プレスリリース
(研究成果) 牛に呼吸器病を引き起こす6種類のウイルスを簡便・迅速に同時検出可能な遺伝子検査法を開発

- 検査業務の負担軽減に貢献するキットの販売開始 -

情報公開日:2024年2月26日 (月曜日)

農研機
タカラバイオ株式会社

ポイント

農研機構とタカラバイオ株式会社は、牛に呼吸器病を引き起こす6種類のウイルスを簡便・迅速に同時検出する検査法を共同で開発しました。本検査法では、核酸の簡易抽出法と複数の病原体を同時に検出可能なマルチプレックスリアルタイムPCR1)検査法を組み合わせることで、これまで煩雑な工程を必要としていた牛の呼吸器病の原因となるウイルスの検査に要する時間を半減することが可能となり、検査現場での作業負担を大きく軽減することが期待されます。本手法に対応した検査試薬(研究用)は、2024年2月26日にタカラバイオ株式会社から発売されます。

概要

牛の呼吸器病は、細菌やウイルスなど様々な病原体が関与する疾病で、特に子牛や肉牛の傷病事故の約2割を占めており、その対策は畜産における重要な課題の一つとなっています。牛の呼吸器病の適切な治療と予防には、原因となる病原体の同定が必要なため、検査施設では複数の遺伝子検査を実施し、病原体を検出しています。遺伝子検査を行うには、病原体からゲノム核酸2)抽出して精製3)する作業が必要です。また、呼吸器病の原因となるウイルスには、ゲノム核酸としてDNAを持つウイルス(DNAウイルス)とRNAを持つウイルス(RNAウイルス)があり、それぞれに対応した検査手法を使い分ける必要があります。これらのことから、病原体同定の作業工程は複雑となり、検査業務の負担の増大が問題となっています。

農研機構とタカラバイオ株式会社は共同で、牛に呼吸器病を引き起こす主要なウイルス6種類(牛伝染性鼻気管炎ウイルス、牛 RS ウイルス、牛パラインフルエンザウイルス3型、牛ウイルス性下痢ウイルス、牛コロナウイルス、牛アデノウイルス)を簡便・迅速かつ同時に検出できる検査法を開発しました。この検査法は、呼吸器病の症状を示す牛の鼻腔ぬぐい液(以下、鼻腔スワブ)に簡易な前処理を施すことで、これまで必要だった核酸の抽出や精製を行うことなくDNAウイルスとRNAウイルスをまとめて処理することができるため、作業に要する時間を半減できます。さらに、マルチプレックスリアルタイムPCR検査法と組み合わせることで、6種類のウイルスに対する検査を一度の処理で完了できます。これにより、複数の病原体を同時に検出し、識別することが可能になります。

本検査法により、日常的な検査業務の作業負担が軽減でき迅速な検査が可能となり、病気が発生した農家等生産現場で適切なワクチン接種等の対策を速やかに決定することで、病気による損失の低減が期待できます。

本検査法に対応した検査試薬(研究用)は、2024年2月26日にタカラバイオ株式会社から発売されます。

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 動物衛生研究部門 所長勝田 賢
研究担当者 :
同 動物感染症研究領域 グループ長補佐松浦 裕一
主任研究員安藤 清彦
主任研究員西森 朝美
タカラバイオ株式会社松本 裕之、齋藤 憲介、中筋 愛、藤田 知範
*情報修正:2024年2月27日
広報担当者 :
農研機構 動物衛生研究部門 研究推進部 研究推進室長吉岡 都
タカラバイオ株式会社 広報・IR部

詳細情報

開発の社会的背景

牛の呼吸器病は、子牛や肉牛の傷病事故の約2割を占める経済損失の大きな疾病です。死亡による損失のみならず、呼吸器病による発育の遅れは生産性に影響を及ぼし、治療や予防に要する費用も甚大であることから、牛呼吸器病の対策は畜産における重要な課題となっています。

疾病の効果的な治療と予防には、適切な抗菌剤、ワクチン、消毒薬の選択が重要となります。そのためには、まず検査により関与している病原体を突き止めることが不可欠です。牛呼吸器病には牛伝染性鼻気管炎ウイルス(IBRV)、牛 RS ウイルス(BRSV)、牛パラインフルエンザウイルス3型(BPIV3)、牛ウイルス性下痢ウイルス(BVDV)、牛コロナウイルス(BCoV)、牛アデノウイルス(BAdV)などのウイルスに加え、複数の病原細菌も関与しており、検査施設では、これらの病原体を検出するために複数の検査を実施する必要があります。

近年、最も一般的に用いられる検査法は、ごく微量の病原体ゲノム核酸を検出できるPCR法を用いた遺伝子検査であり、ウイルスの検査で特に頻繁に用いられています。しかしながら、呼吸器病を引き起こすウイルスは前述の通り多岐にわたることに加えて、ウイルスがゲノム核酸としてDNAとRNAのどちらを持つのかによって核酸の抽出や精製、PCR検査の手法を使い分ける必要があるため、作業工程が煩雑になり、作業員の工数を増大させる原因となっています。そのため、日々多くの検査業務を担っている現場において、作業負担の軽減は牛呼吸器病対策の一環として重要な課題の一つとなっています。

研究の経緯

農研機構とタカラバイオ株式会社は、これまでに豚熱やアフリカ豚熱に対する簡便・迅速な遺伝子検査法を以下の通り共同で開発してきました。

農研機構プレスリリース

このたびの共同研究では、先行研究で培った技術を活用することで、牛の呼吸器病に対する検査を簡便・迅速・省力化可能な手法の開発に取り組みました。

研究の内容・意義

牛の呼吸器病検査に用いられる鼻腔スワブについて、核酸の抽出や精製が不要な簡易前処理を行ったうえで、6種類のウイルスを同時に検出し識別できるマルチプレックスダイレクトリアルタイムPCR法を開発しました。

