プレスリリース
イネへの感染の鍵となるいもち病菌の遺伝子を新たに発見

- その働きを抑えればいもち病の防除が可能に -

情報公開日:2016年11月 9日 (水曜日)

農研機構
岩手生物工学研究センター
東京大学生物生産工学研究センター

ポイント

  • イネの重要病害「いもち病」を引き起こすカビ、「いもち病菌」から、感染の鍵となる遺伝子「RBF1(アールビーエフワン)」を発見しました。
  • いもち病菌はイネの細胞に侵入する際、RBF1が作るタンパク質を分泌することでBIC1)(ビック)とよばれる特殊な構造体を作り、イネの防御反応を抑制することがわかりました。
  • RBF1遺伝子の働きを阻害する物質が見つかれば、新たないもち病防除方法の開発につながることが期待されます。

概要

  1. イネには感染しようとする病原菌を察知して、自己防御システムを活性化するメカニズムがあります。したがって、いもち病菌がイネの細胞内で増殖するためには、イネの防御システムを回避する必要がありますが、そのメカニズムはよくわかっていませんでした。従来とは異なるいもち病防除法を開発するために、いもち病菌の感染メカニズムを解析しました。
  2. 今回、農研機構生物機能利用研究部門は、岩手生物工学研究センターゲノム育種研究部、ならびに、東京大学生物生産工学研究センターと共同で、イネの自己防御反応の抑制に必要な、いもち病菌の遺伝子「RBF1」を発見しました。
  3. イネの細胞内に侵入したいもち病菌はRBF1遺伝子から作られたRbf1タンパク質を分泌し、BICという構造体を形成することで、イネの防御反応を抑制し、感染を成立させることを明らかにしました。
  4. 本成果は、従来とは作用機作の異なるいもち病防除法を開発するための重要な手がかりとなります。RBF1遺伝子の働きを阻害すれば、いもち病菌の感染を防ぐことができるため、現在、阻害剤探索に向けて、Rbf1タンパク質の生成条件の解明に取り組んでいます。RBF1遺伝子はコムギに深刻な被害をもたらす他のいもち病菌にも存在するため、その働きを阻害する技術は、汎用的ないもち病防除方法の開発につながると期待されます。
  5. この成果は10月7日に科学雑誌PLOS Pathogensで発表されました。
    http://www.plospathogens.org/article/info:doi/10.1371/journal.ppat.1005921

関連情報

予算:日本学術振興会「最先端・次世代研究開発支援プログラム」、生研センター 新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業、運営費交付金

背景と経緯

いもち病(図1)は世界各国で稲作に深刻な被害をもたらす重要病害で、糸状菌(カビ)であるいもち病菌によって引き起こされます。海外では小麦での被害も急速に広まっています。いもち病を防ぐために抵抗性品種や農薬が開発されてきましたが、気象条件やいもち病菌の変異などによって、これらの防除法が効かなくなるという問題があります。例えば、1993年と2003年の冷害年には、いもち病によってそれぞれ7%および4%減収し、被害額は700?1200億円に上りました。したがって、作用機作の異なる様々な防除法を開発する必要があります。
イネを含め植物は、感染しようとする病原菌を察知して自己防御反応を起こし、発病を阻止する力を持っています。そのため、いもち病菌は感染の際に何らかの方法でイネの自己防御システムを回避していると考えられますが、その仕組みはよくわかっていませんでした。
そこで農研機構と共同研究グループは、感染時に活性化する約200個の分泌タンパク質を作るいもち病菌の遺伝子の中から、特に活性化の程度が著しい遺伝子に着目し、その機能の解明に取り組みました。

内容・意義

  1. いもち病菌の病原性の鍵となる遺伝子「RBF1遺伝子」を発見しました。RBF1遺伝子を欠失させたいもち病菌は、イネに感染できなくなりました(図2)。
  2. 私たちの研究グループで既に開発していた長時間生細胞蛍光イメージング法を用いてRBF1遺伝子の発現を解析した結果、RBF1遺伝子の発現はいもち病菌がイネの細胞に入る度に繰り返し誘導されることが明らかになりました。感染に伴う遺伝子発現の変動が動画で捉えられたのは、これが初めてです。
  3. 侵入菌糸の脇には、BICと呼ばれるイネの細胞内膜が凝集した突起物が形成されることが報告されていましたが、RBF1遺伝子から作られるRbf1タンパク質は、このBICの形成に必要であることがわかりました。BICが正しく形成されないと、イネの生理機能をかく乱し感染を成立させると予想されるエフェクタータンパク質2)群がイネ細胞内へ移行しにくくなり、その結果、イネの自己防御反応が誘導されて菌が感染できなくなることがわかりました(図3)。

今後の予定・期待

今回、感染に重要な役割を担ういもち病菌の遺伝子RBF1を発見しました。この遺伝子の働きを抑止するという、新しいタイプのいもち病防除法の開発が期待されます。現在、阻害剤探索に向け、RBF1遺伝子がどのように活性化され、BIC形成に関わるか、その仕組みの解明に取り組んでいます。RBF1遺伝子は、イネに感染するいもち病菌だけでなく、コムギに感染する他のいもち病菌にも存在することから、本成果はコムギのいもち病防除にも役立つと期待されます。

用語の解説

1)BIC(ビック;Biotrophic Interfacial Complex)
イネの細胞内に侵入したいもち病菌の菌糸(侵入菌糸)の脇に形成される、イネの細胞内膜が凝集した突起物です。イネの細胞内に移行するエフェクタータンパク質が蓄積することから、その移行部位であると予想されています。

2)エフェクタータンパク質
病原微生物や線虫が感染時に分泌する一群のタンパク質で、宿主の細胞の内外でその生理機能をかく乱し、感染成立に寄与します。また、共生微生物が宿主に共生する際にも、重要な役割を果たすことがわかってきました。

発表論文

Takeshi Nishimura, Susumu Mochizuki, Naoko Ishii-Minami, Yukiko Fujisawa, Yoshihiro Kawahara, Yuri Yoshida, Kazunori Okada, Sugihiro Ando, Hideo Matsumura, Ryohei Terauchi, Eiichi Minami, Yoko Nishizawa (2016) Magnaporthe oryzae Glycine-Rich Secretion Protein, Rbf1 Critically Participates in Pathogenicity through the Focal Formation of the Biotrophic Interfacial Complex. PLOS Pathogens

参考図

図1
図1 水田に発生したいもち病

図2
図2 RBF1遺伝子がないと、いもち病菌はイネにほとんど感染できなくなる
イネの葉の矢印の部分にいもち病菌の野生株あるいは変異株を接種し、6日後に写真撮影した(上)。接種葉中のいもち病菌の量を測定した(下)。RBF1遺伝子をもつ普通のいもち病菌(野生株)はイネの葉の中で増えて、病斑(黄色の部分)が現れますが、RBF1遺伝子を破壊した変異株はほとんど増えることができないため、葉は緑のままで、いもち病になりません。

図3
図3 今回明らかになった、いもち病菌のRBF1遺伝子の役割
いもち病菌はイネの細胞に侵入する際、RBF1遺伝子からRbf1タンパク質を作り始めます。Rbf1タンパク質はいもち病菌の侵入菌糸から分泌され、イネの細胞膜を一箇所に凝集させてBICを形成します。BICが正常に形成されることによって、いもち病菌から分泌されたエフェクタータンパク質群が効率よくイネ細胞内に移行し、イネの自己防御反応を抑制します。その結果、いもち病菌はイネの中で増えることができ、イネはいもち病になってしまいます。