背景とねらい
現在、「コシヒカリ」は多くの府県で様々な作型で栽培されています。しかし、収穫適期の幅は狭く、作業競合が発生するため、 「コシヒカリ」単作での規模拡大は困難です。「コシヒカリ」と同等の食味、品質を持ち、成熟期が異なる品種が育成できれば、 収穫適期幅が拡大され、規模拡大が望めます。
そこで、良食味で市場性の高い「コシヒカリ」の出穂期を拡大するため、インド型品種「カサラス」(Kasalath)で見つかった 出穂期を支配する複数の遺伝子座を利用することにしました。「カサラス」に「コシヒカリ」を戻し交配して、 「コシヒカリ」の遺伝的背景に「カサラス」で検出された遺伝子座を一つずつ持たせた同質遺伝子系統群を作りました(写真1)。 これらの同質遺伝子系統を、「コシヒカリ」と遺伝的に同質で出穂期の異なる新品種として活用しようと考えました。
成果の内容・特徴
- 「コシヒカリ関東HD1号」は、インド型品種「カサラス」と「コシヒカリ」を交配親に用い、 「コシヒカリ」の戻し交配とDNAマーカー選抜を繰り返し行って育成しました。「コシヒカリ関東HD1号」は、 「カサラス」由来の出穂を早くする遺伝子Hd1 を含むわずかなゲノム領域を持ち、それ以外の99.9%は「コシヒカリ」型のゲノムを持つ品種です(図1)。 育成地(作物研究所)での出穂期は、「コシヒカリ」より12日早く宮崎県では2日早い極早生品種です。その他の農業形質は栽培地によりやや異なりますが、 宮崎県では耐冷性がやや劣る以外「コシヒカリ」とほぼ同等の特性を示すことから、温暖な地域の早期栽培地帯での利用が期待できます。
- 「関東HD2号」も同様の育成方法で育成しました。「カサラス」由来の出穂を遅くする遺伝子Hd5 を含むわずかなゲノム領域を持ち、 それ以外の99.8%は「コシヒカリ」型のゲノムを持つ品種です(図1)。育成地(作物研究所)での出穂期は「コシヒカリ」より10日遅く、 成熟期は14日遅く、中生品種の「日本晴」と同等の熟期です(写真1)。その他の主要な農業形質については、「コシヒカリ」とほぼ同等で、 中生品種として広く利用が期待できます。また、「コシヒカリ」より出穂期が遅いため、「コシヒカリ」よりも登熟期間の高温を回避できる可能性が 高まります(図2)。
- 「コシヒカリ関東HD1号」の適応地帯は、温暖地・暖地の早期栽培地帯、「関東HD2号」は温暖地の平坦部および暖地の全域です。
品種の名前の由来
作物研究所(関東)で育成された出穂期(Heading Date)の異なる「コシヒカリ」の第1号および第2号の品種。

白い部分は、コシヒカリ型のゲノム、黒い部分はカサラス型のゲノムの領域を示します。99.8%以上がコシヒカリ型になっています。


用語説明
戻し交配
A品種(一回親)にB品種(反復親)を交配し、さらにその子供にまたB品種を交配するというように、B品種を繰り返し交配することです。 戻し交配で、一回親の持つ優れた一部の特性を持ち、それ以外の特性は反復親と同じ品種を育成できます。これを同質遺伝子系統といいます。
DNAマーカー選抜
遺伝子の本体であるDNAは、品種によって配列が異なり、その違いを品種を識別する目印(マーカー)として利用できます。 DNAマーカーを用いて目的の特性を持つ個体を選んだり、染色体がどちらの親の形になっているかを調べながら育種を行うのがDNAマーカー選抜です。
上記の戻し交配を行う際にDNAマーカー選抜を行えば、どちらの両親のゲノム領域をどこにどのくらい持つかが分かるため、 一回親の遺伝子を含むゲノム領域ができるだけ小さく他の領域が反復親型になった個体を効率よく選抜することができます。