プレスリリース
(研究成果) アフリカ豚熱ウイルスが効率よく増殖できる豚由来の細胞株を開発

情報公開日:2021年3月18日 (木曜日)

ポイント

農研機構は、アフリカ豚熱ウイルスの安定した増殖に適し、かつ連続して培養することが可能な(不死化された)豚由来の新しい細胞株を開発しました。本細胞株を用いれば、アフリカ豚熱ウイルスの病原性などの生物学的性状を詳細に解析できます。本成果は、アフリカ豚熱の診断法の改良やワクチン開発に役立つと期待されます。

概要

アフリカ豚熱(ASF)は、最近15年間で欧州からアジアまで急速にまん延し、国内侵入が最も恐れられている致死性の高い豚とイノシシの感染症です。原因となるASFウイルス1)(ASFV)はその形態や特性において他に類のない特殊なウイルスで、その起源や生態は未だ多くの謎に包まれ、ワクチンなど有効な予防法や治療法も確立されていません。ASFVは豚やイノシシの体内で、免疫細胞であるマクロファージ2)単球3)に感染して増殖します。そこで、これまでASFVの実験には、豚から採取したマクロファージ初代細胞が用いられてきました。しかし、マクロファージ初代細胞は生体外で安定的に培養することができないため、実験室内でウイルスを増殖させることが難しく、研究やワクチン開発の妨げとなってきました。農研機構は、豚の腎臓から採取したマクロファージを遺伝子操作により不死化し、試験管内で連続して培養することができる細胞株を作出しました。この細胞株はASFVに感染しやすく、細胞内でウイルスを効率良く増殖できます。また、感染したマクロファージの特徴である明瞭な細胞変性効果4)赤血球吸着反応5)を示すことから、マクロファージ初代細胞と同等の性質をもつことが明らかとなりました。
この細胞株を用いれば、生きた豚をその都度必要とすることなく、遺伝子の変異を最小限に抑えながらASFVを効率よく増殖させることができます。ASFVの病原性などの生物学的性状を詳細に解析することが可能となるため、ASFの発症メカニズムの解明や診断法の改良、ワクチンの開発などに役立つものと期待されます。また、有効なワクチンが開発された場合、生体由来の病原体が混入する心配のない安定したASFワクチン製剤の製造にも役立つと考えられます。

関連情報

予算:農林水産省安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業「家畜の伝染病の国内侵入と野生動物由来リスクの管理技術の開発」、同「官民・国際連携によるASFワクチン開発の加速化」、運営費交付金

問い合わせ先
研究推進責任者 :
農研機構動物衛生研究部門 研究部門長 筒井 俊之
研究担当者 :
同 動物衛生研究部門 越境性感染症研究領域 ユニット長 國保(こくほ) 健浩、上級研究員 舛甚(ますじん) 賢太郎
同 生物機能利用研究部門 動物機能利用研究領域 ユニット長 竹之内 敬人
広報担当者 :
同 動物衛生研究部門 広報専門役 吉岡 都

詳細情報

開発の社会的背景

ASFは、豚やイノシシが感染すると著しい高熱や出血性病変を呈して短期間で死に至る、極めて致死性の高いウイルス感染症です。長い間アフリカ大陸(サハラ以南)に土着の風土病と考えられてきましたが、ASFVに汚染した豚肉がアフリカ大陸外へと持ち出され、ASFの世界的な流行を引き起こしています。特に3度目の世界的流行の契機となった2007年のコーカサス地方での発生以降、原因となったASFV強毒株(遺伝子型6)II)は西欧、ユーラシア、東アジア、東南アジアにおよぶ広大な地域で猛威を振るっており、今なお収束に向かっていません。幸いにもこれまで日本での発生報告はありませんが、2018年10月以降、海外渡航客が違法に持ち込んだ畜産物の中からASFV遺伝子を検出した事例が数多く公表されており(本年2月末日現在、94例)、これらの畜産物からは感染力を保持したウイルスも分離されています。
ASFが世界的な流行を見せる中、各国でASFVの基礎研究やワクチン開発を目指す応用研究が本格化していますが、これらの研究の進展を遅らせる要因として、ASFVを効率的に増殖させることが困難な点が挙げられます。ASFVは豚やイノシシのマクロファージや単球に感染して複製するため、ウイルスの増殖には、これらの動物から採取した新鮮な細胞やそれを凍結保存したもの(初代細胞)が利用されますが、これらの細胞は試験管内で増殖しないため、入手可能な細胞数に制限があること、生存率や品質にばらつきがあること、また採取用の動物が予期せぬ病原体に感染している可能性を否定しがたいことなどから、安定的に多量のウイルスを得ることに向いていません。
そこで当研究グループでは、豚腎臓から取り出したマクロファージ様の細胞に、ウイルスベクターを用いて細胞の不死化に必要な2種類の遺伝子を導入することで、連続的に継代することが可能な不死化豚腎マクロファージ(IPKM)細胞株を樹立しました。

