プレスリリース
L型非定型BSEが牛に経口的に伝達されることを確認

情報公開日:2017年1月18日 (水曜日)

ポイント

  • 従来型のBSE1)とは異なる「L型非定型BSE2)」が、牛に経口的に伝達されることを世界で初めて明らかにしました。
  • 経口投与によるL型非定型BSE発症には、従来のBSEに比べて長い潜伏期間を要すること、起立不能以外の明らかな臨床症状を示さないことが確認されました。
  • L型非定型BSEの経口伝達は、実験的に大量のプリオン3)を投与した場合のみ成立し、通常の飼育環境において経口伝達されるリスクは極めて低いと考えられますが、感染防止のためには、引き続き適切なリスク管理が必要と考えられます。

概要

  1. 従来型の牛海綿状脳症(定型BSE)は経口的に牛に伝達されます。現在、定型BSEは、肉骨粉などの動物性タンパク質の牛への給与を禁止する飼料規制等のBSE対策により世界中で発生数が減少し、わが国においても、2003年以降に出生した牛からはBSEが確認されていません。また、わが国は、2013年に国際獣疫事務局(OIE)4)により「無視できるBSEリスク」の国に認定されています。
  2. 一方、2003年以降に定型BSEとは異なるBSE(非定型BSE)が欧米各国で見つかり、日本でも2006年に14歳(169か月)の老齢牛にL型非定型BSEが確認されました。しかし、非定型BSEは科学的知見が乏しく、牛に経口的に伝達されるかどうかは不明でした。
  3. 農研機構ではL型非定型BSEの性状解明を進めており、今回、大量のL型非定型BSEプリオンを含む感染牛由来の脳材料を牛に経口投与すると、7年以上の長い潜伏期間を経て伝達が成立することを確認しました。なお、今回の実験で発症した牛は、非定型BSEの脳内接種で認められる元気消失、頭を下げる、食欲減退などのような特徴的な所見は明確でなく、起立不能となった後、死亡しました。
  4. 定型BSEと比較して、L型非定型BSEの伝達には、大量投与、長期間の潜伏期間を要します。通常の飼育環境においてL型非定型BSEが牛に経口的に伝達されるリスクは極めて低いと考えられますが、感染防止のためには、引き続き、飼料規制等の、リスクに応じた適切なリスク管理が必要と考えられます。
  5. 本成果により、これまで分かっていなかった非定型BSEの伝達特性の一部が明らかとなりました。これは、飼料規制等のBSE管理措置において、非定型BSEのリスクを検討する際に有用な知見となると考えられます。
  6. 本成果は、米国科学雑誌「Emerging Infectious Diseases」2017年2月号にオンライン掲載されました。(doi: 10.3201/eid2302.161416)

予算

農林水産省委託プロジェクト「海外侵入防止プロジェクト」

背景

BSEは牛の病気の一つで、異常プリオンタンパク質3)が脳に蓄積することにより発症します。BSE罹患牛を原料とした肉骨粉等のBSEプリオンを含む飼料を他の牛に与えたことが原因で、英国などを中心に牛の間でBSEが広がり、日本でも2001年9月~2009年1月に罹患牛が発見されました。さらにBSEは、ヒトの変異型ヤコブ病を引き起こしたことから世界中で食の安全の問題を提起しました。現在は、肉骨粉等の動物性タンパク質の牛への給与を禁止する飼料規制等のBSE対策により、世界中でBSEの発生数は減少しています。日本では、2003年以降に出生した牛からはBSEは確認されていません。さらに、BSE対策の実効性が評価されたことにより、日本は2013年に国際獣疫事務局(OIE)により「無視できるBSEリスク」の国に認定されました。

一方で2003年以降、定型BSEとは異なる性状の「非定型BSE(H型、L型の2タイプ)」が全世界で110例ほど確認されており、日本でも2006年に14歳の老齢牛でL型非定型BSEが確認されました。

しかし、非定型BSEに関する科学的知見は乏しく、リスクの推定が困難となっています。特に伝達特性は、リスクの推定に重要です。そこで農研機構は、国内で確認されたL型非定型BSEの材料を活用して、L型非定型BSEの性状解明に関する研究を進めてきました。

経緯

定型BSEは、発症牛の脳を別の牛の脳内に接種することで伝達されることが知られています。農研機構はこれまでに、L型非定型BSEも牛に脳内接種すると伝達されることを確認しています。脳内接種を行った場合、L型非定型BSEは、発病するまでの潜伏期間が定型BSEよりも短いのが特徴です(参照)。

一方、定型BSEは通常BSEプリオンを含む飼料を通じ経口で牛に伝達されますが、L型非定型BSEが経口的に伝達されるかどうかは調べられていませんでした。野外におけるBSEの広がりは、BSEプリオンの経口伝達の特性が大きく関わります。そこで今回、L型非定型BSEが牛に経口的に伝達されるかどうかを調べました。

