プレスリリース
熊本県で発生した高病原性鳥インフルエンザ (HPAI)

- ゲノムから推定するウイルスの由来と病原性 -

情報公開日:2014年4月22日 (火曜日)

ポイント

  • 2014年4月熊本県で発生したHPAIの原因ウイルスの全ゲノム配列を解読しました。
  • ゲノム配列から韓国で分離されたH5N8亜型ウイルスと同一の由来であると推定されました。
  • このウイルスが直接人に感染する危険性は少ないと推定されました。

概要

  • 農研機構動物衛生研究所では、4月13日に熊本県で発生した高病原性鳥インフルエンザ(highly pathogenic avian influenza:HPAI)1)の原因ウイルスの同定、全ゲノム解析を行い、遺伝子レベルでのウイルスの由来や病原性の推定を行いました。
  • 熊本県中央家畜保健衛生所でHPAI患畜から分離された高病原性鳥インフルエンザウイルス(HPAIV) 2)をH5N8亜型3)と同定するとともに、次世代シークエンサー4)を用いて、ウイルスゲノムである8本のRNA分節の全塩基配列の99.96%を決定しました。決定した塩基配列と公共遺伝子データベースで公開されているインフルエンザウイルス遺伝子との比較を行ったところ、8本すべての遺伝子分節が、2014年に韓国で分離されたH5N8亜型HPAIVと99%以上の相同性を持つことが明らかとなりました。また、8本の遺伝子分節のうち、4本の遺伝子分節は2010年に中国江蘇省で分離されたH5N8亜型HPAIV、残りの4分節は2011年に中国東部で分離されたH5N2亜型HPAIVとそれぞれ97%以上の相同性を示しました。
  • 決定された塩基配列から推定されるアミノ酸配列をもとに、人への感染のリスクを評価しました。今回解析したウイルスには、これまでに報告されている人への感染性に関与すると考えられるアミノ酸変異は認められなかったことから、本ウイルスが直接人に感染する可能性は低いと考えられます。しかしながら、抗ウイルス剤の一種であるアダマンタン誘導体(アマンタジン、リマンタジン)に対する耐性遺伝子マーカーを持っていることが確認されました。
  • 以上のことから、熊本県で分離されたH5N8亜型のHPAIVは、2014年に韓国で起こった同亜型のHPAIVと由来が同一であることが示され、また、ウイルスの推定アミノ酸の特徴から、このウイルスが国内で人に直接感染する可能性は極めて低いと考えられます。

予算:農研機構運営費交付金、文部科学省「感染症研究国際ネットワーク推進プログラム」


詳細情報

背景・経緯

2004年以降アジアを中心に、H5N1亜型高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)の発生が頻発し、家禽産業に甚大な影響を与えているとともに、家禽での発生に伴い人での感染・死亡事例も認められることから、HPAIは家畜衛生の問題だけではなく、公衆衛生上の問題としても高い関心が持たれています。近隣国では、2014年1月以降韓国でH5N8亜型、4月に北朝鮮でH5N1亜型ウイルスによるHPAIの発生が報告されており、韓国での発生では二種類の遺伝子型を持つH5N8亜型ウイルスの存在が報告されています。また、同じ亜型(H5N8)のHPAIVが2010年に中国江蘇省の生鳥市場のアヒルから分離されたことが報告されています。
2014年4月13日に熊本県球磨郡多良木町の肉用鶏農場でHPAIの発生が認められました。動物衛生研究所では鳥インフルエンザの確定診断機関として、熊本県中央家畜保健衛生所で分離されたA型インフルエンザウイルスの亜型同定、病原性試験を行うとともに、ウイルスゲノムの解析を行いました。

