プレスリリース
(研究成果) 植物に含まれるトリプタンスリンは低濃度で鶏腸管内の食中毒原因菌カンピロバクターを減らす

- カンピロバクター感染を制御する鶏飼料の開発に向けて -

情報公開日:2023年10月17日 (火曜日)

ポイント

鶏肉を主な原因食品とするカンピロバクター1)による食中毒が大きな問題となっていますが、感染鶏の腸管内に多数の本菌が存在し、食鳥処理の過程で可食部に付着することが、鶏肉の汚染経路と考えられています。農研機構は、植物性化合物2)トリプタンスリン3)が、カンピロバクターの鶏腸管内菌数を低濃度でも減らす効果を持つことを初めて明らかにしました。トリプタンスリンを用いた植物性飼料等を開発することで、本菌による食中毒の低減につながることが期待されます。

概要

カンピロバクターによる食中毒の主な原因食品は、生または加熱不十分な鶏肉です。カンピロバクター感染鶏は無症状であることが多いですが、腸管内には多くの本菌が存在するため、糞便を介した他の鶏への感染や、食鳥処理の過程での消化管内容物の可食部への付着と交差汚染により、フードチェーンの中で汚染の拡大が起きると考えられています。そのため、より安全・安心な鶏肉生産に向けて、鶏腸管内のカンピロバクター菌数を低減する技術や資材の開発が求められています。

農研機構は、タデアイ4)等の植物に高濃度に含まれる植物アルカロイドの一種であるトリプタンスリンが、食中毒の原因となるカンピロバクターに低濃度で抗菌作用を示すことを初めて明らかにしました。これまで報告された他の植物性化合物よりも、トリプタンスリンはカンピロバクターへの抗菌作用が強く、低濃度の飲水投与でも鶏腸管内の菌数を大幅に低減させることがわかりました。また、鶏の体重増加(増体率)への悪影響は確認されませんでした。

現在の養鶏産業ではハーブなど植物性原料の様々な機能性に着目した飼料製品が、鶏の健康や生産性、ひいては鶏肉や鶏卵の食味と安全性の向上のために広く利用されています。今後、トリプタンスリンを用いた鶏のカンピロバクター感染を制御する植物性飼料及び動物用医薬品を開発することで、カンピロバクター食中毒の発生低減につながることが期待されます。

関連情報

予算 : 運営費交付金
特許 : 特開2022-153109

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 人獣共通感染症研究領域 主任研究員岩田 剛敏
同 人獣共通感染症研究領域 グループ長楠本 正博
同 人獣共通感染症研究領域 研究領域長真瀬 昌司
広報担当者 :
同 研究推進部 吉岡 都

詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

カンピロバクター食中毒は、最も発生数の多い細菌性食中毒として世界各国で問題視されています。主な原因食品はカンピロバクターが付着した鶏肉と考えられ、生または加熱が不十分な状態で食べることにより本食中毒に罹患するリスクが高まります。カンピロバクターは養鶏場から市販鶏肉に至る鶏肉のフードチェーン全体から検出されるものであり、市販鶏肉の本菌検出率は3-4割程度ですが、時に60~70%にも上ります。カンピロバクターに感染した鶏の糞便には、1 gあたり1千万個前後と非常に多くの本菌が含まれるため、食鳥処理の過程における管理の状況によっては、糞便を介して鶏の体表がカンピロバクターに高度に汚染される可能性があります。そのような鶏が食鳥処理場に搬入された場合、現在の処理方法では鶏の体表や腸管内容物から鶏肉へのカンピロバクター汚染を完全に制御するのは困難です。そのため、鶏腸管内のカンピロバクター菌数を低減する飼養衛生管理手法、対策資材が開発できれば、フードチェーン全体の汚染低減につながり、カンピロバクター食中毒のリスクが低い、より安全・安心な鶏肉の生産が可能となります。そこで農研機構では、鶏腸管内のカンピロバクターを低減する新たな化合物の同定を目的として研究を進めてきました。

研究の内容・意義

生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)5)が提供する化合物ライブラリーを用いて試験を実施し、10 µM以下の低濃度で食中毒の原因となるカンピロバクターに抗菌作用を示す複数の化合物を同定しました。そのうち、植物性化合物であるトリプタンスリンに着目して研究を進め、これまでに以下の結果を得ました。

