プレスリリース
新たな産地形成に貢献する低アミロースの良食味水稲新品種を育成

- 温暖地では極早生、沖縄では晩生の「ミルキーサマー」稲麦二毛作向きの多収「ミルキースター」 -

情報公開日:2009年9月28日 (月曜日)

ポイント

  • 温暖地では早期出荷用の良食味米として、沖縄では晩生化により多収の良食味米として出荷できる水稲新品種「ミルキーサマー」を育成。
  • 温暖地の麦あと栽培向きの多収で良食味の水稲新品種「ミルキースター」を育成。

概 要

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構(略称:農研機構)作物研究所は、低アミロース米水稲品種「ミルキーサマー」と「ミルキースター」を育成しました。

「ミルキーサマー」は、DNAマーカー選抜により、インド品種Kasalath(カサラス)由来の出穂性遺伝子Hd1を「ミル キークイーン」に導入した品種です。温暖地では早期出荷用、沖縄では多収で良食味の品種として活用できます。また「ミルキースター」は、倒伏しにくい良食味の「東北168号」と縞葉枯病抵抗性のある低アミロース米品種「ミルキープリンセス」の交配により育成した、これらの特性を併せ持つ品種です。稲麦二毛作の多い北関東などでの利用が期待されます。

「ミルキーサマー」は、農林水産省委託プロジェクト「新農業展開ゲノムプロジェクト」の中の「政策ニーズに合致したイネ新品種の開発」により、また、 「ミルキースター」は、農林水産省委託プロジェクト「低コストで質の良い加工・業務用農産物の安定供給技術の開発」により、それぞれ開発されました。


詳細情報

「ミルキーサマー」

開発の背景

低アミロース米注1)水稲品種「ミルキークイーン」注2)は、 炊飯したときの飯の粘りが強く、冷めても硬くならず、良食味であることが市場で高く評価されています。「ミルキークイーン」と熟期の異なる低アミロース品 種はほとんど無いため、「ミルキークイーン」と同程度の低アミロース性の極早生と晩生の品種を開発し、産地拡大を図ろうとしました。

研究の内容・意義

  • 1.開発の経過
    「ミルキーサマー」は、インド型品種Kasalath注3)由来の出穂性遺伝子Hd1注4)を持つ「コシヒカリ」早生同質遺伝子系統注5)「和系243」と「コシヒカリ」の突然変異品種「ミルキークイーン」の交配を行い、 DNAマーカー選抜注6)を用いて育成した、「ミルキークイーン」の同質遺伝子系統です(図1)。
  • 「ミルキーサマー」の特徴
    1)出穂期は、茨城県では「ミルキークイーン」より13日、「あきたこまち」より3日早生の“極早生”熟期に属します。沖縄県名護市ではミルキークイーンより3日晩生です。(表1)。
    2) 稈長は、育成地では「ミルキークイーン」より約10cm短く「あきたこまち」並です。穂数は「ミルキークイーン」と比べて同等かやや多です。沖縄では、稈長は「ミルキークイーン」と同じかわずかに長く、穂数は同等かやや少です(表2)。
    3) 育成地での玄米重は「ミルキークイーン」よりわずかに少なく「あきたこまち」よりやや多収です。沖縄では「ミルキークイーン」より10%多収です(表2)。
    4) 玄米の外観品質は「ミルキークイーン」並の“中の中”です(表2)。
    5) 「ミルキークイーン」と同じ低アミロース遺伝子Wx-mq注7)を有し、アミロース含有率は、「ミルキークイーン」と比べて同等かわずかに低です(表2)。
    6) 炊飯米の食味は、粘りがあり「ミルキークイーン」と同等かやや劣りますが「あきたこまち」に優ります(表2)。
    7) いもち病抵抗性は“弱”で、白葉枯病抵抗性は“中”です (表3)。
  • 生産における注意
    耐倒伏性がやや弱、いもち病抵抗性が弱なので、適正な防除を行い、極端な多肥を避けてください。
  • 名前の由来
    ミルキークイーンと同程度の低アミロース含量の米品種で夏に収穫できることに由来します。

表1.生育特性
表1

表2.収量・品質
表2

表3.耐性・耐病性
表3

写真1
ミルキークイーン ミルキーサマー あきたこまち
写真1.ミルキーサマーの圃場での草姿

写真2
ミルキーサマー あきたこまち ミルキークイーン
写真2.ミルキーサマーの籾および玄米

図1
ミルキーサマーは、ミルキークイーンの遺伝的背景に出穂遺伝子Hd1
含むインド型品種Kasalathの染色体断片約560kbをDNAマーカーに
より導入した品種で、その他の99.9%の領域はミルキークイーン型の
系統です。wx(ワキシー)遺伝子は、ミルキークイーン型のWx-mqです。
白領域;ミルキークイーン型、黒領域;Kasalath型

「ミルキースター」

開発の背景

関東は稲麦二毛作注8)地帯が多い地域ですが、麦あとで生産 された米の市場評価は低く、市場性の高い麦あと栽培向け品種が生産現場から求められています。麦あとの晩植栽培での良食味米生産の一つの手法として、低アミロース米品種の利用が進められ、群馬県や埼玉県では「ミルキープリンセス」の産地が形成されています。しかし「ミルキープリンセス」は収量性が不十分で あるため、晩植で多収の低アミロース米品種を育成しようとしました。