研究の内容・意義

樹立したIPKM細胞株について、農林水産省からASFV取扱いの許可を受けた動物衛生研究部門海外病研究施設BSL-3特殊実験棟7)でASFVに対する感受性や培養特性を解析しました。
その結果、

  • IPKM細胞株では、異なるASFV野外株ならびに継代株が初代細胞と同程度あるいはそれ以上の効率で増殖できることを明らかにしました(図1)。
  • IPKM細胞株は、ASFVに感染すると明瞭な細胞変性効果を伴って死滅し、適度なウイルス密度であれば容易に認識できるプラークを形成することがわかりました(図2)。
  • IPKM細胞株は、ASFVに感染すると、感染細胞に特徴的に見られる赤血球の吸着反応を示すことが明らかになりました(図2)。
  • IPKM細胞株を用いて連続的に15代継代したASFVにおいても、継代開始前のASFVとの遺伝子配列の相違は極めて小さく、他の細胞株継代した際に見られる大きな遺伝子配列の変化は認められませんでした。
  • 以上のことから、IPKM細胞株は野外株および継代株を含む多様なASFVに感受性を持ち、効率の良いウイルスの分離や増殖に向いていること、細胞変性効果や赤血球吸着反応、プラーク形成数を指標としたウイルスの定量に利用可能なことが示されました。

今後の予定・期待

IPKM細胞株は、多様なASFVの分離や定量などの診断用ツールとして適性を有することから、初代細胞に代わるものとしての利用が期待されます。また、病原性を担う遺伝子の特定やワクチン候補となる弱毒株の人為的な作出が容易になります。ひいては将来実用化を目指すASFワクチンの製造において、ワクチン株の特性を保持しながら安定的に製剤を製造するための最適なプラットホームになることが期待されます。

用語の解説

アフリカ豚熱ウイルス(ASFV)
アフリカ豚熱の原因ウイルス。Asfivirus属に属する唯一のウイルス。ウイルスとしては例外的に巨大で、多様な遺伝子からなるゲノムDNAが規定する多種類のタンパク質から粒子が構成されます。[概要へ戻る]
マクロファージ
白血球の1種。体内に侵入した異物を捕食して分解する役割を果たします。[概要へ戻る]
単球
白血球の一種。成熟するとマクロファージなどに分化します。[概要へ戻る]
細胞変性効果
ウイルスに感染した細胞に見られる形態の変化で、細胞やウイルスの違いによって様々なものがあります。ASFVに感染したマクロファージでは円形化や収縮が生じて死滅します。[概要へ戻る]
赤血球吸着反応
ASFVが感染したマクロファージで見られる現象で、マクロファージの周囲に赤血球が付着します。ASFVに感染したマクロファージと赤血球の表面に存在する特異的な結合によって生じます。[概要へ戻る]
遺伝子型
ウイルス粒子外殻のタンパク質を規定する遺伝子配列に基づく識別区分で、これまでのところASFV株には24種類の遺伝子型(I~XXIV)があることが知られています。現在世界で広く流行しているウイルス株は、遺伝子型IIです。[開発の社会的背景へ戻る]
動物衛生研究部門海外病研究施設BSL-3特殊実験棟
高度な封じ込め装置を備え、biosafety level 3(BSL-3)にあたる畜産上重要な感染症病原体を取扱うことが認められた実験施設。[研究の内容・意義へ戻る]

発表論文

Scientific Reports 11, 4759 (2021). https://doi.org/10.1038/s41598-021-84237-2

参考図

図1 豚肺胞マクロファージ初代細胞(PAM)とIPKM細胞株におけるASFVの増殖曲線
図2 ASFV感染IPKM細胞株における細胞変性効果、血球吸着反応およびプラーク形成