プレスリリース
(研究成果) 角膜構造を再現した培養モデルを用いた眼刺激性試験法がOECDテストガイドラインに収載

- 実験動物を用いない化粧品等の安全性試験に活用 -

情報公開日:2019年7月 5日 (金曜日)

ポイント

化粧品原料等の安全性を評価するための眼刺激性試験法が新たに経済協力開発機構(OECD)の定めた統一的な試験法に収載されました。この試験法は、角膜構造を模した培養モデルに化学物質を滴下した後、電気抵抗値の変化を3分間測定するだけで、化学物質の刺激性を判定できます。今後、実験動物を用いない簡便かつ迅速な試験法として、安全性の高い化粧品等の開発に活用されると期待されます。

概要

農研機構(理事長:久間 和生)が、国立医薬品食品衛生研究所(所長:奥田 晴宏、以下「国立衛研」)、関東化学株式会社(社長:野澤 学)と共同で開発してきた、動物を使用せずに化学物質の眼に対する刺激性を判定する試験法「Vitrigel-Eye Irritancy Test(Vitrigel-EIT) 法1)」が、国際的な公定法である経済協力開発機構(OECD)の定めた統一的な試験法(OECDテストガイドライン2))に収載されました。
化粧品や医薬品等を開発する際には、これらの成分として含まれる化学物質のヒトに対する安全性を確認する必要があります。このような「安全性試験」の多くは動物を用いて行われてきましたが、近年、動物を使用しないヒト細胞を利用した動物実験代替法の開発が世界的に進められています。
生体内の細胞の周囲にあるコラーゲン線維は、細胞の足場として組織を構成する骨組みの役割を果たしています。農研機構では、多細胞から構成される組織を再生する際に生体内の組織で細胞を保持している足場に注目して、この足場に匹敵する高密度コラーゲン線維網の新素材「コラーゲンビトリゲル3)」を利用した製品等の開発を進めています。2013年に、この素材を利用して構築したヒト角膜上皮の培養モデルを用いて、眼に対する化学物質の高感度な安全性試験法(Vitrigel-EIT法)を開発しました。実験動物を用いずに、迅速かつ高感度で再現性の高い試験結果が得られるのが特長です。
開発したVitrigel-EIT法について、国内3施設(一般財団法人食品薬品安全センター秦野研究所、株式会社ボゾリサーチセンター、株式会社ダイセル)でバリデーション研究4)を実施し、その妥当性について検証しました。その後、専門家による第三者機関の審査を経て、2019年6月に本試験法がOECDテストガイドラインに収載されました。今後、実験動物を用いずに簡便かつ迅速に安全性を判断できる試験法として、国内外で安全性の高い化粧品等の開発に活用されると期待されます。

関連情報

予算:農林水産省「アグリ・ヘルス実用化研究促進プロジェクト(医薬品作物、医療用素材等の開発)」(No. 6320)特許:特許第5892611号、特許第5933223号

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 部門長 吉永 優
関東化学株式会社 取締役上席執行役員 技術・開発本部長 加藤 勝
研究担当者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 新産業開拓研究領域 竹澤 俊明
国立衛研 安全性生物試験研究センター 安全性予測評価部 小島 肇
関東化学株式会社 技術・開発本部 伊勢原研究所 山口 宏之
広報担当者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 広報プランナー 高木 英典
関東化学株式会社 技術・開発本部 技術・開発部 高木 信幸


詳細情報

用語の解説

Vitrigel-Eye Irritancy Test(Vitrigel-EIT) 法

化学物質が眼に付着した際、眼に及ぼす傷害の有無およびその重篤さを評価するための試験法です。具体的には、まず、コラーゲンビトリゲル膜をヒトの角膜上皮細胞の足場として用いて6日間培養することで、ヒトの角膜上皮組織に酷似した約6層の細胞層と上皮バリア機能を有する培養モデルを作製します。次に、この培養モデルに化学物質を添加した後の電気抵抗値の変化を3分間測定することで、眼に対する刺激性の有無を判定します。 従来の試験法では、ウサギの眼に化学物質を滴下した後の角膜の濁りや腫れなどを観察する、あるいは培養細胞や培養モデルに化学物質を滴下した後の細胞生存率を測定することで、化学物質の眼刺激性を判定していました。そのため、化学物質の添加から判定までは、数時間から数週間を要しました。一方、Vitrigel-EIT法では、化学物質を添加した後に電気抵抗値の変化を3分間測定するだけで、迅速かつ高感度で再現性の高い試験結果が得られます。

OECDテストガイドライン
化学物質やその混合物の物理化学的性質、生態系への影響、生物分解及び生物濃縮、ならびにヒト健康影響などに関する知見を得るため、経済協力開発機構(OECD)により国際的に合意された試験方法です。日本の化学物質審査規制法や欧州の化学物質の登録、評価、認可及び制限(REACH)など各国の化学物質を管理する法令は、原則としてOECDテストガイドラインの試験法に基づいて規定されています。
コラーゲンビトリゲル
生体内の結合組織に匹敵する高密度コラーゲン線維網で構成される新素材です。コラーゲンビトリゲルは、低密度コラーゲン線維網で構成される従来のコラーゲンゲルを低温で十分に乾燥してガラス状の硬く透明な乾燥体とした後、再水和することで作製できます。コラーゲンビトリゲル膜は、透明性のみならず強度や高分子タンパク質の透過性にも優れています。そのため、細胞の培養、あるいは薬剤の徐放などに活用できます。このような背景から、再生医療、創薬あるいは動物実験代替法の分野での実用化が期待されています。 なお、ビトリゲルは従来のハイドロゲルをガラス化した後に、再水和して得られる安定した状態にあるゲルのことです。農研機構は、用語「ビトリゲル」を商標登録しています(第5602094号)。
バリデーション研究
開発した試験法について、技術移転の難易度、施設内再現性、施設間再現性、および関連性(予測性能)を検証する研究のことです。

参考情報

参考図

写真 Vitrigel-EIT法の測定装置