プレスリリース
(研究成果) 新興ウイルス病に強いトマトの作出方法を開発

情報公開日:2022年3月16日 (水曜日)

農研機
タキイ種苗株式会社

ポイント

Tomato brown rugose fruit virus(ToBRFV)は、近年出現し世界的に深刻な問題になっているトマトの病原ウイルスです。ToBRFVには既存の抵抗性遺伝子が効かないため、新たな防除法が求められていました。農研機構とタキイ種苗株式会社はウイルスが増殖に利用しているトマトの遺伝子を働かなくすることにより、ToBRFVに強力な抵抗性を示すトマトが作出できることを、ゲノム編集技術で実証しました。本成果により、ToBRFV抵抗性品種の開発と普及が進めば、ToBRFVの制圧が可能になると期待されます。

概要

果実が褐変し、しわを寄せるという意味の名をもつtomato brown rugose fruit virus(以下、ToBRFV)は2014年に中東で初めて発見されたウイルスで、トマトやピーマンなどに感染します。ToBRFVに感染したトマトは生育不良により収量が30-70%低下し、収穫できた果実も品質が低下することに加え、汚染した土の入れ替え等の衛生管理作業や検疫にかかるコストも多大になります。ToBRFVは国内では未発生ですが、世界中の多くの地域に急拡大しており(2022年2月現在30か国で報告)、国際的なトマトの安定供給に対する大きな懸念材料となっています。既存のウイルス抵抗性トマト品種はToBRFVには有効でないため、世界中で新たな防除方法が求められていました。

研究グループは、ウイルスが増殖に利用しているトマトの遺伝子を働かなくすることにより、強力なToBRFV抵抗性を示すトマトが作出できることをゲノム編集技術で実証しました。当該トマトは、ToBRFVだけでなく、近縁のトマトモザイクウイルス等に対しても抵抗性を示したことから、複数の重要ウイルス病に同時に有効であることが分かりました。一般に、植物が元々もっている遺伝子を働かなくした場合、生育等に意図しない悪影響が出る場合がありますが、本研究で作出したToBRFV抵抗性トマトは、実験室の環境条件では正常に生育、結実しました。以上の結果から、本方法はトマトの品質や収量を大きく低下させることなくToBRFVに抵抗性を付与する、極めて有望な技術と考えられます。

タキイ種苗株式会社では本知見を活かしつつ、従来の育種法によるToBRFV抵抗性トマト品種の開発を進めています。

関連情報

予算 : 生研支援センターイノベーション創出強化研究推進事業「ゲノム改変によるウイルス抵抗性作物創出に向けた基礎研究」、「宿主因子遺伝子への変異導入によるウイルス抵抗性トマトの創出」
特許 : 特許第6810946号

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 所長吉永 優
タキイ種苗株式会社 取締役研究農場長福永 寛
研究担当者 :
農研機構生物機能利用研究部門 作物生長機構研究領域
上級研究員石橋 和大、前ユニット長石川 雅之
タキイ種苗株式会社 研究員加野 彰人
広報担当者 :
農研機構本部広報部広報課笠嶋 めぐみ
タキイ種苗株式会社 広報出版部竹田 健二

詳細情報

開発の社会的背景

農作物のウイルス病は生育不良や収量低下などを起こすため、その防除は重要な課題です。トマトの栽培においては、1970年代頃まではトマトモザイクウイルス(ToMV)による被害が問題となっていましたが、抵抗性遺伝子1)Tm-22を導入した品種が世界的に広く利用されるようになり、ToMVの被害はあまり見られなくなっていました。2014年に中東で、ToMVと同じトバモウイルス属2)の新しいウイルスtomato brown rugose fruit virus(ToBRFV)が発見されました。ToBRFVはTm-22を有するトマトにも感染することが可能で、世界中に急速に拡がりつつあります。現在まで我が国での発生報告はありませんが、国内への侵入が強く懸念されており、万が一発生した場合の対策を準備する必要があります。

研究の経緯

研究チームはこれまでに、研究用のモデル植物であるシロイヌナズナを使って、トバモウイルス属のウイルスが増殖に利用する遺伝子TOM1を特定していました。TOM1の欠損は、生育に目立った悪影響を与えることなくトバモウイルスの増殖を抑制することから、これにより効果的にウイルス抵抗性植物を作出できる可能性があります。ゲノム編集技術の進歩により、様々な作物で標的遺伝子を変異させることが容易になったことから、トマトのTOM1遺伝子を働かなくすることができれば、ToBRFVに抵抗性を示すトマトが作出できるのではないかと考え、これに取り組みました。

