プレスリリース
(研究成果) 2000-2020年に国内で発生した兎出血病の原因ウイルスの遺伝学的特徴を解明

- 国内外からのウイルス侵入に常に警戒が必要 -

情報公開日:2023年9月 6日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、2019年に国内で17年ぶりに発生したウサギの急性感染症である兎出血病について、2000年から2020年の間に発生した6例由来の検体を用いて原因ウイルスの全ゲノム解析を行い、本病の国内発生は海外流行株の複数回の侵入が要因である可能性を明らかにしました。さらに、2019年から2020年にかけて関東地方で発生した3例由来のウイルスゲノム配列が互いに非常に類似していることを明らかにしました。兎出血病は致死率が高い伝染性疾病であり、2021年以降も国内で散発的に発生しているため、今後も国内外からのウイルス侵入に警戒が必要です。

概要

兎出血病は、致死率が非常に高いウサギ1)の急性感染症で、兎出血病ウイルス2)が原因です。従来の被害は8週齢以上の家兎が中心でしたが、2010年にフランスで、若齢の家兎や野兎でも発症する新たな変異ウイルスが出現しました。現在、この変異型のウイルスは急速に世界各国にまん延し、家兎の被害だけではなく、野兎の個体数減少による生態系への影響も懸念されています。

国内では、本病は1994年に初めて疑い事例が確認され、1998年に家畜伝染病予防法に基づく届出伝染病に指定されました。2000年と2002年にそれぞれ1例ずつ発生しましたが、その後17年間発生はありませんでした。しかし、2019年から2020年にかけて計9例発生し、国内で初めてとなる本病の流行が確認されました。

農研機構では、発生要因を理解し今後の対策に資するために、2000年東京都、2002年北海道、2019年愛媛県、2019年茨城県、2020年栃木県及び2020年千葉県の計6発生例より採取した検体を用いて原因ウイルスの全ゲノム配列決定と遺伝子解析を行いました。その結果、これらの発生には従来型のウイルスが2系統と新たな変異型のウイルスが2系統の少なくとも4系統のウイルスが関与したことが明らかになりました。また、これらの系統のウイルスはそれぞれ海外流行株に遺伝学的に近縁であり、そのうち新たな変異型ウイルスの1系統に分類された2019年茨城県、2020年栃木県及び2020年千葉県の3発生例で検出された株は互いに非常に近縁であることが明らかになりました。

これらの結果は、2000-2020年の国内における兎出血病は、海外から複数回にわたってウイルスが侵入した可能性を示唆します。

本病は2021年以降も国内で散発的に発生しています。ウサギを飼養する施設では衛生管理を日頃から遂行し、人や物、導入ウサギ等を介したウイルス侵入を防止する必要があります。農研機構では今後とも情報収集につとめ、検査診断法の開発による監視体制の強化と予防法開発を積極的に行っていきます。

関連情報

予算 : 運営費交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 動物感染症研究領域 上級研究員谷川 太一朗、宮﨑 綾子
同 衛生管理研究領域 上級研究員三上 修
同 疾病対策部 知的基盤管理専門役渡邉 聡子
広報担当者 :
同 研究推進部 研究推進室長吉岡 都

詳細情報

研究の背景

兎出血病は、ウサギの急性ウイルス感染症です。罹患したウサギは元気消失や食欲廃絶、発熱、時に神経症状や鼻出血などの症状を示し数日のうちに死亡しますが、何も症状を示さないまま突然死することもあり、致死率は90%に達するとの報告もあります。本病は1994年に我が国で初めて疑い事例が確認され1998年に届出伝染病に指定された後、2000年に東京都、2002年に北海道でそれぞれ1例ずつ発生報告がありました。その後、17年間発生はありませんでしたが、2019年5月の愛媛県での発生以降、2020年7月までの約1年間に6県において計9例発生する流行が国内で初めて確認されました。また、2021年以降も散発的に発生が確認されています。

本病の原因ウイルスは、カリシウイルス科に分類される兎出血病ウイルスで、RHDV-GI.1及びRHDV2-GI.2という遺伝子型に大別され、RHDV-GI.1はRHDVa-GI.1a、RHDV-GI.1b、RHDV-GI.1c及びRHDV-GI.1dの4種類の遺伝子型に分類されます。RHDV-GI.1b~RHDV-GI.1dは1984年からの国際的流行で確認され、RHDVa-GI.1aは1997年から確認されています。これらは主に8週齢以上の家兎を中心として被害をもたらしました。一方、RHDV2-GI.2は2010年にフランスで出現した新しい変異ウイルスであり、家兎の若齢個体や野兎でも発生が確認されるのが特徴です。現在、RHDV2-GI.2は世界的にまん延しており、家兎の被害だけではなく、野兎の個体数減少による生態系への影響も懸念されています。このような兎出血病ウイルスの病原性変化をもたらした一因として、重複感染時の遺伝子組換え3)によるウイルス進化が挙げられます。RHDV2-GI.2では、RHDV-GI.1bやウサギに病原性を示さないウサギカリシウイルス(RCV-E1-GI.3など)との遺伝子組換えが確認されています。

