プレスリリース
幼若(ようじゃく)ホルモンが成虫化を抑える仕組みを解明

- 昆虫の発育をコントロールする技術に期待 -

情報公開日:2017年1月18日 (水曜日)

ポイント

  • 昆虫の幼虫がサナギに変態する際に、幼若(ようじゃく)ホルモン1)が成虫化を抑えることで、幼虫からサナギへの変態が正常に引き起こされます。
  • 今回私たちは、幼若ホルモンが成虫化を抑える仕組みを世界で初めて解明しました。
  • この研究成果は、新たな殺虫剤、益虫の生育コントロール技術等の開発につながると期待されます。

概要

  1. 昆虫に特有な幼若(ようじゃく)ホルモンは、幼虫がサナギへと変態する際に、成虫化を抑えることにより、昆虫の成長を正しく制御しています。農研機構はカイコを用いて、幼若ホルモンが成虫化を抑える仕組みを世界で初めて解明しました。
  2. サナギになる際に幼若ホルモンが働くと、幼若ホルモンによって作られるタンパク質(Kr-h1、ケーアールエイチワン)が、成虫になるために必要な遺伝子(成虫化遺伝子)の近傍に結合し、成虫化遺伝子が働かないように作用することにより、幼虫からサナギに正常に変態していました。
  3. 本成果で「幼若ホルモンが成虫化を抑える仕組み」が解明されたことで、将来、農業生産に関わる害虫や益虫の発育をコントロールするための技術開発に繋がると期待されます。
  4. この成果は、米国アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America) で2017年1月16日の週にオンラインで先行発表される予定です。

予算

科研費若手B (25850230,粥川琢巳),科研費挑戦的萌芽 (16K15072,粥川琢巳)

背景と経緯

昆虫は、幼虫時期に数回の脱皮をくり返して大きくなり、十分に大きくなるとサナギへ変態し、さらにサナギからもう一度変態すると成虫になります。幼虫からサナギ(蛹)に変態することを「蛹化(ようか)」といいます。幼虫が蛹化する際に幼若ホルモンの働きを阻害すると、中途半端に成虫化が起こった異常なサナギになることが知られています。このことから、幼若ホルモンが成虫化を抑えることにより、幼虫からサナギへの成長を正しく制御していると考えられていました(図1)が、その仕組みは不明でした。今回私たちは、蛹化する際の幼若ホルモンの機能を詳細に解析することで、昆虫の変態に関する仕組みの完全解明につながると考え、研究を行いました。

内容・意義

  1. 今回私たちはカイコを使って、幼虫が蛹化する際に、幼若ホルモンが成虫化を抑える仕組みを明らかにしました。
  2. カイコの幼虫が蛹化する際には、幼若ホルモンが働いて作られたKr-h1タンパク質が成虫化に関わる遺伝子(成虫化遺伝子)を始動させる塩基配列に結合して、成虫化遺伝子が働かないように作用することにより、異常なサナギへの変態を抑制していました(図2)。
  3. この幼若ホルモンが成虫化遺伝子を抑える仕組みは、前回のプレスリリースで発表した「幼若ホルモンが蛹化遺伝子を抑える仕組み」と同じであることがわかりました。
  4. 蛹化する際に、幼若ホルモンによってKr-h1タンパク質が作られる現象は多くの昆虫で観察されているため、カイコ以外の昆虫でも同じ仕組みで成虫化が抑制されていると考えられます。

