プレスリリース
(研究成果) 養豚場の汚水処理や堆肥化が抗菌性物質の環境排出を低減

情報公開日:2024年1月31日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、国内養豚場の汚水処理水や堆肥中の抗菌性物質1)の残存実態と動態を明らかにしました。排出された抗菌性物質は環境中で細菌を耐性化し、結果としてヒトや家畜の薬剤耐性問題2)に関与するため、「ワンヘルス3)」の観点から重要な課題です。汚水処理や堆肥化を行うことで抗菌性物質の残存濃度は減少するものの、その使用量や処理施設の運転状況により、処理水や堆肥中を介した環境排出リスクの度合いに差がみられました。本成果は、情報が断片的だった養豚場から環境への抗菌性物質の排出実態を解明し、環境中細菌の薬剤耐性化や生態系へのリスクを評価したもので、薬剤耐性問題に対し、関係機関が対策を考える際の基礎情報となります。

概要

抗菌性物質が、これまでに効果を示していた病原性細菌に効かなくなる薬剤耐性問題は、家畜やヒトの健康維持・治療だけでなく、環境中に排出された抗菌性物質や薬剤耐性菌などが環境中の病原菌を耐性化し、結果として家畜やヒトに影響することから環境の健全性も含めた「ワンヘルス」の理念による課題解決が重要となっています。この理念は、家畜(動物)とヒト、環境が生態系の中で相互に密接に繋がり強く影響し合うことから、それぞれの領域の境界がなく一つの世界であるという考え方に基づいています。

畜産分野、特に養豚業では、抗菌性物質の慎重使用・適正使用に向けた様々な研究や対策がこれまでにも実施されてきました。一方、「ワンヘルス」の観点から考えた場合、養豚場から環境への抗菌性物質の排出を抑制することが重要となりますが、その実態や制御方法に関する情報は断片的でした。

農研機構では、養豚場での豚排せつ物の処理4)に焦点を当て、国内養豚場で一般的に採用されている排せつ物の処理法の汚水処理と堆肥化を対象に、抗菌性物質の残存と環境排出の実態を把握するとともに、処理過程での動態を調査しました。この結果、汚水処理水(処理水)と堆肥に残存する抗菌性物質は処理前の排せつ物そのものより減少しており、処理することで環境排出リスクが低減されることが明らかになりました。一方で、養豚場における抗菌性物質の使用量や処理施設の運転条件など様々な要因により、環境排出リスクの度合いに差があることが示されました。

本研究の成果は、養豚場から環境への抗菌性物質の排出実態と排せつ物処理過程における動態を包括的に明らかにしたもので、排出制御に向けた対策の基礎情報となります。

関連情報

予算 : 農林水産省委託研究「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業(環境への抗菌剤・薬剤耐性菌の拡散量低減を目指したワンヘルス推進プロジェクト)」(JPJ008617. 22682153)
研究協力機関 : 一般社団法人 日本養豚開業獣医師協会 (JASV)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 衛生管理研究領域 グループ長補佐グルゲ キールティ シリ
特別研究員渡部 真文
広報担当者 :
同 研究推進部 研究推進室長吉岡 都

詳細情報

研究の社会的背景と経緯

薬剤耐性問題は、抗菌性物質など薬剤の不適切使用や過度の使用、病原体の突然変異などにより、細菌に代表される病原性微生物が薬剤に耐性を持つことで、本来なら軽症で早期に回復可能な感染症の治療が難しくなり、重症化や死亡のリスクが高まる問題です。また、その治療や対策などのため、経済的損失も莫大なものと推定されています。このようなことから、WHOなどの国際機関やG7/G20などで議題に取り上げられるなど喫緊の課題として取り上げられています。

これまでも医療・獣医療の各分野で、抗菌性物質の適正・慎重使用の推進など薬剤耐性問題に対する対策が実施されてきました。一方、近年ではヒトや家畜から未分解のまま排出された抗菌性物質などが環境中で新たな薬剤耐性菌の増殖や水生生物への生態影響(致死毒性)に関与している可能性が指摘されています。このため、薬剤耐性問題では、ヒトや動物(家畜)の健康のみならず、環境の健全性も一体として考える「ワンヘルス」での対策が重要とされています。

畜産業において、抗菌性物質は家畜の治療に必須の動物医薬品でありますが、家畜に投与された抗菌性物質の大部分は体内で分解されず、排せつ物を介して排出されます。特に養豚業は、様々な対策により最近ではその使用量が減少傾向にありますが、他の畜種より多く使用されています。日本国内の養豚場では、排せつ物のうち尿などの液状物の処理には浄化-放流が主に採用されています。この方法は、主に活性汚泥法5)により水質汚濁の原因物質などを除去し、排水しても環境に負荷をかけない状態にする処理です。一方、ふん(固形排せつ物)は堆肥化処理が主に採用されていますが、この方法は、排せつ物に含まれる作物の育成阻害成分を分解等により除去し、土地改良材や肥料として使えるようにする処理です。このような処理により処理水や堆肥が養豚場外に出ているため、ワンヘルスの観点から薬剤耐性問題への対策を考えた場合、豚の排せつ物の処理における抗菌性物質の動態と環境排出の実態を把握することが重要となります。しかしながら、日本国内の養豚場は衛生管理上の理由から関係者以外の立入が厳しく制限されているため調査・研究例は限られており、薬剤耐性問題への対策を進める上でボトルネックになっていました。

