プレスリリース
湛水条件下におけるダイズ根への酸素供給機能を解明

- 長期の湛水でダイズの茎や根にシュノーケルが形成される -

情報公開日:2010年7月21日 (水曜日)

ポイント

  • 湛水条件下においてダイズの茎や根に発達する白色スポンジ状の肥大組織が、酸素を供給する通気組織であることを証明しました。
  • この通気組織が形成されることによって、湛水条件下の根や根粒は酸素呼吸ができるようになり、代謝機能が回復します。
  • 湿害に強いダイズを開発するための一つのツールとしての利用が期待されます。

概要

  • 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構(略称:農研機構)作物研究所は、湛水条件下でダイズの茎や根に発達する白色スポンジ状の組織が、酸素不足の根に酸素を送り込む役割を果たしていることを明らかにしました。
  • ダイズは湛水に弱い畑作物で、生育初期が梅雨の時期と重なるため、湿害を受けることが少なくありません。一方、湿害を受けないイネでは、茎や根に酸素を供給する通気組織が形成されることが知られています。湿害に弱いダイズでもこうした通気組織が形成され、イネのように酸素供給に有効に働いているのかを検証しました。
  • ダイズは湛水条件下になると茎や根に白色スポンジ状の肥大組織が発達して大きく形態が変化します。この組織内の酸素濃度の変化や、地下部への酸素供給能を調べたところ、この肥大組織は茎では水面上にも発達して大気中の酸素を取り込み、シュノーケルのように水面下の根や根粒に積極的に酸素を供給していました。これによって、ダイズの根や根粒は湛水土壌中の低酸素下でも酸素呼吸ができるようになり、植物体内の代謝機能の回復に有効であることがわかりました。この成果は、湿害に強いダイズ品種を開発するための一つのツールとしての利用が期待されます。
  • 今回の成果は、平成22年7月21日に英国の植物学専門誌Annals of Botany(電子版)に掲載されました。

予算

運営費交付金プロジェクト「実用遺伝形質の分子生物学的解明による次世代作物育種」


詳細情報

開発の背景と経緯

  • 日本ではダイズの約85%(平成20年度)が水田転換畑で栽培されています。しかし、転換畑では、降雨後の滞水や高地下水位によって、断続的な湛水状態が続くことがあります。ダイズは、初生葉展開期から開花期までの栄養成長期間に水に浸かると、根や根粒が酸素欠乏になって代謝機能が低下します。そのため、ダイズは生育不良になり、生産性が低下します。こうした問題を解決するために、生産現場では耐湿性品種の開発が求められています。
  • 一方で、イネなどの湿生植物は、湛水状態でも障害を受けることなく生育します。これは、通気組織が発達してその組織を通じて大気中の酸素が根に供給されることで根の代謝機能が維持される仕組みがあるからです。また、耐湿性が強いマメ科植物のセスバニアでは、湛水下で茎や根に白色スポンジ状の肥大組織が発達し、これがイネの通気組織のような機能を持っています。これまで、ダイズにも類似した肥大組織が形成されることがわかっていましたが、その役割について詳細な調査は行われていませんでした。そこで、この組織に通気組織の役割があり、植物体内の酸素供給に有効に働いているのかを調べました。

研究の内容・意義

  • 梅雨期にダイズ畑は一時的に湛水状態になることがあります。湛水状態が続くとダイズの茎や根に白色スポンジ状の肥大組織が発達します(図1)。
  • 水面から出ている茎の部分に発達した肥大組織から大気中の酸素が取り込まれ、茎を通じて輸送されることを、微小酸素電極を用いて明らかにしました(図2)。
  • 通気組織が発達していない茎では、地下部へ酸素を輸送する能力が低く、茎や根に通気組織が発達することで、積極的に大気中の酸素が地下部へ供給されることがわかりました(図3)。
  • さらに、通気組織を通して根や根粒に供給された酸素が、呼吸に使用されていることを、重酸素を目印として酸素の行方を追跡する実験で明らかにしました(図4)。
  • 以上から、湛水時にダイズの茎に形成される通気組織には、酸素を地下部へ積極的に供給するシュノーケルのような役割があることが明らかになりました。また、通気組織が発達することで、根は湛水土壌中の低酸素環境でも酸素呼吸ができるようになり、通気組織の形成が代謝機能の回復に有効であることがわかりました(図5)。