今後の予定・期待

本研究により、幼若ホルモンが成虫化を抑える仕組みが明らかになったことで、以下に示す「昆虫の発育をコントロールする技術開発」に期待できます(図3)。

  1. 害虫に対する新たな殺虫剤開発
    Kr-h1タンパク質 は、チョウ目(チョウやガの仲間)や、甲虫目(コガネムシなどの仲間)、ハエ目など、様々な昆虫に共通に存在し、その他の動物には存在しません。現在、Kr-h1 の働きを阻害する薬剤(阻害剤)を大学と共同で探索しており、今後農薬メーカーと連携して実用的な薬剤の開発を目指します。
  2. 益虫の発育をコントロールする技術開発
    近年、遺伝子組換えカイコを用いた有用物質の生産や、昆虫を養殖飼料に利用するなどさまざまな分野で昆虫の有効利用を目的とした技術開発が行われています。今後、昆虫の脱皮・変態の分子メカニズムをさら詳しく解析することで、将来的に薬剤や遺伝子工学技術を使って、益虫の発育をコントロールできる可能性があります。この技術の応用例を挙げると、カイコの蛹化を抑制してどんどん幼虫を大きくすることができれば、有用物質の生産量を増加させることができ、遺伝子組換えカイコを用いた有用物質生産の効率化が見込まれます。

用語の解説

1) 幼若ホルモン
炭化水素化合物の1種であるセスキテルペノイドで、ホルモンとして機能する。昆虫の成長だけでなく、生殖や休眠など様々な生理現象に関わるが、それぞれの現象における作用の分子メカニズムは未知な部分が多い。幼若ホルモンは,昆虫固有のホルモンであり,また種(目)間で化学構造の差があることから,種特異性を持った新たな農薬のターゲットとして注目されている。

関連情報

  1. Takumi Kayukawa, Akiya Jouraku, Yuka Ito, Tetsuro Shinoda (2016). Molecular mechanism underlying juvenile hormone-mediated repression of precocious larval-adult metamorphosis. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, doi:10.1073/pnas.1615423114
  2. 農業生物資源研究所(現 農研機構)2015年12月1日プレスリリース「幼若ホルモンがサナギ化を抑えるメカニズムを解明」http://www.naro.affrc.go.jp/archive/nias/press/2015/20151201/
    <簡単な説明>
    成長途中の未熟な幼虫が、早まって蛹化してしまうのを抑える仕組みを解明しました。幼若ホルモンによって作られたKr-h1タンパク質が、蛹化遺伝子の活性化を直接抑えることで、蛹化を抑制していました。
  3. 農業生物資源研究所(現 農研機構)2012年6月29日プレスリリース「昆虫の『変身』を抑える遺伝子のスイッチのしくみを世界で初めて解明」http://www.naro.affrc.go.jp/archive/nias/press/20120629/
    <簡単な説明>
    幼若ホルモンによってKr-h1タンパク質が作られる仕組みを解明しました。幼若ホルモンが体内に存在すると、「MET」と「SRC」という2種類のタンパク質がKr-h1遺伝子を始動させる塩基配列に結合してスイッチが入り、Kr-h1タンパク質が作られることがわかりました。

参考図

昆虫の脱皮・変態と幼若ホルモン
図1.昆虫の脱皮・変態と幼若ホルモン
幼若ホルモンは、十分に大きくなった幼虫がサナギに変態(蛹化)する際には成虫化を抑えることにより、昆虫の成長を正しく制御しています。本成果では、幼若ホルモンが成虫化を抑える仕組みを明らかにしました。

幼若ホルモンが成虫化を抑える仕組み
図2.幼若ホルモンが成虫化を抑える仕組み
幼若ホルモンが働くとKr-h1タンパク質が作られ、Kr-h1タンパク質が成虫化遺伝子を始動させる塩基配列に結合して、成虫化遺伝子の働きを抑えます。

本研究から期待される応用技術
図3.本研究から期待される応用技術
(左図)Kr-h1タンパク質の働きを薬剤(阻害剤)で阻害することで、異常なサナギ化が引き起こされて成虫化が阻害され、害虫防除に貢献できます。(右図)昆虫の脱皮・変態に関わる研究をさらに進めることによって、薬剤や遺伝子工学を使って、有用物質を大量に生産する大きな幼虫を作り出すことができます。