プレスリリース
(研究成果) 免疫組織化学によるマレック病の新規診断法の開発

情報公開日:2022年6月15日 (水曜日)

ポイント

鶏やウズラなどの家禽に腫瘍を起こし、養鶏産業に多大な経済損失を与えるマレック病1)は、類似疾病との鑑別が難しく、疾病予防対策のため正確かつ簡便な診断法が求められていました。農研機構は、マレック病の腫瘍細胞を特異的に検出するモノクローナル抗体2)の作出に成功し、抗体を用いた免疫組織化学3)によるマレック病の新規診断法を確立しました。本成果により、これまで技術的に困難であったマレック病の確定診断を正確かつ簡便に実施でき、マレック病の正確な発生状況の把握や疾病予防対策に役立つものと期待されます。

概要

マレック病は、鶏やウズラなどの家禽に腫瘍(リンパ腫)を発生させ、養鶏産業に多大な経済的損失を与えるウイルス性感染症です。有効なワクチンの普及によりマレック病の発生は減少しましたが、食鳥検査4)では未だ年間数万羽がマレック病により食用に適さないと判断され廃棄されています。

マレック病の確定診断にはPCR検査等のウイルス感染の有無を検出する検査は有効ではなく、腫瘍組織のホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)標本5)を顕微鏡で観察する病理組織検査が用いられています。しかし、この方法ではリンパ腫を生じる鶏白血病などの類似疾病との鑑別が難しいという問題が生じていました。

農研機構は、マレック病の腫瘍細胞に特異的に発現するタンパク質に対するモノクローナル抗体を作出し、これらの抗体を用いた免疫組織化学によりFFPE標本上のマレック病の腫瘍細胞を検出することでマレック病を正確に診断する手法を確立しました。この新規診断法により、特別な機器や熟練の診断技術がなくとも、正確かつ簡便なマレック病の診断が可能になります。本診断法は、国内の家畜保健衛生所や食鳥検査所等において、免疫組織化学によるマレック病の診断法としての利用が期待されます。

関連情報

予算:運営費交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 衛生管理研究領域 研究員黒川 葵、上級研究員山本 佑
広報担当者 :
同 研究推進部 上級研究員山田 学

詳細情報

開発の社会的背景

マレック病は、ヘルペスウイルス科のマレック病ウイルスによるリンパ腫の形成を特徴とする鶏やウズラなどの家禽の感染症です(図1a)。マレック病は世界各地で確認されており、食鳥検査で食用に供されないと判断されるだけでなく、養鶏場での慢性的な発育不良、産卵低下なども引き起こすことから、養鶏産業に多大な経済的損失を与えてきました。現在は、ワクチンの使用によりマレック病の発生はある程度コントロールされていますが、国内の食鳥検査では毎年数万件のマレック病およびその類似疾病が摘発されています。

研究の経緯

マレック病の診断にはPCR検査等のウイルス感染の証明は有効ではなく、腫瘍組織のFFPE標本を顕微鏡で観察する病理組織検査が用いられています。現在はリンパ球由来の腫瘍細胞が末梢神経や全身の臓器で増えていることが確認されれば、マレック病と診断されます。しかしながら、マレック病と同じくリンパ腫を形成する鶏白血病でも類似の組織像を示すことから、確定診断に苦慮する場合が多く、家畜保健衛生所や食鳥検査所等の診断現場で問題となっていました。形態学で判断する病理組織検査の実施には一定の経験が必要であることに加え、熟練の検査者でも両疾病の鑑別は困難な場合があります。そこで、農研機構は従来よりも正確かつ簡便なマレック病の診断法の開発を目指しました。

研究の内容・意義

当研究グループは、マレック病の腫瘍細胞に特異的に発現するがんタンパク質であるMarek's disease virus-EcoRI-Q(Meq)に着目しました。Meqはマレック病ウイルスに感染したリンパ球の腫瘍化に関与します。従って、Meqを発現するリンパ腫はマレック病であると判定できます。我々はこのMeqに対するモノクローナル抗体を作出し、FFPE標本を用いた免疫組織化学によりMeqを発現するマレック病の腫瘍細胞を検出することでマレック病を診断する手法の開発に取り組みました。
その結果、
  • 作出した抗Meqモノクローナル抗体は高感度かつ特異的にMeqを検出できることが分かりました(図1b)。
  • 同抗体は鶏の正常組織には反応しないことが分かりました(図1c)。
以上のことから、抗Meqモノクローナル抗体を用いた免疫組織化学によりFFPE標本のマレック病の腫瘍細胞が検出可能であり、本法がマレック病の新規診断法として利用できることが示されました(図2)。

今後の予定・期待

今回開発したマレック病の新規診断法により、マレック病の診断が従来と比較して正確かつ簡便になることが期待されます。さらに、本診断法が国内の家畜保健衛生所や食鳥検査所等に普及することによって、マレック病の正確な発生状況の把握や的確な疾病予防対策に役立つものと期待されます。

用語の解説

マレック病
マレック病ウイルスの感染によって起こる鳥の病気。リンパ腫(血液のがん)を特徴とします。届出伝染病に指定されています。[ポイントへ戻る]
モノクローナル抗体
単一の抗原決定基(エピトープ)と反応する抗体。[ポイントへ戻る]
免疫組織化学
病理組織検査において、抗原と抗体の特異的な結合である抗原抗体反応を利用して、細胞や組織に存在するタンパク質などを発色する手法。[ポイントへ戻る]
食鳥検査
家禽の肉や内臓が食用に適しているか食鳥検査員(獣医師)が検査すること。食鳥検査で合格した肉や内臓のみが流通します。[概要へ戻る]
ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)標本
腐敗を防ぐためホルマリンで固定した組織にパラフィンを浸透させて作製した標本。形態の保持、保存性が優れていることから、病理診断に用いる標本の作製方法として最も広範に利用されています。[概要へ戻る]

発表論文

Journal of Veterinary Diagnostic Investigation 34, 458-464 (2022). doi: 10.1177/10406387221080444.

参考図

図1 マレック病の鶏の解剖所見および免疫組織化学によるMeqの検出
  • 腫大した肝臓に多数の白斑(腫瘍)が認められます。
  • マレック病ウイルス感染鶏の肺の腫瘍組織の免疫組織化学写真。作出した抗Meqモノクローナル抗体は腫瘍細胞の核に存在するMeqに抗原抗体反応により結合します。この反応を茶色に発色させることで、Meqを特異的に検出できます。
  • マレック病ウイルスに感染していない鶏の肺の免疫組織化学写真。抗Meqモノクローナル抗体は正常な鶏の組織に反応しないため、茶色の発色は認められません。
図2 マレック病の新規診断法のイメージ
作出した抗体を用いた免疫組織化学によりマレック病の腫瘍細胞を検出することで、マレ ック病を正確かつ簡便に診断できるようになります。