プレスリリース
(研究成果) バイオものづくりを効率化する機能性シルクを開発

- シルク上の狙った位置に酵素を固定し、繰り返し使える新技術 -

情報公開日:2026年8月 5日 (水曜日)

ポイント

農研機構は、カイコ由来の天然繊維「シルク1)」に必要な酵素2)を狙った位置に固定して利用できる「機能性シルク」を開発しました。
酵素は、目的の物質をつくる反応を効率よく進めることができ、環境負荷の低いバイオものづくりに利用されています。しかし、酵素は反応後に回収しにくく、繰り返しては使いにくいという課題がありました。
今回開発した「機能性シルク」は、必要な酵素をシルク上の狙った位置に固定できます。これにより、酵素をシルク上で安定して働かせ、再利用しやすくすることができます。将来的には、複数の酵素を順序よく配置して連続反応を行うことで、医薬品、食品原料、バイオ素材などの生産をより効率的で環境にやさしいものにする技術として期待されます。

概要

現代のバイオ産業では、医薬品や食品、バイオ燃料などの製造において「固定化酵素技術」がすでに広く産業利用され、大量生産(バルク製造)の基盤として定着しています。しかし、これら従来の固定化技術は、ビーズなどの担体(支持体)の表面に酵素を結合させるものであり、酵素同士の配置や順番をナノメートル単位で精密に制御することは困難でした。そのため、複数の酵素を高効率に連携させる高度な複合反応設計には、構造的な限界がありました。

農研機構はこの課題を解決するため、酵素を「固定する」だけでなく、「設計通りに配置できる」新しい固定化技術として、シルク上の特定の場所に酵素を選択的に固定できる3)「機能性シルク(スキャフォルディンシルク4))」を開発しました(図1)。

本技術は、細菌がセルロース5)分解の際に用いる「足場構造(スキャフォルド)6)」に着想を得て、複数の酵素が秩序立って働く仕組みをシルク上に再構成したものです。本研究では、複数の細菌由来の足場構造を組み合わせた遺伝子をカイコに導入し、三種類の異なる酵素を選択的に固定できる部位を備えた組換えシルクを作製しました(図2)。三種類の固定部位のうち一部位にセルロース分解酵素(セルラーゼ)7)を結合させ、シルク上で実際に反応が進行することを確認しました。

また、足場構造は約60°Cまで安定に機能するため、この温度以下であればシルクを一旦軟化させ、繊維状への調整や成形などの加工を行いながら利用できます。さらに、シルクは天然由来で、環境中で分解される特性を持つことから、従来の石油由来材料に代わる新たな選択肢として期待されます。

今後は、様々な高付加価値物質の生産を想定し、本技術を活用した連続反応系の構築に関心を持つ研究者や企業との連携を通じて、応用可能性を検討していきます。

図1. 酵素が支える多様な産業分野
酵素は、高い反応特異性と効率性を活かして、食品、医薬・製薬、化学、バイオエネルギー、環境、繊維・製紙、化粧品などの産業分野で利用されています。私たちは、これら多様な分野で活用できる新たなシルク材料の創出を目指し、酵素を固定化して利用できる「機能性シルク」の開発に取り組みました。

図2. 酵素を選択的に固定化できる機能性シルク 3つの酵素が関与する反応を例とした模式図。スキャフォルディンシルクは、3つの酵素を特定の位置に配置できる「分子の足場」を持ちます。各酵素は個々の足場に結合することで、シルク上の特定の位置に固定されます。近接して配置された酵素間で反応産物を受け渡しながら反応が進むことで、効率の向上が期待されます。

関連情報

予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究 「昆虫(カイコ)テクノロジーを活用したグリーンバイオ産業の創出プロジェクト」JP22680575

特許 : 特開2024-180314

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 所長瀬筒 秀樹
研究担当者 :
同 絹糸昆虫高度利用研究領域 領域長飯塚 哲也
同 絹糸昆虫高度利用研究領域
高度養蚕システムグループ
グループ長伊賀 正年