研究の内容・意義

農研機構では、国内の11養豚場に付属する排せつ物処理施設(汚水処理施設と堆肥化施設)を複数回調査し、処理過程での抗菌性物質の除去動態と、養豚場から環境への排出経路である処理水及び堆肥における残存濃度を明らかにし、それらのリスクを評価しました。

  • 排せつ物処理により抗菌性物質の残存濃度が大きく減少(図1)
    汚水処理は、抗菌性物質の除去装置としても機能していて、処理水中の残存濃度は概ね処理前の1/5以下(除去率80%以上)に減少していました。しかしながら、低水温や活性汚泥割合の低下など施設の状態や運転状況により、抗菌性物質の除去率が低下するケースがみられました。
    堆肥化処理も抗菌性物質の除去装置として機能していますが、処理方法によっては除去率がかなり不安定であるため、その不安定要因を特定・解消し、安定化することが重要と考えられました。
    図1 養豚場からの抗菌性物質の環境排出
    ふんや尿を介して排出された抗菌性物質は汚水処理や堆肥化により除去され、処理水や堆肥に残存する濃度は大きく低減しますが、その除去率は排せつ物処理施設の運転条件が影響しました。
  • 処理水や堆肥における抗菌性物質の残存濃度は、その使用量や処理条件に依存
    処理水や堆肥から検出される抗菌性物質は、基本的にそれぞれの養豚場で使用された薬剤でした。処理水に残存する抗菌性物質の濃度は、その使用量が多い養豚場で高かったことから、処理水を介した抗菌性物質の環境排出を低減するためには、養豚場での抗菌性物質の使用量を削減することが最も重要であることが明らかとなりました。一方、堆肥経由での環境排出を低減するためには、抗菌性物質の使用量削減とともに、排せつ物の処理条件を安定化させることが望まれました。
    また、ある抗菌性物質(オキシテトラサイクリン)の使用を中止すると、排せつ物中の濃度は急激に減少するものの、処理水や堆肥中の残存は数ヶ月単位で長期化することが明らかになりました。これは、処理時間によるタイムラグや処理施設に蓄積していた抗菌性物質が処理水に再分配されることが原因と思われます(図2)。
    図2 抗菌性物質の使用中止に伴う残存濃度の継時変化の模式図
    処理水や堆肥中の抗菌性物質の残存濃度は、抗菌性物質使用中は汚水や豚ぷん中と比べるとかなり低いですが、使用中止後しばらくは濃度が維持され、その後急激に低減した後、緩やかに減少する動態を示しました。
  • 環境排出リスクは概ね低い
    ほとんどの施設及び抗菌性物質種で、処理水経由での環境排出リスクは無視できるレベルと推定されました。しかしながら、抗菌性物質の使用量が多い施設や汚水処理の不安定化により排出リスクが高く見積もられるケースも見られたことから、養豚場での抗菌性物質の使用量削減や処理施設の最適化などの対策が必要な可能性が示されました。
    抗菌性物質の場合、環境中では細菌の薬剤耐性化と、ラン藻類や小型甲殻類(ミジンコなど)などへの生態影響(致死毒性)が問題と考えられています。本研究では、この2つの問題に対し、養豚場の処理水を介した抗菌性物質の環境排出リスクをリスク比6)(RQ:Risk Quotient)という手法を用いて評価しました。このリスク比が1を超えるとリスクが高いと推定され、より詳細な評価手法で再評価するか、排出削減対策が必要と考えられています。
    今回の解析では、ほとんどの施設の処理水及び抗菌性物質種でリスク比が1以下であり、養豚場から処理水経由で環境排出される抗菌性物質は、細菌の耐性化及び生態影響に対するリスクが低いと推定されました(表1)。
    表1 リスク比が1以下の処理水の検体数とその割合
    細菌の薬剤耐性化とラン藻類などへの生態影響に関するリスクを、処理水中に残存する各抗菌性物質種についてリスク比という手法で評価しました。それぞれリスクの上段はリスク比が1以下の検体数、下段の括弧付き値は処理水全検体数(29検体)に対するリスク比が1以下の検体の割合を示しています。
    一方で、リスク比が1を超えるケースも見られ、養豚場での抗菌性物質の使用量削減や処理施設の最適化などの対策が必要な可能性が示されました。特に、細菌の薬剤耐性化に対するリスク比はすべての抗菌性物質種で1を超えるケースが確認され、中でも特定の抗菌性物質種(テトラサイクリン系、フルオロキノロン系、トリメトプリム)ではリスク比が1を超えるケースが多くなっていました。これに対し、生態影響に対するリスクは別の抗菌性物質種(サルファ剤、マクロライド系、リンコマイシン)においてリスク比が1を超えるケースが見られました。これらの結果は、抗菌性物質の使用量削減や処理施設の最適化など養豚場からの環境排出低減対策を検討する際に、抗菌性物質全体のみならず、個別の抗菌性物質種にも注目する必要性も示しています。

