プレスリリース
草食動物と肉食動物の量を予測できる数理モデルを作成

- 害虫の発生量や作物の被害量が予測可能に -

情報公開日:2016年9月 8日 (木曜日)

ポイント

  • 生態系中の草食動物と肉食動物の量を予測できる数理モデルを作成しました。
  • 本モデルを用いると、種々の条件の農地における害虫(草食動物)の発生量、天敵昆虫(肉食動物)の量および作物被害の程度などを数量的に予測できます。
  • 作物の耐虫性や天敵による捕食量などの室内で得られる実験データをもとに、ほ場レベルでの害虫や天敵の量的な変動を予測できることから、効果的な害虫防除技術などの開発に役立ちます。

概要

  1. 農研機構は、生態系1)中の草食動物と肉食動物の生物量を予測できる数理モデルを作成しました。
  2. 作成したモデルでは、植物や動物の栄養価、草食動物のエサ(植物)を食べる速度や成長速度、肉食動物による獲物(草食動物)の探索面積や捕獲率などをもとに、単位面積あたりの草食動物や肉食動物の生物量2)(g/m2)を予測できます。
  3. 農業生産の場では、害虫は草食動物、それらの天敵は肉食動物です。本モデルを用いることで、例えば、作物中に含まれる消化阻害物質や、天敵の導入(量)による防虫効果(害虫の減少量)を正確に予測することが可能であり、効果的な害虫防除技術の開発に役立ちます。
  4. 本成果は、5月16日に米国の専門誌であるEcological Monographs誌に発表されました

予算:運営費交付金

(開発の社会的)背景と研究の経緯

害虫による被害の低減は、農業生産における重要課題の一つです。近年では、人体や環境に優しい害虫管理のあり方が求められており、従来の化学合成農薬のみに頼らず「害虫の成長を遅らせて作物被害が問題とならない水準に抑える防除法」や「天敵による生態系サービスを利用した防除法」が開発されるなど、生態系全体の枠組みを考慮した防除技術の必要性が高まっています。
しかしながら、これまで農地の害虫、天敵昆虫の生物量を定量的に予測できるモデルはなく、各種の防除技術を農地へ導入した時に得られる効果を事前に予想できませんでした。そこで今回、草食動物、肉食動物の具体的な単位面積当たりの生物量をg/m2のような数量で求められる数理モデルの確立を試みました。

(研究の)内容・意義

  1. 本研究の数理モデルでは、生態系のなかで「食う-食われる」関係にある動植物の間でやりとりされる栄養物質のひとつであるタンパク質に注目し、単位面積あたりの草食動物・肉食動物の生物量をタンパク質量(g/m2)として求めます。その上で、草食動物のエサを食べる速度や成長速度、肉食動物による獲物の探索範囲や捕獲率、動植物の栄養価などの様々な因子を定義し、生物間の量的な関係性とそれに各因子が及ぼす影響を数学的に記述しました。(図1)
  2. 本モデルによる予測の精度は高く、森林やサバンナの草食動物や肉食動物の生物量を10倍以内の誤差で予測できました。また、本モデルを農業生産での例に適用すると、アシナガバチや小鳥などの天敵(肉食動物)が存在し働いていれば、害虫(草食動物)による作物(植物)の被害量は年間約数%に低くなることも予測されました。
  3. 本モデルを使うことで、例えば、天敵の存在下において、ほ場の条件下で害虫の被害を低減できるか(図2A)や、さらに消化阻害物質を含む作物をほ場で栽培した場合に害虫をどれほど減らせるのか(図2B)等を予測することが可能であり、効果的な害虫防除技術の開発に役立ちます。
  4. 本モデルから、天敵が存在して食物連鎖がうまく働く環境下では、消化阻害物質によって害虫を「殺さずとも成長を遅らせる」だけで作物被害が減ることが予測されました。図2Bのように、消化阻害によって害虫の成長速度(時間当たりの体重増加量)を50%減らすことが出来れば、被害(作物が食べられる割合)は23~62%減ると予測されます。一方で、互いを食べあうような複数の天敵が存在する場合には、害虫が増えて作物被害が増えるケースも予測されました。

今後の予定・期待

本数理モデルは効果的な害虫防除技術の開発に役立ちます。また、本モデルは農業生態系に限らず、例えば希少な動物の保護における取り組みの評価など、広く一般の生態系の予測にも応用可能です。

本成果の論文発表

Konno K. (2016) A general parameterized mathematical food web model that predicts a stable green world in the terrestrial ecosystem. Ecological Monographs 86(2):190-214.

用語の解説

1)生態系
ある地域に存在する様々な生物種やその生物種間の相互関係や非生物環境との関係を全部まとめて1つのシステムとしてみる概念。
2)生物量
ある生態系にどれだけ量の生物が現在存在しているかを現した量のこと。現存量(バイオマス)。

参考図

図1

図2