先行研究で開発した前処理試薬を鼻腔スワブと混合し、95°Cで5分間加熱することで、DNAとRNAどちらを核酸とするウイルスも区別することなく以降の遺伝子検査(リアルタイムPCR法)に用いることができます。本リアルタイムPCR法では、6種類のウイルスに対するプライマーとプローブを3種類ずつ組み合わせて混合したset AとBの2種類を作製し、検査機関が所有する様々なタイプの検査機器に対応できるようにしました。

表1 本試薬で検出可能な病原体と蛍光標識プローブの組み合わせ

検体に対してset A及びset Bの試薬をそれぞれ反応させることで、牛の呼吸器病の主要な原因ウイルスであるIBRV、BRSV、BPIV3、BVDV、BCoV、及びBAdV4~7型の6種類のシグナル(検査対象が含まれるときに検出できる信号)と、スワブ材料からの核酸検出がうまくいっていることを確認するためのシグナル(スワブに含まれる宿主遺伝子から検出できる信号)を含めた合計7種類のシグナルを同時に検出することが可能です。

従来の検査では、鼻腔スワブからDNAとRNAを抽出して精製するためには異なる作業工程が必要であり、遺伝子検査についてもDNAウイルスとRNAウイルスでそれぞれ別々にPCR反応を行う必要がありました(図1)。本検査法では、通常の核酸抽出及び精製工程で必要となる特殊な機器や試薬は不要であり、時間を要する核酸の抽出及び精製工程を省略することできます。加えて、DNAウイルスとRNAウイルスを一回の遺伝子検査で同時に検出できるため、遺伝子検査にかける作業工程も削減することが可能です。

今後の予定・期待

本検査法を通じて牛呼吸器病の原因ウイルスを早期に特定することが可能になります。これにより、ワクチンや消毒薬の速やかで適切な選択と利用が可能になり、牛呼吸器病対策が進むことが期待されます。

また、近年、対応すべき疾病が多岐にわたる動物衛生分野において検査担当者の作業負担の軽減は大きな課題の一つであり、今回開発した検査法は、上記課題解決への貢献が期待されます。

用語の解説

マルチプレックスリアルタイムPCR
増幅したい遺伝子(標的遺伝子)をはさむように一組の短いDNA鎖(プライマー)を設計し、これを起点にして耐熱性のDNA合成酵素を反復して作用させることにより標的遺伝子を合成、増幅する方法をPCR(polymerase chain reaction)法といいます。このうち、特に標的遺伝子の増幅過程を専用の検出機器でリアルタイムに検出し、解析するPCR法をリアルタイムPCR法と呼びます。通常のPCR法と異なり、反応後に電気泳動4)を行って標的遺伝子の増幅の有無を確認する必要がないため、検査時間を大幅に短縮できます。また、検出方法として、様々な色の蛍光標識を付加したプローブと呼ばれる短い核酸を組み合わせることで、複数の標的遺伝子を同時に識別しながら検出することが可能となります。このような検出方法をマルチプレックスリアルタイムPCR法と呼びます。[ポイントへ戻る]
ウイルスのゲノム核酸
ウイルスのゲノム核酸は、DNAかRNAのどちらか一方で構成されており、前者をDNAウイルス、後者をRNAウイルスと呼びます。ウイルスから核酸を抽出精製する際、DNAとRNAで精製手法が異なるため、それぞれ別々に処理する必要があります。また、遺伝子検査においても、DNAは通常のPCR反応で増幅することができますが、RNAは逆転写(Reverse transcription: RT)という反応により一度RNAをDNAに変換する工程が必要となるため、DNAウイルスとRNAウイルスを別々に検査する必要があります。牛の呼吸器病原因ウイルスの代表的なものでは、IBRVとBAdVがDNAウイルスに、BRSV、BPIV3、BVDV、BCoVがRNAウイルスに分類されます。[概要へ戻る]
核酸の抽出及び精製
検査対象となる検体(ウイルスや細菌、細胞などを含む)から核酸(DNAまたはRNA)を抽出し、不純物を取り除くための前処理工程。一般的に、臨床材料にはPCR反応を阻害する成分が含まれるため、不純物を除去して核酸を精製する工程が必要です。[概要へ戻る]
電気泳動
核酸(DNA/RNA)を分子サイズにより分離して検出する分析方法のひとつです。アガロース等の高分子量のゲルに試料を添加して緩衝液中で電流を流すと、試料中の核酸は電荷と分子量に応じてゲル内を移動するため、移動度の違いを利用して解析ができます。[用語の解説1)へ戻る]

参考図

図1 新規法と従来法の工程比較
現行の牛呼吸器病の遺伝子検査は、検査施設によって採用している方法が異なるものの、DNAとRNAの核酸をそれぞれ抽出した後、コンベンショナルPCRと電気泳動を行う方法か、あるいはリアルタイムPCRを行う方法のどちらかを採用することが多い。新規法では、核酸抽出工程が不要となり、リアルタイムPCRにおいてもDNA・RNAウイルスの区別なく複数の病原体を同時に検出することで、作業時間の低減が可能となる。

※コンベンショナルPCR法:増幅したい遺伝子(標的遺伝子)をはさむように設計したプライマーを用いて標的遺伝子を合成、増幅するPCR法のうち、標的遺伝子の増幅過程を専用の検出機器でリアルタイムに検出して解析するリアルタイムPCR法に対して、反応後に電気泳動を行うことにより、遺伝子の増幅を確認する工程が必要なものがコンベンショナルPCR法と呼ばれています。