今後の予定・期待

今回の研究は、養豚場の排せつ物処理における抗菌性物質の動態と環境排出リスクに関する重要な知見を提供し、ワンヘルスアプローチによる薬剤耐性問題への対策を関係機関が立案する際の基礎情報となります。現在、農林水産省では家畜を薬剤耐性菌から守るために、抗菌性物質の慎重使用を推奨していますが、このことが環境排出リスクの低減にも繋がることを本成果は示しました。

養豚場などの家畜排せつ物の処理に使用されている技術や手法は、元来、抗菌性物質の除去を目的としたものではありません。しかしながら、本成果からもわかるように、ワンヘルスの観点から対策する上で重要な位置を占めることから、抗菌性物質の除去(加えて、薬剤耐性菌や薬剤耐性遺伝子など環境中で病原性細菌の耐性化に繋がる他の因子の除去)も目的とした家畜排せつ物処理の条件確立や技術開発を進めていきます。

用語の解説

抗菌性物質
抗生物質と合成抗菌剤の総称です。抗生物質はカビなどによって生産された天然物質に対し、合成抗菌剤は化学的に合成された物質で、いずれも、細菌の代謝又は増殖機構の一部に選択的に作用し、細菌の増殖を阻止するか殺滅します。[ポイントへ戻る]
薬剤耐性問題
広義の薬剤耐性問題は、単に抗菌性物質に対する細菌の耐性化だけでなく、様々な微生物が薬剤に対し耐性を持つことを示します。ここでは、細菌、特に病原性細菌が抗菌性物質に対し耐性を持つ(抗菌性物質が効かなくなる)ことで、感染症の治療が長引いたり、治療できず死に至る機会が増えたりする問題です。また、治療の長期化や死者数の増加などにより、経済的損失が大きくなることも問題とされています。[ポイントへ戻る]
ワンヘルス
ヒト、動物(家畜)、環境は生態系の中で密接に繋がり相互に影響しあうため、この三者を1つの世界とみなす、すわなち、ヒトや動物(家畜)の健康、環境の健全性を一体的に守る必要があるという考え方・理念です。このワンヘルスの理念の重要性は、これまでのパンデミック(例えば、新型コロナウイルス感染症、新型インフルエンザなど)で実証されています。[ポイントへ戻る]
豚排せつ物の処理
豚は他の畜種に比べるとふんに加え尿の排せつ量も多いことから、養豚場ではふん(固形排せつ物)のみならず、液状排せつ物の処理も重要となります。国内では、尿などの液状物は汚水処理による浄化、ふんなどの固形物は堆肥化されるのが主流です。採用される処理方法は、必要な敷地面積、処理時に発生する臭気、処理コスト、処理物の施用先、法規制などによって決められます。[概要へ戻る]
活性汚泥法
活性汚泥法は、汚水処理に使われる主流の方法です。様々な微生物が繁殖する活性汚泥によって、汚水中の有機物や重金属など水質汚濁の原因物質を除去しています。処理が行われる水槽(ばっ気槽)では、活性汚泥と汚水が混合されていますが、活性汚泥の割合は処理水の状態に大きく影響する運転条件の1つです。[研究の社会的背景と経緯へ戻る]
リスク比
リスク比は、環境に残存する化学物質の濃度(量)が、ある生物種に対し毒性影響が起こる濃度(量)を超えているかどうか判断するリスク評価手法です。今回は、処理水中の抗菌性物質の残存濃度から放流先の環境水中の残存濃度を推定し、この濃度を毒性作用値7)で割ることで求めました。リスク比が1を超える場合、より詳細なリスク評価手法で再評価するか、排出削減対策が必要と考えられています。[研究の内容・意義へ戻る]
毒性作用値
化学物質などが、生物に対し毒性(負の影響)を示す濃度又は量。今回は、細菌の薬剤耐性化と生態影響に関連した2つの毒性作用値を使用しました。

発表論文

Watanabe, M., Guruge, K. S., Uegaki, R., Kure, K., Yamane, I., Kobayashi, S., & Akiba, M. (2023). Occurrence and the potential ecological risk of veterinary antimicrobials in swine farm wastewaters in Japan: Seasonal changes, relation to purchased quantity and after termination of oxytetracycline usage. Environment International, 173, 107812. https://doi.org/10.1016/j.envint.2023.107812

Watanabe, M., Goswami, P., Kure, K., Yamane, I., Kobayashi, S., Akiba, M., & Guruge, K. S. (2023). Characteristics of antimicrobial residues in manure composts from swine farms: Residual patterns, removal efficiencies, and relation to purchased quantities and composting methods in Japan. Journal of hazardous materials, 459, 132310. https://doi.org/10.1016/j.jhazmat.2023.132310