プレスリリース
飲むワクチンを可能にする豚への免疫付与技術の開発

- 一度で複数の感染症に対応することが可能に -

情報公開日:2009年6月16日 (火曜日)

ポイント

  • 豚に敗血症、じんま疹、関節炎などを引き起こす豚丹毒菌が、豚の免疫器官である扁桃に吸着しやすい性質を利用して、経口投与による労力のかからない免疫付与技術を開発しました。
  • 豚丹毒菌生ワクチン株に他の病原体の遺伝子を導入する手法は、種々の感染症に対する経口投与型次世代ワクチンの開発につながる基盤技術として期待されます。

概要

農研機構 動物衛生研究所(所長 村上洋介)と株式会社微生物化学研究所(代表取締役 角田洋一)は、豚マイコプラズマ肺炎の主病原体であるマイコプラズマ・ハイオニューモニエ(Mycoplasma hyopneumoniae)の遺伝子を豚丹毒菌ワクチン株に組み込み、それを豚に投与することで、豚マイコプラズマ肺炎に対する免疫を誘導できることを見いだしました。これは、豚丹毒菌が豚の免疫器官である扁桃に効率的に取り付いて免疫を誘導できる性質を利用したものです。これらの知見をもとに豚丹毒菌、豚マイコプラズマ肺炎に有効な組換えワクチン株を作製することに成功し、世界で初めて豚に対する経口投与が可能なワクチン技術を開発しました。この技術は特許出願中です。


予算: 農研機構 平成20年度重点事項研究強化費(普及実用化) 「大規模養豚農場に対応した感染症予防技術の開発」


詳細情報

背景、内容

近年、養豚経営の大規模化・集約化の流れは一段と加速化しています。農林水産省「畜産統計」によると、平成元年以降、全国の飼養頭数は900~1,000 万頭規模を維持していますが、飼養戸数は平成元年から平成20年までで約1/7に減少し、1戸当たりの飼養頭数は約6倍に増加しています。これら飼育規模の大規模化にともなって病気が増加し、(社)日本養豚協会「平成20年度養豚基礎調査」によると、平成20年度は離乳豚(推計1,820万頭)の 10.5%にあたる190万頭以上の子豚が死亡したと推測されます。死亡の原因の多くは豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)や豚サーコウイルス関連疾病(PCVAD)を起こすウイルスによるものとされていますが、マイコプラズマなどの細菌に汚染されている農場ではそれらのウイルスに容易に感染し、長期間にわたる死亡率の増加を引き起こします。こうした状況下にあって、生産現場ではワクチン使用にあたり省力化が最も期待できる経口投与型ワクチンの開発が求められていましたが、産業動物分野においては、未だ実用化に至っていません。
本技術では、豚の免疫器官である扁桃に取り付いて効率的に免疫を誘導できる豚丹毒菌の弱毒株(市販生ワクチン株)を運搬体(ベクター)として利用し、その菌体表面にマイコプラズマ・ハイオニューモニエ(Mycoplasma hyopneumoniae)のP97抗原を発現させることで、豚丹毒及び豚マイコプラズマ肺炎に有効なワクチン株を作製しました。このワクチン株を人工ミルクと混合して子豚に自由に摂取させるだけで(図1)、豚丹毒菌の強毒株を感染させても死亡しないこと(下記論文内にデータ有り)、豚マイコプラズマ肺炎病原体強毒株を接種しても肺炎の病変形成が抑えられることを確認しました(図2)。

今後の期待

この技術を利用することで、次のような効果が期待できます。

  • 飲水などに混ぜるだけでワクチンを投与することができるため、家畜を押さえつける必要がなく、動物へのストレス軽減、生産者のワクチン接種労力の軽減が期待できます。すなわち、大規模生産現場での省力化に大きく貢献することができます。
  • 経口投与型ワクチンは母親からの移行抗体の影響を受けにくいため、生産者にとってワクチンプログラムを組み易くなります。
  • 一つのワクチンで複数の感染症に対応することが可能になります。特に、マイコプラズマやウイルスなど、培養が困難な病原体に対するワクチンの開発が可能になります。このことにより、極めて安価なワクチンが生産できます。

用語概説

豚マイコプラズマ肺炎
感染率が極めて高い日和見感染症。致死性は高くないが、発育遅延、飼料効率の低下を引き起こすため産業的被害が甚大になる。

扁桃
豚では主に軟口蓋にあり、様々な病原体の体内への侵入門戸となる免疫組織。

移行抗体
母親由来の抗体。子豚は初乳を介して母豚から引き継ぐが、移行抗体は徐々に減少するため子豚に長期間の免疫を付与することはできない。また移行抗体を保有する子豚では、その抗体の影響により生ワクチンが働かなくなる。

発表

  • Ogawa Y., et al., (2009) Oral vaccination against mycoplasmal pneumonia of swine using a live Erysipelothrix rhusiopathiae vaccine strain as a vector. Vaccine (In press)

図1.ワクチンを混ぜたミルクを自由に飲ませるだけで免疫ができるため、豚のストレスが軽減でき、かつ、大規模養豚に対応できます。

図1.ワクチンを混ぜたミルクを自由に飲ませるだけで免疫ができるため、豚のストレスが軽減でき、かつ、大規模養豚に対応できます。

 

図2.ワクチンミルクを摂取した豚群では病変面積(上写真。白矢印)が有意に抑制されました。

図2.ワクチンミルクを摂取した豚群では病変面積(上写真。白矢印)が有意に抑制されました。