プレスリリース
(研究成果) 2022年シーズン高病原性鳥インフルエンザ ウイルスの遺伝的特徴
- 3つの遺伝子グループが早期から同時期・広範囲に国内侵入 -
ポイント
農研機構は、2022年10月28日から2023年1月17日まで国内家きん飼養施設で発生した高病原性鳥インフルエンザ1)60例についてウイルスの遺伝子解析を行いました。その結果、2022年シーズンには、これまでで最も早い時期から、赤血球凝集素遺伝子の特徴から分類される3つのグループが同時期・広範囲に国内に侵入したことを明らかにしました。そのうち2グループは昨シーズンに国内で検出されたグループと近縁であり、新たに検出された1グループは2021年に西シベリア及び中国中部で分離されたウイルスと近縁でした。2022年シーズンは過去最多の発生になっていることから、今後もウイルスの農場への侵入に警戒が必要です。
概要
2022年10月28日に岡山県及び北海道の養鶏場で2004年以降最も早い時期に高病原性鳥インフルエンザ(high pathogenicity avian influenza: HPAI) が発生しました。斃死した鶏からH5N1亜型2)高病原性鳥インフルエンザウイルス3)(high pathogenicity avian influenza virus: HPAIV)が分離され、その後2023年1月17日までに60事例のH5亜型高病原性鳥インフルエンザの発生が確認されました。60事例のうちH5N1亜型HPAIVによる発生が59事例、H5N2亜型HPAIVによる発生が1事例となり、過去最多の発生数となりました。
1から59事例目(H5N1亜型)及び60事例目(H5N2亜型)の発生から分離されたHPAIVの全ゲノム配列を解読し、赤血球凝集素(HA)遺伝子分節について系統樹解析を行った結果、2021年シーズンに日本国内で検出された2つのグループ「2020-2021年冬季欧州分離HPAIV(20E)」または「2021-2022年欧州分離HPAIV(21E)」(https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/niah/154722.html)と近縁であることが明らかになりました。また、新たに「2021年西シベリア及び中国分離HPAIV(21RC)」と近縁なウイルスも検出されました。20E、21E及び21RCの3グループのウイルスが、シーズン初期から同一期間中に国内に侵入していたことを明らかにしました。H5N2亜型HPAIVのHAは21Eグループに分類され、2022年11月28日に北海道のハシブトガラスから検出されたH5N2亜型HPAIVと全遺伝子分節が近縁であることが明らかになりました。野鳥または環境検体からも9月25日から1月20日までに、172事例のH5亜型HPAIVが検出されており、一部の解析した検体からは、家きんと同様に20E、21E及び21RCグループのH5亜型HPAIVが検出されています。2021年シーズンと同様に、前シーズンの発生の際に検出されたウイルスグループが2022年シーズンにも認められましたが、前シーズンに見られたグループが複数検出されたのは初めてのことでした。渡り鳥の飛来シーズンと同時期にHPAIの発生及びHPAIVが検出されたことから、2021年シーズン末期に渡り鳥の北帰行の際に運搬されたHPAIVが、繁殖地であるシベリアに入って野鳥の間で維持された後、再び渡り鳥の越冬のための飛来によって国内に侵入した可能性が考えられました。
家きんで分離されたウイルスのHA遺伝子グループとそれらの発生時期及び場所との関連をみると、発生初期から2023年1月まで時期的及び地理的な偏りがなく3グループのウイルスによる発生が認められました。青森県、新潟県、茨城県、岡山県、福岡県及び鹿児島県では、複数のグループのウイルスが家きんでの発生に関与していました。
2022年シーズンにおけるこれまでの家きん及び野鳥での発生情報及び検出されたウイルスの解析により、少なくとも3種類の遺伝的背景の異なるウイルスが、これまでで最も早い時期から国内に侵入して広範囲に最多の発生を引き起こしたことが確認されました。今後もより一層農場への侵入に対する警戒が必要です。
59事例から分離されたウイルス株の推定アミノ酸配列においては、既存の代表的な抗ウイルス薬への耐性や哺乳類でのウイルス増殖に関連する変異は認められませんでした。なお、エミューの1事例から分離されたウイルス株の推定アミノ酸配列には、過去にエミュー分離株で報告されたものと同様の哺乳類で増殖しやすくなる変異が認められました。その他の推定アミノ酸配列には、変異は認められないため、このウイルスは人に直接感染する可能性は低いと考えられます。
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 人獣共通感染症研究領域 グループ長内田 裕子
同 人獣共通感染症研究領域 グループ長補佐宮澤 光太郎
同 人獣共通感染症研究領域 研究員峯 淳貴、高舘 佳弘
詳細情報
背景
