プレスリリース
(研究成果) 多種類の抗菌剤に耐性を持つ病原性大腸菌に有効な抗菌剤を同定

- 養豚での治療効果の向上と薬剤耐性菌の低減をめざして -

情報公開日:2023年12月 6日 (水曜日)

ポイント

多種類の抗菌剤に耐性を持つ病原性大腸菌1)による疾病が養豚で問題となっています。農研機構は、過去29年間に国内の豚から分離された病原性大腸菌の薬剤耐性2)について解析し、多剤耐性菌にも有効な抗菌剤を同定しました。豚の治療時に効果の高い抗菌剤3)を使用することで、治療成績の向上と薬剤耐性菌の低減につながることが期待されます。

概要

豚の下痢や浮腫病4)は病原性大腸菌が原因となる疾病で、養豚産業に大きな経済的損失をもたらします。その治療には抗菌剤が重要ですが、病原性大腸菌が抗菌剤に耐性を持つ場合は使える抗菌剤の選択肢が狭くなり、効かない抗菌剤の使用は薬剤耐性菌のまん延を招くリスクとなります。近年、多種類の抗菌剤に耐性を持つ(多剤耐性)病原性大腸菌による豚の疾病が大きな問題となっており、有効な抗菌剤を見つけることが求められています。

農研機構は、1991年から2019年までの29年間に国内で下痢や浮腫病の豚から分離された病原性大腸菌1,708株についてヒト用・家畜用14系統26種類の抗菌剤に対する耐性を解析し、2種類の抗菌剤(アプラマイシン、ビコザマイシン)が多剤耐性病原性大腸菌にも有効であることを明らかにしました。

最大限の治療効果を上げ、薬剤耐性菌の出現を最小限に抑えるためには、抗菌剤を使用する前にその必要性を検討し、有効な抗菌剤を適切に選び、法令等を遵守して適正に使用すること(抗菌剤の慎重使用)が極めて重要です。今回発見されたような多剤耐性病原性大腸菌にも有効な抗菌剤を慎重に使用することにより、治療成績の向上と薬剤耐性菌の低減につながることが期待されます。

関連情報

予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究「環境への抗菌剤・薬剤耐性菌の拡散量低減を目指したワンヘルス推進プロジェクト」JPJ008617.22682153
特許 : 特開2023-136535

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 人獣共通感染症研究領域 グループ長楠本 正博
同 人獣共通感染症研究領域 研究領域長真瀬 昌司
広報担当者 :
同 研究推進部 研究推進室長吉岡 都

詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

近年、薬剤耐性菌の拡大が世界的な問題となっており、2015年には世界保健機関(WHO)総会において薬剤耐性に関する国際行動計画(グローバルアクションプラン)が採択されました。これを踏まえ、薬剤耐性菌の出現やまん延の防止に向けて、ヒト・動物・環境の各分野が一体となった取り組み(ワンヘルス・アプローチ)が各国で進められています。日本の薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書2022によると、畜産動物(牛・豚・鶏)にはヒト医療より多くの抗菌剤が使用されており、動物用抗菌剤の約半分が豚に使用されています。

抗菌剤は細菌(病原性大腸菌等)による疾病の治療に使用されますが、疾病の原因となる細菌が投与した抗菌剤に耐性を持つ場合、治療の効果が得られないだけでなく、多くの細菌が抗菌剤により死滅する中で耐性菌だけが生き残り、増殖して周囲に拡散するリスクが高くなります。したがって、疾病の治療効果を上げ、薬剤耐性菌の出現やまん延を抑えるには、疾病の原因となる細菌に有効な抗菌剤を見極めることが極めて重要です。

近年、多種類の抗菌剤に耐性を持つ多剤耐性病原性大腸菌による豚の疾病が大きな問題となっています。そこで農研機構では、全国の家畜保健衛生所と協力し、国内で下痢や浮腫病の豚から分離された病原性大腸菌について、薬剤耐性状況の解析および多剤耐性菌にも有効な抗菌剤の同定を目的として研究を進めてきました。

研究の内容・意義

1991年から2019年までの29年間に31都道府県で下痢や浮腫病の豚から分離された病原性大腸菌1,708株について、14系統26種類の抗菌剤に対する耐性を解析し、以下の結果を得ました。

  • 3系統以上の抗菌剤に耐性を持つ多剤耐性菌の割合は2000年代に増加し、近年も高水準を維持していることが分かりました(図1)。

    図1豚から分離された病原性大腸菌における多剤耐性菌の割合の推移
    1990年代に病原性大腸菌の大部分を占めていた型(O(オー)139やO149)の割合が2000年以降は減少し、代わりにO116やOSB9等、新しい型の多剤耐性菌が増加しました(O116とOSB9は豚の病原性大腸菌としては現在のところ日本でのみ報告されています)。最近の数年間で多剤耐性のO116とOSB9は減少傾向にありますが、その他の型が増加し、全体として多剤耐性菌の割合は現在も高い水準で維持されています。

  • 第二次選択薬として使用が制限されているセフォタキシム(CTX)の他に、アプラマイシン(APM)とビコザマイシン(BCM)も豚の病原性大腸菌に有効であり、アプラマイシンとビコザマイシンは特に多種類(8系統以上)の抗菌剤に耐性を持つ高度多剤耐性菌にも有効であることが分かりました(図2)。