内容・意義

  1. 大量のL型非定型BSEプリオン(発症牛の脳50g)を経口投与された牛1頭において、7年4か月の潜伏期間を経て伝達が確認されました。なお、1、5、10 gの脳を経口投与した牛を4年から7年後に検査しましたが、異常プリオンタンパク質の蓄積は確認されませんでした。従来型のBSE(脳5 gを牛に経口投与した場合、2年半~7年:平均4年の潜伏期間で発症)と比較して、L型非定型BSE の牛への経口伝達には大量の投与が必要で、かつその伝達効率も悪いこと(参照)から、通常の環境においてはL型非定型BSEの牛への経口伝達のリスクは極めて低いと考えられますが、感染防止のためには、引き続き、飼料規制等の、リスクに応じた適切なリスク管理が必要と考えられます。
  2. L型非定型BSEプリオンの経口投与によって起立不能が確認されたのは、16頭中1例(1例は観察中)で、死亡時の年齢が7歳であったことから、この発症が投与したプリオンとは無関係な孤発性5) であった可能性はぬぐいきれません。しかしながら、今回の経口投与による中枢神経系における異常プリオンタンパク質の体内分布は、孤発性と考えられている野外の非定型BSE発生症例や脳内接種実験での症例とは異なっており、この違いは投与経路が経口であったことに起因すると考えられました。すなわち、経口的に非定型BSEに感染した可能性が高いと考えられます。
  3. 牛に L型非定型BSEを脳内接種する実験では、特徴的な臨床症状(元気消失、頭を下げる、食欲減退など)が観察されますが、今回の経口投与実験では、このような特徴的な所見は明確でなく、起立不能となった後、死亡しました。また、乳牛の分娩前後で生じる起立や歩行が出来ないダウナー症6)で観られるくるぶしを曲げる姿勢はとらず、前後肢ともに前方へと投げ出す姿勢をしていました。

今後の予定・期待

本成果は、飼料規制等のBSE管理措置において、非定型BSEのリスクを検討する際に有用な知見となります。

用語の解説

  1. BSE
    牛海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy: BSE)。
    牛の脳に異常プリオンタンパク質( 用語の解説3参照)が蓄積して、脳の組織に空胞が出来てスポンジ(海綿)状となり、脳の機能が障害されて死亡する病気です。発症初期の牛は、群れから離れたり筋肉を震わせたりする程度で目立った症状は観られませんが、やがて音や接触に対して過敏に反応するようになり、病状がさらに進むと歩様が乱れたりして、最終的に立てなくなります。外的刺激に対する過敏反応や興奮症状がみられます。1986年にイギリスで初めて発見されました。
  2. 非定型BSE・L型非定型BSE
    非定型BSEは主に8歳以上の老齢牛に認められるBSEで、全世界で110例ほど確認されています。野外(自然発症)例では、臨床症状として確認されているのは起立不能のみであり、脳内接種実験牛で確認されている頭を下げる、沈鬱、外的刺激に過敏となる等の臨床症状は確認されていません。糖鎖を除いた異常プリオンタンパク質の分子量が定型BSEのそれと比較して大きいH型と小さいL型の2種類が知られています。8歳以下での発生はH型で2頭、L型で1頭が確認されています。L型非定型BSEの起源は不明ですが、100万頭に0.09頭の割合で極めて稀に発生する孤発性と考えらえています。ヒトへの伝達性は明らかではなく、科学的知見が乏しいことからOIEのリスクステータス認定におけるリスク評価からは除かれています。L型非定型BSEは、国内では、2006年にと畜検査で確認されました(黒毛和種、14歳)。
  3. プリオン・異常プリオンタンパク質
    プリオンを構成するタンパク質(プリオンタンパク質)は、動物が元来持っているタンパク質の1つです。このプリオンタンパク質が何らかの原因で異なる構造を取ってタンパク分解酵素で分解されにくいように変化を起こして凝集するようになったものが異常プリオンタンパク質です。多くの場合、外来性の異常プリオンタンパク質が元になって連鎖的に体内の正常プリオンタンパク質が構造変化を起こし、異常プリオンタンパク質になります。異常プリオンタンパク質が重合化したものが病原体であるプリオンと考えられています。
  4. 国際獣疫事務局(OIE)
    1924年に発足した世界の動物衛生の向上を目的とする国際機関であり、2015年5月現在180か国・地域が加盟しています。また、WTO/SPS協定上、動物衛生及び人獣共通感染症に関する国際基準の設定機関とされています。
  5. 孤発性
    原因が特定できずに突発的に時々発生すること。散発性とも呼ばれます。
  6. ダウナー症
    乳用牛が明確な理由がなく、乳熱(分娩性低カルシウム血症)を伴わずに起立不能、もしくは起立困難となった状態で、分娩後7日以内の高泌乳牛に多発します。BSEでも末期には起立不能を起こすことから鑑別が必要です。

関連情報

Okada H, Iwamaru Y, Imamura M, Miyazawa K, Matsuura Y, Masujin K, et al. Oral transmission of L-type bovine spongiform encephalopathy agent among cattle. Emerg Infect Dis. 2017 Feb [date cited]. http://dx.doi.org/10.3201/eid2302.161416

参考図

表 定型BSEとL型非定型BSEの発症に要する期間の比較(年)

表 定型BSEとL型非定型BSEの発症に要する期間の比較(年)