家きん飼養施設でのH5亜型高病原性鳥インフルエンザの発生が、2022年10月28日から2023年1月17日まで24道県60事例確認されました。また、2022年9月25日から2023年1月20日まで野鳥においても25道県172事例の感染が確認されています。2022年シーズンの家きんでの発生時期は、10月下旬とこれまでで最も早く、発生を引き起こしたウイルスの亜型は、H5N1亜型とH5N2亜型の2種類が確認されています。また、2023年1月初旬の段階でこれまで最多の発生であった2020年シーズンの発生数の52事例を超えています。このようなH5亜型HPAIVの多発の要因を探るため、これらのウイルスについて遺伝子解析を行いました。
研究の内容・意義
- 2022年シーズンのこれまでに家きんから分離されたA型インフルエンザウイルスは、H5N1亜型及びH5N2亜型HPAIVであることが確認されました。60事例についてウイルス全ゲノム解読を行い、赤血球凝集素タンパク質(HA)分節の遺伝子系統樹解析を実施すると、2021年シーズンにも検出された2つのグループ「2020-2021年冬季欧州分離HPAIV(20E)」または「2021-2022年欧州分離HPAIV(21E)」、その他新たに「2021年西シベリア及び中国分離HPAIV(21RC)」と近縁なグループに分類されました(図1)。これにより、2022年シーズンに3グループのH5亜型HPAIVが侵入していることが明らかになりました。渡り鳥の飛来シーズンと同時期にHPAIの発生及びHPAIVが確認されたことから、2021年シーズン末期に渡り鳥の北帰行の際に運搬されたHPAIVが繁殖地であるシベリアに入って野鳥の間で維持された後、再び渡り鳥の越冬のための飛来によって国内に侵入したものと推定されました(図1、図2)。
- 2022年シーズンの60事例目で分離されたH5N2亜型HPAIVのHA遺伝子は21Eグループに分類され、2022年11月28日に北海道のハシブトガラスから検出されたH5N2亜型HPAIVと全遺伝子分節が近縁であることが明らかになりました。
- 野鳥または環境検体からも9月25日から1月20日までに、172事例のH5亜型HPAIVが検出されました。農研機構で解析した一部の検体3例からは20E、21Eまたは21RCグループのH5亜型HPAIVが検出されました(図3)。
- 家きんで分離されたウイルスのHA遺伝子グループとそれらの発生時期及び場所との関連をみると、今シーズン発生初期から2023年1月まで時期及び地理的な偏りがなく、3グループのウイルスによる発生が同時期に認められました(図1、図3)。青森県、新潟県、茨城県、岡山県、福岡県及び鹿児島県では、複数のグループのウイルスが家きんでの発生に関与していました。
- 以上のことから、今シーズンは、現時点で3種類(20E、21E、21RC)のHA遺伝子グループのH5N1及びH5N2亜型HPAIVが同時期に国内に侵入し、全国的な発生を引き起こしていることが明らかになりました。
今後の予定・期待
今回明らかになったHPAIVの全ゲノム配列解読・遺伝子解析に関する情報を踏まえ、農研機構の所有する動物衛生高度研究施設4)において研究を実施し、越境性感染症であるHPAIVのウイルス学的性質に関する研究を迅速に推し進めることは、診断体制を含む国内のHPAI防疫体制の一層の強化につながると期待されます。
用語の解説
- 高病原性鳥インフルエンザ:
- 高病原性鳥インフルエンザウイルスによって引き起こされ、鶏に高い致死率を示す家きんの疾病。
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- (A型インフルエンザウイルスの)亜型:
- ウイルス表面に存在する2つの糖タンパク質(赤血球凝集素タンパク質:HA、ノイラミニダーゼタンパク質:NA)の種類に基づくウイルスの分類型。HAには、H1からH18、NAにはN1からN11までの亜型が存在する。A型インフルエンザウイルスの種類はそれぞれの亜型を組み合わせて、H1N1、H3N2、H5N1等と記載します。
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- 高病原性鳥インフルエンザウイルス:
- 国際獣疫事務局(OIE)の規定による分離ウイルスの鶏への静脈内接種試験やHAタンパク質の開裂部位における連続した塩基性アミノ酸の存在によって判定される、鶏に高い致死率を示すA型インフルエンザウイルス。H5及びH7亜型の一部のウイルスが主。
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- 動物衛生高度研究施設:
- HPAIVなどのBiosafety level 3(BSL-3)にあたる畜産上重要な感染症病原体を取り扱うことが認められた農研機構内の高度封じ込め実験施設。OIEならびに世界保健機関(WHO)のラボラトリー・バイオセイフティー基準に適合した国内有数規模を誇るBSL-3施設です。
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参考図