図1

図1.湛水状態になったダイズ畑と湛水条件下で茎や根に発達するダイズの肥大組織

湛水条件下では、ダイズの茎、不定根、根粒に白色スポンジ状の肥大組織が発達します。

図2
図2.湛水条件下でダイズの茎に発達した肥大組織による酸素供給

水面を上昇させて茎の肥大組織が水没すると茎の酸素濃度は徐々に低下し、2時間後には水没前の約40%まで 減少しました。しかし、肥大組織が再び水面上に戻ると大気中の酸素が取り込まれて茎の酸素濃度は瞬時に上昇し、10分後には元通りに回復しました。この実験で、ダイズの茎に形成される肥大組織は地下部へ酸素を積極的に供給するシュノーケルのような役割があり、通気組織としての機能を持っていることを証明し ました。

図3
図3.各実験の概略図(左)と通気組織を通じた地下部への酸素供給量(右)

通気組織が発達していない茎(対照区)や通気組織が冠水している区(湛水区右)ではガス層の酸素はほとんど減少しませんが、通気組織が発達した茎で組織が水面上に出ている区(湛水区左)では、酸素の減少速度が大きくなります。
※平均値 ± SE (n = 3)。同一英文字間にはTukey法により1%水準で有意差がない。

図4
図4.根から抽出した水に含まれる重酸素の増加量

図3の装置でガス層に加えた重酸素が呼吸に使われると、根の水に含まれる重酸素の量が増加します。通気組織が水面上にある区(中央)では、根に供給された重酸素が呼吸により水に代謝され、根の水に含まれる重酸素の量が増えます。一方、通気組織がない区(左)や通気組織が冠水している区(右)では、根の重酸素の量の増加は小さいことが明らかになりました。
※平均値±SE(n=4-5)。同一英文字間にはTukey-kramer法により1%水準で有意差がない。

図5
図5.湛水条件下で通気組織が形成されたときのダイズへの影響の概略図

発表論文

  • Formation and function of secondary aerenchyma in hypocotyl, roots and nodules of soybean (Glycine max) under flooded conditions. Satoshi Shimamura, Toshihiro Mochizuki, Youichi Nada, Masataka Fukuyama. Plant and Soil (2003) 251 (2): 351?359.
  • Stem hypertrophic lenticels and secondary aerenchyma enable oxygen transport to roots of soybean in flooded soil. Satoshi Shimamura, Ryo Yamamoto, Takuji Nakamura, Shinji Shimada, Setsuko Komatsu. Annals of Botany (2010).

今後の予定・期待

通気組織による湿害緩和の有効性をさらに明らかにするとともに、通気組織の形成に関わる遺伝子や生理的な形成機構を検討することで、湿害を回避できるダイズの開発に寄与することが期待されます。

用語の解説

湿害
土壌水分が過剰になり、土壌中の空気が減少して根の呼吸に必要な酸素が不足することで、作物が生育障害を起こす現象です。水田転換畑は、排水不良なほ場が多く、梅雨の長雨や豪雨による湛水、隣接する水田からの漏水などによる地下水位の上昇などが起きやすく、土壌水分が過剰になってダイズなどの畑作物では湿害が発生しやすくなります。
通気組織
地上部から根に酸素を供給する役割がある連続した空隙で、代表的なものにレンコンの穴が挙げられます。イネなどの湿生植物では通気組織がよく発達しているので、根は水中でも酸素呼吸ができて代謝機能が維持されます。ところが、畑作物では通気組織が発達しないものが多く、ほ場が湛水状態になると酸素欠乏によって根腐れが生じ、ひどいときには植物は枯れてしまいます。
重酸素と呼吸
酸素には同位体があり、自然界では99.7%以上が酸素16(16O)で、0.2%が酸素18(18O・重酸素)として存在するので、重酸素の割合を変えてトレーサーとして植物に与えることによって、酸素がどのような代謝に利用されるのかを調べることができます。植物は酸素を使って呼吸しエネルギーを得ますが、この過程で酸素は水素と結合して水に変わるので、重酸素の量を測定することで呼吸に使われて水に代謝された酸素を識別できます。