害虫防除の現状
FAOによれば、世界の作物の10~30%が農業害虫による収量低下や品質低下等の被害を被っています。慣行農法では、即効性があり、効果も安定している殺虫剤による害虫防除が主体となっています。しかし、単一の殺虫剤を連続で使用すると、その殺虫剤が効かない害虫が出現してしまいます。このような薬剤抵抗性害虫の問題を回避するために、新しい防除技術の開発が望まれていました。
研究の経緯
そこで農研機構では、害虫を直接殺さずに防除する新たな薬剤を探索するため、植物や微生物等の天然資源が持つ害虫防除効果を調べました。
研究の内容・意義
タバコに強い害虫防除効果があることを見出し、その有効成分がカロテノイド2)の1種であるロリオライド(図1)であることを突き止めました。
トマトの葉にロリオライドを与え、作物の重要害虫であるナミハダニの雌を放飼させると、対照区と比較して生存率と産卵数の低下が確認されました(図2)。他の重要害虫であるミカンキイロアザミウマとハスモンヨトウに対しても、ロリオライドは同様の効果を示すことが確認できました。ロリオライドはこれら害虫に対する直接的な殺虫活性は持たないので(図3)、植物の生体防御反応を高めるプラントアクティベーターとして働くことがわかりました。
今後の予定・期待
害虫防除に有効なプラントアクティベーターの有望素材(図4)が見つかったことから、農薬メーカー等の民間企業と連携して害虫防除剤の開発に繋げることを目指します。
用語の解説
-
プラントアクティベーター : 直接的な殺虫活性や殺菌活性は示さずに、植物が本来有する病害虫抵抗性を高めることで害虫や病害を防ぐ薬剤のことです。防除効果の持続期間が長く、広範な害虫に対して有効といった特徴があります。国内では農薬としてイネいもち病等の病害に有効なプラントアクティベーターが販売・利用されていますが、害虫用のプラントアクティベーターとして登録された資材はまだありません。
-
カロテノイド : 微生物や動植物に広く存在する天然色素で、カロテンを含みます。ロリオライドはカロテンが分解されるときに生じると考えられています。
発表論文
Mika Murata, Yusuke Nakai, Kei Kawazu, Masumi Ishizaka, Hideyuki Kajiwara, Hiroshi Abe, Kasumi Takeuchi, Yuki Ichinose, Ichiro Mitsuhara, Atsushi Mochizuki, Shigemi Seo. Loliolide, a carotenoid metabolite, is a potential endogenous inducer of herbivore resistance. Plant Physiology. April 2019, Vol. 179, pp. 1822-1833 DOI: https://doi.org/10.1104/pp.18.00837
参考図
図1. ロリオライドの構造
図2. ロリオライドの害虫防除効果
トマト葉をロリオライド溶液に1日間浸漬した後、ナミハダニ雌を放飼しました。放飼して5日目に、生存数(左)と産卵数(右)を計測しました。対照区としてロリオライド溶液の代わりに同量の溶剤を与えました。
図3. ロリオライドの毒性試験
ロリオライド溶液に、ナミハダニ雌を直接浸漬し、2日目後の生存数を計測しました。対照区としてロリオライド溶液の代わりに同量の溶剤を用いました。
図4. 害虫防除におけるロリオライドの利用法
ロリオライドを施用した作物では害虫抵抗性が高まり、害虫による被害の抑制・軽減が期待されます。