背景・ねらい
- 胚(受精卵)移植による家畜生産技術の開発は、品種改良や優良家畜の増産、健康家畜の生産等に大きく貢献する。特に豚では慢性疾病の清浄化等の衛生問題の改善に加え、母豚側からの改良促進や優良遺伝子の保存等の観点からその有用性が期待されている。
- 牛では体外受精で作出した胚の非外科的移植(開腹手術を必要としない)による子牛生産技術が実用化され、品種改良や優良子牛の増産に広く活用されている。一方、豚では胚の体外培養技術が確立していないことに加え、子宮頸管が長くらせん状の複雑な構造であること、子宮角が長く曲がっていること等の解剖学的特性から、今までの胚移植は主として体内発生胚を外科的に採取し、それを外科的に移植する方法が行われてきた。最近になって、体内発生胚の非外科的移植あるいは体外生産胚の外科的移植による子豚生産が報告されつつあるが、今までに体外受精で作出した胚の非外科的移植による子豚生産に成功した例はない。
- そこで、私達は体外生産胚の非外科的移植による子豚生産技術の確立を目的に、最初に培養液の開発など豚胚の体外培養法を精査し、ついで最近普及しつつある深部注入用人工授精カテーテルに着目、胚移植への応用性を検討した。
成果の内容・特徴
- 体外発生用培養液の開発
豚卵子の体外成熟培養、体外受精、体外発生に適した新しい培養液PZMを開発し、豚胚の体外生産系を確立した。本生産系の有用性は、生産した胚の外科的移植により正常な子豚が高率に生まれることから確認した。新しい培養液の特徴は、豚の卵管液の組成をもとに作製した化学的組成の明らかな完全合成培地である。 - 非外科的移植による子豚生産
ついで、深部注入用人工授精カテーテルを応用し、非外科的に6頭の雌豚に体外生産系で得られた胚をそれぞれ45~50個移植した。その結果、1頭の雌豚が妊娠、117日の妊娠期間を経て、1月29日に子豚7頭を分娩した。3頭は分娩後に死亡したが、4頭は現在健康に成育中である。今までに体外生産胚の非外科的移植により子豚が生まれた例はなく、今回の報告は世界初の成功例である。
成果の活用面・留意点
- 受胚豚6頭のうち妊娠・分娩したのは1頭のみで産子数が7頭であったことから、本技術の実用化には体外培養法や移植法、受胚豚の条件など、受胎率と産子数の向上を目指した検討と改善が必要である。
- 体外生産胚の非外科的移植による生産技術では、と畜由来卵子が使用できること等から胚の生産コストが安価となること、受胚豚の負担が軽いこと等から、養豚業への貢献が期待される。
- これまで産業的利用が困難とされてきた豚胚の凍結保存技術が改善されつつあることから、本技術と組み合わせることにより一層利用価値の高まることが期待される。