今回、兎出血病の発生要因を理解し今後の対策に資するために、2000年東京都、2002年北海道、2019年愛媛県、2019年茨城県、2020年栃木県及び2020年千葉県の発生例より採取した検体を用いて原因ウイルスの全ゲノム配列決定と遺伝子解析を行いました。

研究の内容・意義

  • 2000年東京都及び2002年北海道の発生例 : 検出された株は、共にRHDVa-GI.1aに分類される非遺伝子組換え株でしたが、塩基配列一致率は97.2%と互いの類似性は低く、それぞれ1997年に中国で検出された株と2001年にアメリカ合衆国で検出された株に最も近縁でした(表1)。
  • 2019年愛媛県の発生例 : 検出された株は、ウイルスの非構造タンパク質遺伝子と構造タンパク質遺伝子4) がそれぞれRHDV-GI.1bとRHDV2-GI.2の組み合わせであり、2017年にオーストラリアで検出された遺伝子組換え株に最も近縁でした(表1)。
  • 2019年茨城県、2020年栃木県及び2020年千葉県の発生例 : 検出された株は、互いに99.4-99.7%の塩基配列一致率を示しました。これらの株は、ウイルスの非構造タンパク質遺伝子と構造タンパク質遺伝子がそれぞれRCV-E1-GI.3とRHDV2-GI.2の組み合わせであり、2017年にドイツで検出された遺伝子組換え株に最も近縁でした(表1)。
  • 以上のことから、2000-2020年の国内における兎出血病の発生は、海外からのウイルス株の複数回の侵入に起因する可能性が示唆されました。
表12000~2020年までの兎出血病6発生例より検出されたウイルスの遺伝学的特徴

今後の予定・期待

兎出血病ウイルスは環境中での生存性が高いことが明らかになっています。ウサギを飼養する施設では日頃から衛生管理を徹底し、人や物、海外や他農場からの導入ウサギ等を介したウイルス侵入を防止する必要があります。農研機構では今後も情報収集につとめ、検査診断法の開発による監視体制の強化と予防法開発を積極的に行っていきます。

用語の解説

ウサギ
一般に愛玩用、実験用、肉用、毛用を目的として国内で飼育されているウサギはウサギ科アナウサギ属に分類されるアナウサギ(Oryctolagus cuniculus)を原種とします。一方、国内外において野生に生息するウサギは主にウサギ科ノウサギ属(Lepus spp.)に分類されます。本文では、アナウサギを原種とする飼育されているウサギを家兎、野生に生息するウサギを野兎、家兎と野兎の両方を含む場合にはウサギと記載しています。[概要へ戻る]
兎出血病ウイルスと遺伝子型
カリシウイルス科ラゴウイルス属に分類されるウサギに感染するカリシウイルスのうち、兎出血病を起こすウイルスは兎出血病ウイルス(rabbit hemorrhagic disease virus, RHDV)、病気を起こさないものはウサギカリシウイルス(rabbit calicivirus, RCV)と命名されています。兎出血病ウイルスとウサギカリシウイルスは、ウイルスの外殻を構成するタンパク質の塩基配列に基づき、RHDVa-GI.1a、RHDV-GI.1b、RHDV-GI.1c及びRHDV-GI.1dからなるRHDV-GI.1及びRHDV2-GI.2、並びにRCV-E1-GI.3及びRCV-A1/E2-GI.4に分類されています。[概要へ戻る]
遺伝子組換え
遺伝子組換えとは、異なるウイルス株が一つの細胞に重複して感染した場合に、互いのウイルス遺伝子の一部が組み換わることです。兎出血病ウイルスでは非構造タンパク質遺伝子と構造タンパク質遺伝子との間を境として遺伝子組換えを起こした株が多く確認されています。[研究の背景へ戻る]
構造タンパク質と非構造タンパク質
ウイルスの粒子を構成するタンパク質を構造タンパク質、それ以外のウイルスの複製や増殖に関わるタンパク質などを非構造タンパク質といいます。兎出血病ウイルスは一本につながったウイルスゲノムの上流に非構造タンパク質遺伝子、下流に構造タンパク質遺伝子が配置されています。[研究の内容・意義へ戻る]

発表論文

Tanikawa T, Watanabe S, Mikami O, Miyazaki A. Genetics of the rabbit haemorrhagic disease virus strains responsible for rabbit haemorrhagic disease outbreaks in Japan between 2000 and 2020. J Gen Virol. 2023 May;104(5). doi: 10.1099/jgv.0.001846.