  • カンピロバクターに抗菌性を示す植物性13化合物の、カンピロバクター2菌株(NCTC 11168株及び81-176株)の最少発育阻止濃度6)(以下、MIC)を調べた結果、他の植物性化合物のMICは100 µM以上でしたが、トリプタンスリンのMICは6.25 µM以下であり、他の植物性化合物よりも効果的にカンピロバクターの増殖を抑制できることを明らかにしました()。
  • カンピロバクターは遺伝的に多様であることが知られていますが、トリプタンスリンは、試験に供試した全24株の増殖を12.5 µM以下の濃度で抑制しました。一方で、本化合物は健康な鶏の腸管内に存在する大腸菌等の細菌に対しては、100 µMでも増殖を抑制せず、正常な腸内細菌叢に大きな影響を与えないことが示唆されました。
  • 近年、養鶏場で使用される抗菌剤へのカンピロバクターの耐性化(抗菌剤が効かなくなること)が問題視されています。そこでトリプタンスリン及び耐性化が特に注視されている抗菌剤(エリスロマイシン、シプロフロキサシン)をそれぞれ添加した液体培地でカンピロバクターを20回植え継ぎ、MICの変化を比較しました。その結果、カンピロバクターのトリプタンスリンに対するMICの上昇は抗菌剤2薬剤と比べて顕著でなく、トリプタンスリンに対する高度耐性株は抗菌剤と比較して出現しにくいことが示唆されました(図1)。
  • カンピロバクターの感染前(実験)または感染後(実験)のタイミングでそれぞれトリプタンスリン 0、10、100 µMの濃度で鶏への飲水投与を開始し、11及び18日齢時に盲腸内容物中のカンピロバクター菌数を比較しました。その結果、実験では18日齢、実験では11及び18日齢で、100 µM投与群のカンピロバクター菌数が未投与群より低くなることが確認され(図2)、トリプタンスリンによるカンピロバクター菌数低減効果は、本菌の感染前だけでなく感染後からの投与でも発揮されました。なお、増体率の差は各群間で認められませんでした。

今後の予定・期待

カンピロバクターに抗菌作用を示す様々な植物性化合物がこれまで報告されてきましたが、鶏腸管内におけるカンピロバクターの菌数低減効果は、鶏の増体率が低下する高濃度投与でしか認められないなどの問題がありました。一方、本研究により同定したトリプタンスリンは、増体率に悪影響を及ぼさない低濃度投与でも鶏腸管内のカンピロバクター菌数を低減することがわかりました。今後は、トリプタンスリンを用いた植物性飼料及び動物用医薬品の開発につなげ、カンピロバクター食中毒の発生低減に貢献していきたいと考えています。

用語の解説

カンピロバクター
食中毒菌として重要視される細菌で、カンピロバクター・ジェジュニが食中毒患者からよく分離されます。家畜・家きんは多くの場合、特段の症状を示すことなく本菌を腸管内に保有しています。 [ポイントへ戻る]
植物性化合物
植物により生成される化合物の総称です。 [ポイントへ戻る]
トリプタンスリン
分子量が約250である植物アルカロイドの一種です。タデアイ等、タデ科の植物に含まれることが知られています。抗菌作用の他、抗ウイルス、抗真菌、抗がん、抗炎症等の生理活性を有することが報告されています。 [ポイントへ戻る]
タデアイ(藍)
タデ科イヌタデ属の一年生植物で、我が国では青色染料の原料として利用されています。 [概要へ戻る]
生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)
我が国の幅広い生命科学関連研究の中で、優れた研究成果を創薬研究等の実用化研究につなげることを目的とした事業です。 [研究の内容・意義へ戻る]
最小発育阻止濃度(MIC)
抗菌性物質の感受性試験において、細菌の発育を阻止する最小の濃度を指します。この値が低い方が、より効果的に発育を阻止できる物質といえます。 [研究の内容・意義へ戻る]

発表論文

Tryptanthrin reduces Campylobacter jejuni colonization in the chicken gut by a bactericidal mechanism. Iwata T, Watanabe-Yanai A, Tamamura-Andoh Y, Arai N, Akiba M and Kusumoto M. Applied and Environmental Microbiology DOI: https://doi.org/10.1128/aem.01701-22

参考図

表1 トリプタンスリン及び他の植物性化合物に対するカンピロバクターの最小発育阻止濃度

図1トリプタンスリン含有培地での継代によるカンピロバクターの最小発育阻止濃度の変化
カンピロバクター2菌株(NCTC 11168及び81-176株)をトリプタンスリン含有液体培地でそれぞれ20回植え継いだところ、その最小発育阻止濃度の上昇は、抗菌剤(エリスロマイシン、シプロフロキサシン)と比較して顕著ではなく、トリプタンスリンに対する高度耐性株は出現しにくいことが示唆されました。

図2トリプタンスリン飲水投与鶏へのカンピロバクター感染実験結果
トリプタンスリンの飲水投与開始時期を、カンピロバクターの感染前(実験)と感染後(実験)に設定して鶏感染実験を実施したところ、実験では18日齢、実験では11及び18日齢で、トリプタンスリン100 µM投与群のカンピロバクター菌数が、未投与群と比べて有意に減少していました(* p < 0.05)。