上級研究員笠嶋 めぐみ


渡辺 裕文
広報担当者 :
同 研究推進部 研究推進室 広報担当遠藤 真咲

詳細情報

開発の社会的背景

近年、持続可能な社会の実現に向けて、環境に配慮したものづくりへの転換が強く求められています。中でも、特定の化学反応を効率よく進めることができる酵素は、従来の化学合成で必要とされてきた高温・高圧・強酸・有機溶媒などを用いずに反応を進められることから、環境負荷の低い生産技術として注目されています。

酵素は、医薬品合成、食品加工(甘味料・発酵製品)、バイオ燃料の生産など、すでに産業規模で広く利用されていますが、高価であることに加え、水や溶液中に溶けた状態で使用されるため、反応後に生成物とともに流出してしまい、回収や再利用が難しいという課題がありました。このため、酵素を担体に固定して繰り返し利用する「固定化酵素技術」が開発され、産業利用されてきました。しかし、従来の固定化酵素技術では、酵素が担体表面へランダムに結合することが多く、酵素の配向や分子間距離を精密に制御することは容易ではありませんでした。そのため、複数酵素を効率的に連携させる反応系の構築や、酵素本来の活性を最大限に引き出す設計には限界がありました。また、担体には合成ポリマー(プラスチック素材)が利用されていますが、近年では脱石油や持続可能材料への関心の高まりを背景に、天然由来材料を活用した固定化基材にも関心が高まっています。

そこで農研機構は、酵素の担体として天然素材であるシルクに着目し、酵素を単に固定するのではなく、「設計通りに配置できる」新たなシルク素材の開発に取り組みました(図1)。

研究の内容・意義

本研究では、特定のアミノ酸配列を付加した酵素だけを、シルク上の特定の場所に選択的に固定できる機能性シルク「スキャフォルディンシルク」を開発しました。本技術は、セルロースを分解する細菌が自然界で進化させた「酵素をつなぎ留めて協調的に働かせる仕組み」を、まったく異なる生物であるカイコのシルク上に再構成するという、異分野・異生物を横断した発想から生まれたものです。

この発想のもとになったのが、セルロースを分解する細菌が持つ「酵素複合体(セルロソーム)」です。セルロソームでは、足場構造に複数の酵素が配置され、効率よくセルロースを分解しています。この中の「コヒーシン8)」と呼ばれる部位に、「ドッカリン8)」という特定のアミノ酸配列を持つ酵素が選択的に結合します。本研究では、このコヒーシンとドッカリンの特異的な相互作用を利用し、酵素を固定する仕組みをシルク上に再現しました。

はじめに、異なる2種類のセルロース分解細菌(Acetivibrio thermocellusClostridium cellulovorans)に由来するコヒーシンを組み合わせ、3種類の酵素を選択的に固定できる新たな足場構造を設計しました。次に、この足場構造とシルク繊維タンパク質であるフィブロインを融合した遺伝子を作製し、これをカイコに導入して、足場構造を持つ機能性シルク「スキャフォルディンシルク」を産生する遺伝子組換えカイコを作製しました(図2)。

この組換えカイコが産生する機能性シルクについて、3つのコヒーシンのうち、A. thermocellus 由来のコヒーシンIに対応するドッカリンIを融合したセルロース分解酵素を用いて検証を行いました。ドッカリンI融合セルロース分解酵素を大腸菌で合成し、これを機能性シルクに添加したところ、機能性シルク上で触媒機能を示すことが確認できました(図3)。

従来の酵素融合型シルクでは、酵素とシルクタンパク質を融合した遺伝子をカイコに導入し、両者が一体となったタンパク質として生産させる方法が用いられてきました。しかしこの方法では、熱に弱い酵素の失活を避ける必要があり、シルクの加工に必要な加熱処理を十分に行うことができず、成形や繊維化の自由度が低いという課題がありました。また、加工工程を制限せざるを得ないことから、不要なタンパク質が残存し、非特異的な吸着を引き起こすという問題もありました。

今回開発した機能性シルクでは、シルクを加工した後に酵素を固定する仕組みを採用しています。足場構造は約60°Cまで安定して機能するため、加熱処理を含む加工工程を経た後でも、目的の酵素だけをシルク上に安定して固定することが可能です。これにより、従来法と比べて加工の自由度が大きく向上するとともに、不要なタンパク質の吸着を抑えつつ、目的の酵素のみを安定して利用できるシルク材料を実現しました。

