ポイント
- 抗体1)活性を有するシルクタンパク質素材"アフィニティーシルク2)"の技術を活用し、実用化につながる新しい素材を開発しました。
- このアフィニティーシルクを用いて、消化器系がんの腫瘍マーカーであるCEA3)を定量的に検出できるELISA4)プレートを作製しました。
- 本技術を利用して様々な疾病診断キットを安価に提供できると期待されます。
概要
- 生体内に侵入した異物(抗原)に働く抗体は特定の種類のタンパク質などに結合する性質をもつことから、基礎研究から医療に至る幅広い分野で利用されていますが、その製造コストの高さが課題でした。
- そこで農研機構生物機能利用研究部門は、遺伝子組換えカイコ5)(以下、組換えカイコ)を使用し、抗体として働く性質をもつシルクタンパク質素材"アフィニティーシルク"の技術を活用して実用化に向けた新素材を開発しました。
- この組換えカイコが産生した繭糸から調製したシルクタンパク質水溶液をコーティングした検査用資材(ELISAプレート)を用いることにより、消化器系のがん(胃がん・大腸がん等)の腫瘍マーカーであるCEAを高感度で検出することに成功しました。
- 組換えカイコが産生した繭1個から、CEA検出用のELISAプレートを20枚以上作製でき、安価に疾病診断キットを提供できます。
- 本成果は英国科学雑誌「Scientific Reports」(2017年11月22日発行)のオンライン版に掲載されます。
関連情報
予算:運営費交付金
特許:特願2017-095347
開発の社会的背景と経緯
医療や基礎研究で利用されている組換え抗体は、主に動物細胞の大量培養系で生産されていますが、その製造コストは非常に高くなります。また大腸菌による生産系では製造コストは抑制できる反面、活性の高い抗体を得ることは難しく、菌体成分の混入による副作用も危惧されています。これらの問題点を克服するための新しい組換え抗体生産技術が求められていました。
そこで農研機構生物機能利用研究部門は、低コストで優れたタンパク質生産系である組換えカイコを用いて、抗体として働く性質をもつシルクタンパク質素材を生産する技術を開発しました。
研究の内容・意義
"アフィニティーシルク"は、カイコが吐く繭糸のタンパク質である「フィブロイン6)」と一本鎖抗体7) (抗原-抗体反応に重要な抗体の可変領域だけを抜き出し再編成した分子)の融合タンパク質からなる組換えシルクタンパク質です(図1)。今回は、胃がん・大腸がんなどの消化器系がんの腫瘍マーカーとしてよく知られているCEAを特異的に認識する新しいシルクタンパク質素材を開発しました。
<作製方法>
- CEAを特異的に認識する一本鎖抗体とフィブロインとの融合タンパク質を繭糸に発現する組換えカイコを作出しました。
- この組換えカイコが産生した繭糸を、9M臭化リチウム溶液で溶解してシルク水溶液を作製しました(図2a)。
- 透析や精製などの特別な処理は行わずに、シルク水溶液を直接96穴の解析用プラスチックプレートに注ぎ、4°Cで一晩コーティングしました(図2a)。
- このELISAプレートを用いてCEAの定量試験を行った結果、高感度にCEAを検出することができました(図2b)。
<本技術の特長>
- 組換えカイコが産生した繭糸から、非常に簡便な方法で、標的の抗原に特異的な結合活性をもつシルクタンパク質素材(水溶液)を製造できます。
- 抗体活性を持つシルクタンパク質素材をコーティングしたELISAプレートで、腫瘍マーカーを定量的に効率よく検出できます。
- 組換えカイコが産生した繭1個からELISAプレートを20枚以上作製することが可能で、安価に疾病診断キットを提供できます。
- また、パウダーやフィルムに加工したアフィニティーシルクが、抗原特異的な結合活性を示すことも確認しています。
今後の予定・期待
がんなどの疾病マーカー以外にも、ウイルスや細菌などの病原体に特異的なアフィニティーシルクの開発を行い、それら病原体の感染有無の迅速な判断に用いる診断キットの材料としての利用が期待されます。他にもアフィニティーシルクの特異的な結合活性を利用した病原体の捕集に役立つフィルターなどの開発も期待されます。今後、企業等とも協力し、製品化に向けた研究を進めるつもりです。
用語の解説
1)抗体
生体内で異物と認識された分子(抗原)に対応して産生されるタンパク質で、その抗原と特異的に結合する能力を有しています。
2)アフィニティーシルク