研究の内容・意義

熊本県中央家畜保健衛生所で分離されたA型インフルエンザウイルス(熊本株)を用いて、赤血球凝集素タンパク質(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の亜型同定を行いH5N8亜型であることを確定しました。この亜型は今年にはいって韓国で発生したHPAIの原因ウイルスと同じであり、さらに分離ウイルスをBSL-3ag5)動物実験室内で鶏に静脈内接種することによって、ウイルスの病原性が高病原性であることを確定しました。
ウイルスの由来を推定するために、次世代シークエンサーを用いて全ウイルスゲノムの99.96%を解読しました。インフルエンザウイルスはゲノムとして8本のRNAを持っており、それぞれの遺伝子から発現される主要なタンパク質により、HA, NA, PB1, PB2, PA, NP, M, NS遺伝子と呼ばれています。熊本株の8本すべての遺伝子分節は、2014年に韓国で分離されたH5N8亜型HPAIVと99%以上の相同性を持つことが明らかとなりました。また、8本の遺伝子分節のうち、4本の遺伝子分節は2010年に中国江蘇省で分離されたH5N8亜型HPAIV、残りの4分節は2011年に中国東部で分離されたH5N2亜型HPAIVとそれぞれ97%以上の相同性を示しました。
熊本株のHA遺伝子は、韓国で2014年にアヒルやトモエガモから分離されたH5N8亜型HPAIVと高い相同性(99%)を示しており、またHA遺伝子配列から推定されるアミノ酸配列には、高病原性鳥インフルエンザウイルスに特徴的な塩基性アミノ酸が連続する配列が存在していました。HAタンパク質においてウイルスの宿主細胞への吸着に関与するアミノ酸残基は、鳥型レセプターへの特異性を示すアミノ酸からなっていました。PB1-F2タンパク質においては、マウスでの病原性を増強させると報告されている66番目のアミノ酸のアスパラギンからセリンへの置換が認められましたが、その他のウイルスタンパク質のアミノ酸配列においては哺乳類や人への感染性を獲得するようなアミノ酸置換は認められませんでした。M2タンパク質の推定アミノ酸配列から、抗ウイルス剤の一種であるアダマンタン誘導体(アマンタジン、リマンタジン)に対する耐性を示すことが示唆されました。NAタンパク質にはノイラミニダーゼ阻害剤耐性に関与するアミノ酸置換は認められませんでした。
以上のことから、本ウイルスは、2014年に韓国で発生したHPAIを引き起こしたウイルスの一つの系統と同一の由来であり、これらのウイルスの共通の祖先は、中国のH5N2亜型とH5N8亜型の2種類のHPAIVの間で起こった遺伝子再集合6)によって出現したウイルスであると考えられました(図)。また、推定アミノ酸配列に基づく解析からは、このウイルスが直接人に感染する可能性は極めて低いと推定されました。

今後の予定・期待

解読したゲノム配列は、近日中に公共遺伝子データベースで公開する予定です。
自然感染経路での鶏におけるウイルスの体内動態や、韓国ではアヒルでの発生が知られていることから、アヒルに対する病原性の解析等で本ウイルスの性状をより詳しく明らかにしていく予定です。
ゲノム情報から推定されたウイルスの性状について、哺乳類を用いた感染実験やウイルスのレセプター特異性の解析等、それぞれの技術を持った国内研究機関との連携によって、明らかにされることが期待されます。

用語の解説

  • 1) 高病原性鳥インフルエンザ
    • 高病原性鳥インフルエンザウイルスによって引き起こされる鶏における高い致死率が特徴の家禽の疾病。
  • 2) 高病原性鳥インフルエンザウイルス
    • 国際獣疫事務局(OIE)の規程による検査法によって鶏に高い致死率を示すA型インフルエンザウイルス。H5及びH7亜型の一部のウイルスが主。
  • 3)(A型インフルエンザウイルスの)亜型
    • ウイルス表面に存在する2つの糖タンパク質(赤血球凝集素タンパク:HA、ノイラミニダーゼ:NA)の種類によるウイルス分類法。HAには、H1からH16、NAにはN1からN9までの亜型が存在する(近年コウモリから新しい亜型のウイルスが報告され、それぞれH17N10, H18N11亜型と提唱されている)。通常それぞれの種類によって、H1N1、H3N2、H5N1等と記載。
  • 4) 次世代シークエンサー
    • 従来型のサンガー法に基づくシークエンサーとは異なる技術によるシークエンスを行なう。サンガー法では、鋳型となる遺伝子に相補的なプライマーDNAが必要であったが、次世代シークエンサーでは鋳型遺伝子配列に依存せず、大量の配列が解析できるため、ゲノム配列等の解析に適している。
  • 5) BSL-3ag
    • 畜産上の重要感染症病原体を取り扱うために高度封じ込めが講じられている実験施設。Bio-safety level-3 agricultureの略。
  • 6) 遺伝子再集合
    • インフルエンザウイルスは、そのゲノム分子として8本のRNA分節を持っているため、由来の異なる2つのインフルエンザウイルスが、同一の細胞に感染した場合、細胞質内でそれぞれのウイルスのゲノムの混合が起こることによって、新たなゲノム分子の組み合わせのウイルスが生じる現象。

熊本で分離されたH5N8亜型HPAIVの遺伝的由来
熊本株の全ゲノムサイ