    図2豚に使用される主な抗菌剤に対する耐性菌の割合
    (左)解析した全1,708株の病原性大腸菌について、セフォタキシム(CTX)、アプラマイシン(APM)、ビコザマイシン(BCM)に対する耐性菌の割合はそれぞれ1.2%、6.7%、5.8%と低く抑えられており、これらの抗菌剤が効く可能性が高いことを示しています。
    (右)全1,708株のうち86株(上位5%)は特に多種類(8系統以上)の抗菌剤に耐性を持つ高度多剤耐性菌でした。各抗菌剤に対する耐性菌の割合が高い(多くの抗菌剤が効かない)高度多剤耐性菌でも、セフォタキシム(CTX)、アプラマイシン(APM)、ビコザマイシン(BCM)に対する耐性菌の割合はそれぞれ17.4%、9.3%、5.8%と他の抗菌剤より著しく低いことから、これら3種類の抗菌剤が有効であることが示唆されます。
    なお、ビコザマイシンは動物用医薬品として承認されている抗菌剤ですが、2023年現在、製造されていないため入手できません。

    抗菌剤の種類(略号) : アンピシリン(AMP)、ゲンタマイシン(GEN)、カナマイシン(KAN)、ストレプトマイシン(STR)、テトラサイクリン(TET)、クロラムフェニコール(CHL)、シプロフロキサシン(CIP)、スルファメトキサゾール・トリメトプリム合剤(SXT)、コリスチン(COL)、セフォタキシム(CTX)、アプラマイシン(APM)、ビコザマイシン(BCM)

今後の予定・期待

豚の下痢や浮腫病などの大腸菌性疾病の治療において、有効な抗菌剤を適切に活用し、確実に病原性大腸菌を排除することで、治療効果の向上と同時に耐性菌の出現リスクや拡散リスクの低減が期待されます。一方で、むやみに抗菌剤を使用すると、耐性菌が出現するリスクが高くなります。有効性の高い抗菌剤に対する耐性菌の出現を防ぐためには、抗菌剤の慎重使用(抗菌剤を使用する前に必要性を検討し、有効な抗菌剤を適切に選び、法令等を遵守して適正に使用すること)が重要です。抗菌剤の新規開発が滞っている現状では、ヒト医療においてコリスチンがlast resort(最後の手段)と呼ばれるように、獣医療においても有効な抗菌剤を「効く薬」として維持できるよう、特に慎重な使用を農家や畜産に関わる獣医師に呼びかけ耐性菌の発生を抑える必要があると考えています。

なお、セフォタキシムと同系統の抗菌剤として動物用医薬品ではセフチオフルが使用されますが、ヒト医療における重要性から、セフチオフルは最初の投薬が無効な症例に限って使用する第二次選択薬に指定され、より慎重に使用する必要があります。本研究で豚の大腸菌性疾病の治療への有効性が示されたアプラマイシンについても、まずは薬剤感受性試験を行い、有効であることを確認できた場合に本抗菌剤を使用することが必要です。

用語の解説

病原性大腸菌
毒素や腸管への定着に関わるタンパク質等の病原因子を産生し、ヒトや動物に病気を起こす大腸菌の総称です。大腸菌の表面にあるO(オー)抗原と呼ばれる成分の型(番号)により、O116、O139等のように分類されます。[ポイントへ戻る]
薬剤耐性
抗菌剤(抗菌性物質)に対する細菌の抵抗性のこと、耐性の仕組みを元から持っている細菌はありますが、他の細菌から耐性の仕組みをもらったり、細菌の構造が突然変わったりすることで耐性を獲得することがあります。耐性を持った細菌に対して抗菌性物質を使用すると、狙い通りに細菌を殺すことができず、薬剤耐性菌が生き残り、増えてしまいます。その結果、病気を治せなかったり、治りが遅くなったりします。[ポイントへ戻る]
抗菌剤
細菌を壊したり、増殖を抑えたりする抗菌性物質からなる製剤です。抗菌剤は化学物質の構造や細菌に対する作用の違いから、いくつかの系統に分類されています。[ポイントへ戻る]
浮腫病(ふしゅびょう)
志賀毒素という強力な毒素を産生する病原性大腸菌による、死亡率が高い(50~90%)感染性の疾病です。目の周りの皮膚の下に水が溜まる「眼瞼浮腫(がんけんふしゅ)」が代表的な症状ですが、豚が痙攣(けいれん)や麻痺などの神経症状を示して急死することや、症状を示さず突然死することも多く、養豚における大きな問題となっています。[概要へ戻る]

発表論文

Nationwide analysis of antimicrobial resistance in pathogenic Escherichia coli strains isolated from diseased swine over 29 years in Japan. Kusumoto M, Tamamura-Andoh Y, Hikoda-Kogiku Y, Magome A, Okuhama E, Sato K, Mizuno Y, Arai N, Watanabe-Yanai A, Iwata T, Ogura Y, Gotoh Y, Nakamura K, Hayashi T, Akiba M. Frontiers in Microbiology, 14:1107566, 2023. DOI: 10.3389/fmicb.2023.1107566