図3. 足場構造を組み込んだ遺伝子組換えカイコの作出とセルラーゼ活性の確認 細菌A(A. thermocellus)および細菌B(C. cellulovorans)に由来する足場構造を組み合わせて設計した人工足場構造と、繊維タンパク質フィブロインの融合遺伝子を絹糸腺で発現する遺伝子組換えカイコを作出しました。この組換えカイコが生産する機能性シルク上で、セルラーゼによる酵素反応が確認されました。
※未使用のコヒーシン2および3は省略し、使用酵素のみを固定した模式図となっている(図中の説明参照)。

今後の予定・期待

酵素を用いた工業的な物質生産において、複数の酵素反応を連続的に行う反応系の構築は、工程全体の効率化を図る上で有効とされています。まるで工場のオートメーション化された組立ラインのように、各酵素を特定の順序で配置し、中間体を次工程へダイレクトに受け渡す仕組みを構築することで、中間体の拡散によるロスや副反応を最小限に抑えることが可能になると考えられます。

今回開発したスキャフォルディンシルクは、異なる3種類のドッカリンを付加した酵素を、それぞれに対応するコヒーシンに選択的に固定できる足場構造を備えています。今後は、残る固定化部位への酵素導入を進めるとともに、複数の酵素を反応の順序に従って配置し、段階的に反応が進む仕組みの構築に取り組みます。

また、カイコは本来、タンパク質を可溶化9)した状態で合成できる特性を持っており、複雑なタンパク質構造の導入に適しています。この特性を活用することで、本研究で導入した足場構造にとどまらず、他の機能性タンパク質構造をシルクに組み込むことも可能になります。こうした展開を通じて、遺伝子組換えシルクの新たな用途開発や利用拡大につながることを期待しています。

用語の解説

シルク
カイコの繭から得られる天然のタンパク質繊維。産業利用可能な天然繊維において唯一の長繊維であり、繭糸の長さは数百~1,500m程度に達する。高い強度・柔軟性・光沢性を併せ持ち、生体適合性・生分解性にも優れる。 [ポイントに戻る]
酵素
生物に広く存在する「生体触媒」であり、特定の化学反応を効率よく進める働きをもつタンパク質。医薬品や食品などの製造にも広く利用されている。 [ポイントに戻る]
選択的固定
この研究では、特定のアミノ酸配列を持つ酵素だけが結合するという"酵素の選択性"と、それらの酵素がシルク上の狙った位置に固定されるという"場所の選択性"の2つの性質をあわせ持つことを指す。 [概要に戻る]
スキャフォルディンシルク
本研究で開発した機能性シルクの名称。セルロソームに見られる酵素を結合する足場タンパク質であるScaffoldin(スキャフォルディン)を組み込んだシルク材料。特定のアミノ酸配列(ドッカリン)を持つ酵素を選択的に固定できるコヒーシン部位を持つ。 [概要に戻る]
セルロース
植物細胞壁の主成分で、分解しにくい天然の多糖類。 [概要に戻る]
足場構造(スキャフォルド)
複数の酵素を特定の位置に配置するためのタンパク質構造。Scaffold(スキャフォルド)はこのような足場構造の概念を指す。セルロースを分解する細菌には、細胞の外側に形成された足場構造の上に複数の酵素を近接配置することで、高度な連続分解反応を効率的に行う仕組みが備わっている。 [概要に戻る]
セルロース分解酵素(セルラーゼ)
セルロースを分解する酵素の総称。本研究では、シルク上での酵素固定と反応の検証に用いた。 [概要に戻る]
コヒーシン/ドッカリン
コヒーシンは足場構造側に存在する酵素結合部位であり、ドッカリンはそれに特異的に結合するアミノ酸配列。両者の相互作用により、特定の酵素を選択的に固定できる。 [研究の内容・意義に戻る]
可溶化
水に溶けにくい物質(タンパク質など)を、水に溶ける形に変えること。これにより、合成や反応、利用が容易になる。 [今後の予定・期待に戻る]

発表論文

Sumitani, M., Watanabe, H., Iga, M and Iizuka, T (2025) Scaffoldin-Modified Silk for Specific Immobilization of Dockerin-Fused Enzymes. J. Insect Biotechnol. Seric. 94:31-41.
DOI: https://doi.org/10.11416/jibs.94.3_031