研究の背景と経緯
昆虫のオスのみを胚の段階で殺す「オス殺し」を引き起こすなど、昆虫の性や生殖を操作する共生微生物としてボルバキアなどの多様な細菌が知られており、近年その操作メカニズムが徐々に解き明かされようとしています。一方、細菌に比べてゲノム構造がはるかに単純なウイルスにおいても昆虫の性や生殖を操作するものがいることについては、ほとんど注目されていませんでした。ウイルスによる宿主操作は、細菌によるものとくらべてメカニズムがシンプルであると考えられ、メカニズムの完全解明ができれば、昆虫の駆除や改変などへの応用利用にもつながります。
我々は、ヤマカオジロショウジョウバエにおいて、メスのみが産出される系統を発見しました(Kageyama et al., 2017; URL: https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2017.0476)。雌雄がほぼ同数出現する通常系統とは異なり、その系統は卵の孵化率が約半分であることから、胚の段階でオスが死ぬ「オス殺し」現象が起こり、メスのみが産出されていると考えられました。メスのみが生まれる系統のメスに、通常系統のオスを毎世代掛け合わせるとメスのみが産出されることから、オス殺しの形質は、母から子に伝わっていると考えられます。そこで、当初ボルバキア等の細菌が原因であることを疑い調査しましたが、そのような細菌の存在は確認できませんでした。またオス殺し系統の成虫をすりつぶしたものを通常系統に注射すると、オス殺しを起こすようになることから、オス殺しの原因は感染性の因子であることが推察されました。
そこで、我々はオス殺しが起きている系統と起きていない系統に含まれる核酸(RNA)を、大規模シークエンサー6)を用いて網羅的に比較することにより原因の追究を試みることにしました。
研究の内容・意義
- オス殺しを起こすウイルスを特定
ヤマカオジロショウジョウバエにおいて、オス殺し系統と通常系統の体内に存在するRNA断片を網羅的に配列決定することにより、オス殺し系統のみで大量生産されるRNA断片が4本抽出されました(図2)。4本のRNA断片は末端配列が共通であること、ハエ体内での存在箇所が完全に重なっていることから、1つのウイルスゲノムを構成する分節RNAである可能性が考えられました。最長の分節(分節1)には、RNAウイルスの複製に必要な酵素として知られるRNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)の情報が載っていました。
- オス殺しを起こすウイルスはパルティティウイルスに近縁
RdRpの配列を調査することにより、このウイルスが植物やカビに共生しており病原性を持たないウイルスとして知られるパルティティウイルスに近縁であることがわかりました(図3)。
- オス殺しウイルスにとって分節4がないとオス殺しを起こせない(必要条件)
オス殺し系統の成虫摩砕液を通常系統に注射すると、ウイルスが感染してオス殺しを起こすようになりますが、その際に一部の分節が抜け落ちる場合があることがわかりました。各分節の有無と性比との関係を調べることにより、分節4がないとオス殺しが起こせないことがわかりました(図4)。
- 分節4に載っている遺伝子1個をキイロショウジョウバエで発現させるとオス殺しが起きる(十分条件)
各分節に存在する遺伝子(遺伝子1~遺伝子4)を非感染のキイロショウジョウバエにおいて発現させてみたところ分節4に存在する遺伝子(遺伝子4)を発現させたときのみオス殺しを起こすことがわかりました(図5)。つまり、遺伝子4がオス殺しを起こすための必要十分条件であることが示されました。
今後の予定・期待
今回、ヤマカオジロショウジョウバエで見られるオス殺しの原因として、パルティティウイルスに近縁なウイルスを同定し、そのウイルスが持つオス殺し遺伝子を特定することができました。チョウ目害虫であるチャハマキにおいても、これと近縁なウイルスがオス殺しを起こすことが報告されています(Fujita et al., 2021; URL: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fmicb.2020.620623)。また、パルティティウイルスに近縁なRdRp遺伝子の配列は様々な昆虫やその他の節足動物から見つかっていますが(図3)、オス殺し遺伝子(遺伝子4)に相同性のある配列は見つかっていません。オス殺し遺伝子はどこから来たものなのか、オス殺し遺伝子はどのような分子メカニズムでオスを殺すのか、オスを殺すウイルスはどの程度普遍的に存在するのか、パルティティウイルス以外にもオスを殺すウイルスは存在するのか、ボルバキア等のように宿主にオス殺し以外の生殖操作を引き起こすものはいるのか、等についてはわかっていないのでこれから明らかにしていく必要があります。今後これらの問題に取り組むとともに、オス殺し現象やその仕組みを利用した昆虫制御技術の開発にも取り組む予定です。
用語の解説
- ボルバキア(Wolbachia pipientis)
- 様々な無脊椎動物の細胞内に存在しており、母から子に伝わる共生細菌の1種。昆虫の約半数の種に感染していると推定されており、地球上でもっとも繁栄している共生微生物と考えられています。様々な方法で宿主の生殖を操作する(用語2「生殖操作」参照)ことにより、宿主集団内での存在頻度を高める利己的な微生物の1つとされています(参考:『消えるオス』化学同人)。[概要に戻る]
- 生殖操作
- ボルバキア等の共生微生物は、宿主の生殖システムを巧妙に操作することにより、次世代への伝播をより確実にしていることが知られています。生殖操作の種類としては、感染オスと非感染メスが交配すると子どもが胚の時期に死亡する「細胞質不和合」、オスのみが胚の時期に死亡する「オス殺し」、遺伝的なオス個体の表現型がメスに性転換する「メス化」、メスがオスと交尾せずメスを産むようになる「単為生殖化」などが知られています。この中でも、オス殺しについては、餌の量が限られた状況でオスが胚の時期に死亡することにより、余った餌を余分に消費できるようになる姉妹の生存率が高まることから、メスからしか伝わらない共生微生物にとってはメリットがあると考えられています。[概要に戻る]
- ヤマカオジロショウジョウバエ(Drosophila biauraria)
- モデル生物として知られるキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)に近縁なトラフショウジョウバエ(montium)グループに属するショウジョウバエ。冷涼な気候を好み、日本では北海道では低地に、本州や四国では標高の高い地域に生息しています。[概要に戻る]
- パルティティウイルス科
- 二本鎖RNAからなる複数の分節をゲノムとしてもち、基本的にはRNA依存性RNAポリメラーゼ(RNA複製のための酵素)をコードする遺伝子を持つ分節1つとキャプシド(ウイルスゲノムを取り囲むタンパク質の殻)をコードする遺伝子を持つ分節1つのみによりなりますが、数本の分節を付加的に持つものも存在します。カビや植物に共生し、病徴を起こさないウイルスとして知られています。[概要に戻る]
- 二本鎖RNAウイルス
- 二本鎖RNAをゲノムとして持つウイルス。パルティティウイルス科のウイルスも二本鎖RNAウイルスに含まれます。[概要に戻る]
- 大規模シークエンサー
- 膨大な数のDNA分子について同時に配列決定することができる装置。次世代シークエンサーともよばれています。[研究の背景と経緯に戻る]
発表論文
A male-killing gene encoded by a symbiotic virus of Drosophila. Daisuke Kageyama, Toshiyuki Harumoto, Keisuke Nagamine, Akiko Fujiwara, Takafumi N. Sugimoto, Akiya Jouraku, Masaru Tamura, Takehiro K. Katoh, Masayoshi Watada. Nature Communications.
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-023-37145-0
参考図