ポイント
農研機構は、遺伝子組換えカイコ1)を用いて、望みの機能分子をクリックケミストリー2)で簡単につなげられる「結合の手」を組み込んだシルクの実用化に向けた生産技術を確立しました。「結合の手」はアジド基3)という原子団(官能基)をもつ人工のアミノ酸であり、色素や薬剤などの機能分子をつなげることでシルクの性質を簡単に改変できます。2014年に基礎技術を開発し、2018年には「結合の手」の組み込み効率を大幅に向上させ、今回、カイコの系統改良によって織物の生産を実現しました。本成果により、センシング機能をもつシルク繊維や薬剤を付加した医療用シルク素材の社会実装へ向けた取り組みが加速されます。
概要

農研機構では、様々な分野・用途へのシルクの利用拡大を目指し、新しい機能をもったシルク素材の開発研究に取り組んでいます。今回、遺伝子組換えカイコを用いて、機能分子を簡単につなげられる「結合の手」をもつシルクの実用化に向けた生産技術を確立しました。「結合の手」はアジド基という原子団(官能基)であり、2022年ノーベル化学賞を受賞したクリックケミストリーで中心的な役割を果たしています。クリックケミストリーの手法をシルクに適用することで、色素や薬剤などの様々な機能分子をつなげた高機能シルク素材を誰でも簡単に作出できるようになりました。
2014年に、カイコの遺伝子組換え技術を用いて、アジド基をもつ人工アミノ酸4)を組み込んだシルクを世界で初めて開発しました。2018年には人工アミノ酸のシルクへの組み込み効率を当初の約30倍に高めることに成功(https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nias/079965.html)し、実用生産への道が開けました。しかし、遺伝子組換えカイコは小型の実験用品種を元に作出されたためシルクの生産量が少なく、シルク自体も大量生産に必要な機械加工に適した品質ではありませんでした。
そこで今回、戻し交配5)と呼ばれる育種法を用いて系統の改良を行い、カイコ1頭あたりのシルク生産量が約3倍に向上した結果、改良前よりも太く長い良質なシルクが得られるようになりました。これにより、汎用的な機械を用いて織物にまで加工することが可能となりました。また、機能分子の結合テストにより、加工後も「結合の手」が保持されていることを確認しました。
本成果により、血糖値等の生体情報を計測する機能をもつシルク繊維や、抗生物質等の薬剤を付加した医療用シルク素材の開発に向けた取り組みが加速されます。
本成果は2022年11月24~25日に茨城県つくば市で開催される「第69回日本シルク学会研究発表会」で発表されます。
関連情報
予算 : 一般財団法人大日本蚕糸会貞明皇后蚕糸記念科学技術研究助成,運営費交付金
特許 : 特許第7128525号
上級研究員伊賀 正年
上級研究員小島 桂