組換えカイコ技術を利用して、シルクタンパク質に直接一本鎖抗体分子を融合させた新しいシルク素材に付けられた名称です。
3)CEA (carcinoembryonic antigen:がん胎児性抗原)
消化器系がんの代表的な腫瘍マーカーです。CEAは胎児の消化器系細胞で発現しているタンパク質の一種ですが、がん細胞が増殖している組織からも作り出されます。主に胃がん・大腸がんなど消化器系がんのスクリーニング検査に広く利用されています。
4)ELISA (enzyme-linked immunosorbent assay)
試料中に含まれる目的の抗原あるいは抗体を検出・定量する方法です。特異性の高い抗原抗体反応を利用し、主に96穴プレートを用いて酵素反応に基づく発色・発光強度を測定します。医療現場でのスクリーニング検査や基礎研究の幅広い分野で利用されています。
5)遺伝子組換えカイコ
カイコが吐く絹(シルク)はタンパク質で出来ており、カイコは優れたタンパク質生産系として注目され、2000年にカイコの遺伝子組換え技術が確立されました。外来遺伝子を導入することによりカイコのシルクタンパク質を改変し、物性の向上や機能性の付加を実現した新しいシルクを設計・創出することができるようになり、医薬品として利用できる有用なタンパク質を含むシルクの生産が可能となりました。
6)フィブロイン
絹糸(シルク)を構成する主要なタンパク質の一群です。フィブロインはフィブロインH鎖、フィブロインL鎖、およびP25の3種類のタンパク質から構成され、繊維構造をとります。絹糸(シルク)はフィブロイン繊維とそれを取り巻くセリシン層の2つの構造からなっています。
7)一本鎖抗体 (single-chain variable fragment: scFv)
抗体のもつ特異性・結合活性に重要な重鎖と軽鎖の可変部(VHとVL)を一本につないだ非常にコンパクトな形状の組換え型抗体分子です。分子量は約30kDaで、完全長抗体の5分の1の大きさです。
発表論文
Sato M, Kitani H, Kojima K(2017). Development and validation of scFv-conjugated affinity silk protein for specific detection of carcinoembryonic antigen. Scientific Reports, 7:16077. doi:10.1038/s41598-017-16277-6
参考図
図1 フィブロインと一本鎖抗体の融合タンパク質からなるアフィニティーシルク
(a)抗体はそれぞれ相同な2本の重鎖と軽鎖が分子内結合により組み合わさり、Y字型の構造をとっています。この中の重鎖と軽鎖の可変部(VHとVL)が対となり、抗原を認識して結合します。この抗原認識に必要なVHとVLをつないで低分子化したものを一本鎖抗体(scFv)と呼びます。
(b)本研究では消化器系がんの腫瘍マーカーとして広く利用されているCEAに特異的な一本鎖抗体とフィブロインL鎖の融合タンパク質をシルク繊維に発現する遺伝子組換えカイコを作出しました。
図2 組換えカイコ産生繭からアフィニティーシルク水溶液を調製する方法およびELISAによる抗原特異的な結合活性の評価
(a)組換えカイコが産生した繭を9M臭化リチウム溶液に溶解します。透析や精製など特別な処理は行わずに得られたシルク水溶液を96穴プレートにコーティングしてELISA試験に使用します。
(b)野生型(非組換え)カイコが産生した繭、フィブロインL鎖と他のタンパク質を認識する抗体由来のコントロールscFvの融合タンパク質を発現する組換えカイコが産生した繭、およびフィブロインL鎖と抗CEA-scFvの融合タンパク質を発現する組換えカイコが産生した繭からそれぞれシルク水溶液を調製しました。それらのシルク水溶液を用いてCEAの定量試験をELISAで行った結果、フィブロインL鎖-抗CEA-scFv融合タンパク質を含有するシルク水溶液は高感度にCEAを検出することが出来ました。
お問い合わせ先など
研究推進責任者
農研機構生物機能利用研究部門 研究部門長 門脇 光一
研究担当者
同 動物機能利用研究領域 動物生体防御ユニット 佐藤 充
同 新産業開拓研究領域 新素材開発ユニット 小島 桂
広報担当者
同 広報プランナー 高木 英典
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