研究の内容・意義

  • 開発の経過 「ミルキースター」は耐倒伏性が強く良食味の「東北168号」と縞葉枯病抵抗性の低アミロース米品種「ミルキープリンセス」の交配により育成された低アミロース米品種です。
  • 「ミルキースター」の特徴
    1)出穂期は「ミルキープリンセス」より1日遅く、成熟期は2日晩生で、育成地では“早生の晩”熟期に属します(表4)。
    2) 稈長は「ミルキープリンセス」並です。穂数は「ミルキープリンセス」より少なく、草型は“偏穂重型”です(表4)。
    3) 晩植栽培での玄米重は「ミルキープリンセス」や「朝の光」よりも12%多収です(表5)。
    4) 玄米の外観品質は「ミルキープリンセス」並の“中の中”です(表5)。
    5) 「ミルキークイーン」と同じ低アミロース遺伝子Wx-mqを有し、晩植でのアミロース含有率は9.2%です(表5)。
    6) 炊飯米の食味は「朝の光」より明らかに優り、「ミルキープリンセス」並かやや劣ります(表5)。
    7) 耐倒伏性は「ミルキープリンセス」並の“強”です(表6)。
    8) いもち病抵抗性は、葉いもちが“中”、穂いもちが“やや強”です。縞葉枯病に“抵抗性”です。白葉枯病抵抗性は“やや弱”です(表6)。
  • 生産における注意 食味を低下させないよう、極端な多肥・後期追肥を避けてください。
  • 名前の由来 倒伏に強く、耐病性に優れる多収のミルキークイーンと同程度の低アミロース含量のスター品種であることに由来します。

表4.生育特性
表4

表5.収量・品質
表5

表6.耐性・耐病性
表6

写真3
ミルキークイーン ミルキースター
写真1.ミルキーサマーの圃場での草姿

写真4
ミルキースター ミルキープリンセス ミルキークイーン
写真2.ミルキースターの籾および玄米

今後の予定・期待

最近発生が再び増加傾向にある縞葉枯病に対する抵抗性を持ち、倒伏にも強く栽培しやすい良食味品種として、主として関東の稲麦二毛作地帯での利用が期待できます。また直播栽培にも向きます。

用語の解説

低アミロース米
お米のデンプンの成分の一つであるアミロース含有率が一般のうるち米品種よりも低く数%~15%程度の米のこと。炊飯米は粘りが強い特徴があります。

ミルキークイーン、ミルキープリンセス
ミルキークイーンは、コシヒカリの突然変異処理により育成された低アミロース米品種です。アミロース含有率 は、コシヒカリが18%程度であるのに対して、4割程度少ない9-10%です。炊飯米の粘りがコシヒカリより強いのが特徴です。それ以外の諸特性はコシヒ カリと同等です。粘りの強いお米の好きな消費者に好評で東北から九州まで全国に産地があります。ミルキープリンセスは、ミルキークイーン由来の低アミロー スの性質を持ち、倒伏に強くいもち病および縞葉枯病抵抗性を改良した品種です。縞葉枯病の発生の多い群馬県や埼玉県などで作付けされています。

インド型品種Kasalath
代表的なインディカ品種で、日本の品種とは遠縁です。長粒で赤米です。

出穂性遺伝子HD1
日長に感応して稲の出穂を調節する遺伝子の一つ。インド型品種に由来するHd1をコシヒカリに導入すると、コシヒカリよりも本州では出穂が早まり、生育期間の日長が短い沖縄では逆に出穂が遅くなる特性を示します。

同質遺伝子系統
A品種(一回親)にB品種(反復親)を交配し、さらにその子供にまたB品種を交配するというように、B品種を繰り返す育種をしま す。そうすると一回親の持つ優れた一部の特性だけを持ち、それ以外の特性は反復親と同じ「同質遺伝子系統」が育成できます。育成の過程で、DNAマーカー選抜という技術が用いられます。

DNAマーカー選抜
遺伝子の本体であるDNAは、品種によって配列が異なり、品種間の特性の違いを識別する目印(マーカー)として利用できます。 DNAマーカーを用いて目的の特性を持つ個体を選んだり、染色体がどちらの親の形になっているかを調べながら育種を行うのがDNAマーカー選抜です。上記の戻し交配を行う際にDNAマーカー選抜を行えば、どちらの両親のゲノム領域をどこにどのくらい持つかが分かるため、一回親の遺伝子を含むゲノム領域がで きるだけ小さく他の領域が反復親型になった個体を効率よく選抜することができます。イネゲノム研究の成果で、稲の染色体(ゲノム)上に15000以上の DNAマーカーが公開されている他、解読された全塩基配列情報を元に、染色体上の特定の領域に必要なDNAマーカーを作出することも可能になりました。

ミルキークイーン型のWx-mq
ミルキークイーンの低アミロースを支配する遺伝子。突然変異によりコシヒカリのWx-b遺伝子内に塩基置換が生じた遺伝子で、アミロースをつくる作用がコシヒカリよりも低いのが特徴です。

稲麦二毛作
同じ圃場で一年に稲と麦を続けて栽培すること。関東では初夏の6月末~10月に稲を作付けし、収穫後の10月~6月にかけて麦類を作付けします。土地を高度に利用できるため、我が国の食料自給率向上のためのキーとなる栽培法です。