研究の内容・意義

  • ToBRFV抵抗性トマトの作出
    トマトのゲノム情報を調べたところ、TOM1と類似した遺伝子が5個見つかりました。そのうちの1つはほとんど働いていなかったため、ゲノム編集を用いて残りの4個のTOM1類似遺伝子を働かなくし、TOM1類似タンパク質が産生されないトマトを作出しました。この4つの変異をもつトマト(TOM1ゲノム編集トマト)は、ToBRFVに対して強い抵抗性を示しました(図1)。TOM1ゲノム編集トマトは他にも3種のトバモウイルス(ToMV、タバコモザイクウイルス、アブラナモザイクウイルス)に対して同様の抵抗性を示し、複数の重要ウイルス病に同時に有効であることが分かりました。
  • 作出したToBRFV抵抗性トマトの生育
    今回のように植物がもつ遺伝子を働かなくした場合、植物の生育に意図しない負の影響が表れることがありますが、4つのTOM1類似遺伝子の機能を同時に抑制したToBRFV抵抗性ゲノム編集トマトは、少なくとも実験室内ではほぼ正常に生育し、果実も野生型トマトと同様に収穫できました(図2)。したがって本技術は、大きなデメリットを伴わずにToBRFV抵抗性を付与できる、非常に有用な方法と考えられます。植物が、ウイルスが増えるためだけに必要な遺伝子をもっているとは考えにくいため、TOM1類似遺伝子には他に本来の機能があるものと推測していますが、それは現在のところ不明です。

今後の予定・期待

本研究では、トマトがもつ4つのTOM1類似遺伝子を同時に働かなくすることにより、強力なToBRFV抵抗性を付与できることを明らかにしました。そこで、タキイ種苗では本研究の成果を活かしつつ、従来の育種法によるToBRFV抵抗性品種の作出を進めています。抵抗性品種の利用は、トマトの安定供給だけでなく、防除に費やされる労力や資源の低減にも繋がることから、持続可能な農業に貢献すると期待されます。

用語の解説

抵抗性遺伝子
あるウイルスが増殖可能な植物種に、そのウイルスの増殖を許容しない系統が存在し、抵抗性が特定の遺伝子によって支配されているとき、その遺伝子をウイルス抵抗性遺伝子とよびます。育種によって多くのウイルス抵抗性遺伝子が原種あるいは交配可能な近縁野生種から実用品種に導入され、ウイルス防除に貢献しています。[開発の社会的背景]
トバモウイルス属
タバコモザイクウイルス(TMV)、トマトモザイクウイルス(ToMV)、スイカ緑斑モザイクウイルス(CGMMV)、トウガラシ微斑ウイルス(PMMoV)などが含まれる、プラス鎖RNAウイルスVirgaviridae科に分類されるウイルス属。棒状の非常に安定な粒子をもち、土壌伝染や接触伝染が主な伝染経路ですが、種子伝染も問題になっています。[開発の社会的背景]

発表論文

  • Tomato brown rugose fruit virus resistance generated by quadruple knockout of homologs of TOBAMOVIRUS MULTIPLICATION1 in tomato. Masayuki Ishikawa, Tetsuya Yoshida, Momoko Matsuyama, Yusuke Kouzai, Akihito Kano, and Kazuhiro Ishibashi.
    Plant Physiology, published online.
    https://doi.org/10.1093/plphys/kiac103

参考図

図1 TOM1ゲノム編集トマトのToBRFV抵抗性
ウイルス非接種あるいはToBRFV接種から3週間経過したTOM1ゲノム編集トマト(左)およびゲノム編集していないトマト(右)。ゲノム編集していないトマトはToBRFVを接種するとウイルスが感染して葉が奇形になり生育不良を起こしたのに対し、TOM1ゲノム編集トマトはToBRFVを接種しても非接種植物と変わらずに生育しました。
図2 TOM1ゲノム編集トマトおよびゲノム編集していないトマトの果実
大きさや色などに特段の違いは認められませんでした。