp/j/press/syouan/seisaku/260220.html [ポイントへ戻る]
コーデックス委員会
FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)が共同で設置した政府間機関で、食品中の汚染物質などに関する国際的な食品安全基準を策定する。 [開発の社会的背景へ戻る]

発表論文

Ishikawa S, Hayashi S, Kuramata M, Tanikawa H, Abe T and Ito K (2026) OsHAK1 is a major transporter mediating the uptake of monovalent thallium ions in rice under potassium-deficient conditions.
Plant and Cell Physiology, https://doi.org/10.1093/pcp/pcag026