独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構(以下、機構)動物衛生研究所は、従来のヨーネ病に対する早期診断法に比べて20倍以上も高感度な「ヨーネ病の診断法」(国際特許出願中)を開発しました。牛ヨーネ病は我が国そして、世界中の畜産業に多大な経済的被害を及ぼしているヨーネ菌という抗酸菌による慢性下痢を起こす伝染病です。本病の感染前期には牛の体内で細胞性免疫応答という反応が特異的に起こり早期診断法に役立ちますが、病気の経過とともにこの応答は低下してしまうのでそれ以後の診断が困難でした。この免疫低下現象を解明する研究を進める中で、ヨーネ病感染牛ではIL-10というサイトカイン(生理活性物質の一種)が白血球によってたくさん作られ、これがリンパ球によるIFN(インターフェロン)γの産生を強く抑制していることをつきとめました。そこで、このIL-10の働きを抗体により抑えることを利用して、陽性反応の指標となるIFNγの産生量が飛躍的にかつ特異的に高まり(標準法の20倍以上)、牛ヨーネ病の高感度な早期診断法を確立することができました。
本診断法の確立により、不顕性感染牛の早期発見が進み、我が国のヨ-ネ病の清浄化が促進されるものと期待されます。
なお、本成果は、同機構生物系特定産業技術研究支援センターの「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」における研究課題「家畜とヒトの炎症性腸疾患の発生機序と関連性の解明」(研究代表者:動物衛生研究所 百渓英一チーム長)および動物衛生研究所の研究課題「ヨーネ病の免疫学的診断・予防に関する研究」(免疫研究部免疫機構研究室)において得られたものです。
この成果は2004年4月発行の米国微生物学会誌であるInfection and Immunity(感染と免疫)、72巻4号:2425-2428ページに掲載されています。
抗牛IL-10抗体を用いた牛ヨーネ病早期診断法
ヨーネ菌抗原を牛の末梢血液に加えて、細胞によるIFNγの量をELISA法で測る、IFNγ ELISA法は牛のヨーネ病感染を診断するための診断法の一つで、我が国で行っているヨーニン反応(結核のツベルクリン反応と同じ原理の診断法)と同じ目的で実施されています。しかし、ヨーネ病の場合には結核と異なり、感染動物の細胞性免疫の応答性が病気の経過とともに低下してしまうため早期の診断が非常に難しいのです。本新技術は反応性を低下させているサイトカインの一種IL-10の働きを抗体により止めてしまい、感染動物の特異的な反応性を回復させるものです。これにより、細胞性免疫の低下した不顕性感染牛の早期診断上の感度向上が実現しました。
1)抗牛IL-10抗体を用いた牛ヨーネ病早期診断技術の詳細
実際の検査には、調べる牛の血液をプラスチック培養プレートにとり、ヨーネ菌の抗原(PPD)と牛IL-10に対する中和抗体を加えて24時間培養し、培養した上清中のIFNγをELISA法で測ることによります。その際、非刺激の血液、牛型結核菌の抗原(PPD)を対照に置き特異性を確認します。
2)既存技術との相違点
従来からの細胞性免疫応答を利用したヨーネ病診断法としてはヨーニン皮内反応があります。これは結核のツベルクリン反応と同様で、抗原を尾根部皮内に注射後2~3日間の腫脹の差を測定しますが、注射と測定診断のために牧場に2回出向く必要があります。もう一つの診断法として(IFNγELISA法)があります。これは、皮内で起こる細胞性反応を末梢血IFNγ産生で測る方法でヨーニン反応に比べ、一度の採血でテストができ、反応がより高感度であるのですが、ヨーネ病では病気のある時期になると反応低下が起こることから感染牛のすべてに適用することができませんでした。
3)実際の応用例
ヨーネ病の発症が確認された農場で、抗体陰性の牛のサンプルを用い、IL-10中和抗体の添加、無添加での比較実験を行ったところ、中和抗体の添加によりIFNγ産生量の有意な上昇を認める個体が存在しました。
本成果の意義
ヨーネ病は、発症に近い感染後期の個体は特異抗体を検出することにより診断でき、糞便中のヨーネ菌の分離やPCR法による証明も診断に役立ちます。ところが感染前期の不顕性感染期の個体ではこれらの方法では診断が困難でした。しかし、ヨーネ病では診断の難しいこの時期にも実際には時々糞便内に排菌をして、感染を広げる特徴があるため、今回開発した高感度な早期診断法は大変大きな意義を持っています。我が国ではヨーネ病により、毎年、800頭前後の牛が摘発淘汰されており、不顕性感染牛の数は非常に多いと推定されています。本診断法を現場で活用することにより、より清浄度の高い子牛の導入や、ヨーネ病による農場の汚染の詳細な解析・把握ができ、ヨーネ病に対する有効な防疫が実現することが期待されます。