プレスリリース
野生稲の染色体を日本水稲に導入した、新しい育種素材としての染色体断片導入系統群の作出

- 栽培品種が失った重要な特性の遺伝子源として期待 -

情報公開日:2012年9月10日 (月曜日)

ポイント

  • 日本の水稲品種の染色体の一部を野生稲1)の染色体2)に置き換えた系統群を開発しました。
  • これらの系統群を育種素材とすることで、栽培稲では失われた野生稲の遺伝子を品種改良に利用することが可能となります。

概要

  • 現在栽培されている水稲品種は、野生稲から長い年月に渡る選抜によって選び出されたと考えられています。その栽培化の過程で、栽培種が失った有益な遺伝子が、野生稲には残っている可能性があります。しかし、野生稲は多くの不良な形質も持っているため、野生稲を直接観察しても、有益な形質の遺伝子の有無を判断することは困難です。そこで、交配により栽培品種の染色体の一部を野生種の染色体に置き換えることで、野生稲の不良な形質を切り離し、有益な遺伝子を見出すことができると期待できます。
  • タイ原産の野生稲Oryza rufipogon (オリザ ルフィポゴン)やスリナム原産の野生稲Oryza glumaepatula (オリザ グルメパチュラ)の染色体の一部を日本の水稲品種に導入した3種類の系統群を、DNAマーカー3)を使って選抜しました。
  • 開発された系統群は、野生稲の染色体断片を1部分ずつ、日本品種の「コシヒカリ」や「いただき」に導入した系統群です。各40から47系統で構成され、各系統に導入された染色体断片を合わせると、元来の野生稲の12本の染色体全体をほぼカバーしています。
  • O. rufipogon」の染色体を導入した系統群は平成22年4月から研究素材として配付しています。「O. glumaepatula」の系統群は平成24年4月より新しく配付を開始しました。これらの系統群を様々な育種目標の形質について評価することによって、新しい遺伝子を野生稲から見出すことが期待できます。
  • 本研究は、(独)農研機構 作物研究所が(独)農業生物資源研究所と共同で行いました。

予算

運営費交付金
農林水産省委託プロジェクト「新農業展開ゲノムプロジェクト」(平成22-24年度)


詳細情報

研究の背景と経緯

現在栽培されている水稲品種は、野生稲(イネ近縁野生種)から、長い年月に渡る選抜を経て選び出されたと考えられています。そのため野生稲には、その過程で失われてしまった遺伝子が残されていると期待され、これまでにも野生稲から病害虫抵抗性をはじめストレス耐性、収量性等について、栽培種にはない新しい遺伝子が報告されています。しかし、野生稲は草型などについて不良形質も多く、野生稲自体を観察しても、有用遺伝子を持っているかどうかを判断することは困難です(図1)。そのため、栽培種の染色体の一部を野生種の染色体に置き換えた系統群(野生稲染色体断片導入系統群)を開発し、特性を栽培種に近づけることで様々な形質について有益な遺伝子の有無を判断することが可能となります。

研究の内容・意義

  • 2種類のタイ原産野生稲「O. rufipogon (オリザ ルフィポゴン、IRGC-Acc104812とIRGC-Acc104814) 」と1種類のスリナム原産野生稲「O. glumaepatula (オリザ グルメパチュラ、IRGC- Acc100968)」を素材として使いました。
  • O. rufipogon」と「O. glumaepatula」に日本品種の「コシヒカリ」と「いただき」を4回戻し交雑4)しました。その雑種後代5)が持っている野生稲の染色体断片の位置を100個程度のDNAマーカーを使って確認し、目的の染色体断片を持った系統を選抜しました。
  • O. rufipogon」の染色体を「コシヒカリ」に導入した系統群を2種類、「O. glumaepatula」を「いただき」に導入した系統群を1種類開発しました。いずれの系統群も40系統から47系統からなり、それぞれ系統群全体で元来の野生稲の染色体全体をほぼカバーしています(図2、図3)。
  • O. rufipogon」の染色体を導入した系統群は平成22年4月から研究素材として配付しています。「O. glumaepatula」の系統群は平成24年4月より新しく配付を開始しました。これらの系統群を様々な育種目標の形質について評価することによって、新しい遺伝子を野生稲から見出すことが期待できます。
  • 育成された系統群は作物研究所のホームページ
    http://www.naro.affrc.go.jp/nics/webpage_contents/ine_idensi/index.html
    で公開され、研究者に提供しています。
  • 作物研究所では「O. rufipogon」の染色体を「コシヒカリ」に導入した系統群のいもち病抵抗性を評価した結果、新しい抵抗性遺伝子が位置している可能性がある染色体を2箇所見つけました(図2)。

今後の予定・期待

  • 本系統群は、野生稲の染色体全体を日本品種に導入して開発された最初の系統群です。耐病虫性、高温耐性、収量性等を改良する水稲の品種改良において、栽培種には無い遺伝子を有する素材として期待できます。
  • 食味の良い「コシヒカリ」や、栽培性に優れた「いただき」を遺伝的背景にしているため、遺伝解析の研究材料や育種母本としてすぐに利用できます。

発表論文

Hideyuki Hirabayashi, Hiroyuki Sato, Yasunori Nonoue, Yoko Kuno-Takemoto, Yoshinobu Takeuchi, Hiroshi Kato, Hiroshi Nemoto, Tsugufumi Ogawa, Masahiro Yano, Tokio Imbe, Ikuo Ando (2010)

Development of Introgression Lines Derived from Oryza rufipogon and O. glumaepatula in the Genetic Background of Japonica Cultivated Rice (O. sativa L.) and Evaluation of Resistance to Rice Blast.  Breeding Science Vol.60, No.5 604-612

用語の解説

1)野生稲(イネ近縁野生種):
イネ属Oryzaの野生植物を示す。O.rufipogonO.glumaepatulaO.meridionalisO.barthii等の約20種があり、アジア・アフリカ・オセアニア・中南米に広く自生している。現在の栽培種(O.sativa、O.glaberrima)はこれら野生稲の一部から生じたと言われる。
2)染色体:
細胞分裂時に現れる塩基性色素によく染まる糸状の構造体を示す。イネは12本の染色体を持っている。その中に長いDNAを含み、一連の遺伝子全体を意味する場合もある。
3)DNAマーカー:
特有のDNA配列をいう。ある形質と染色体上の近い位置にあるDNA配列は、一緒に遺伝しやすい傾向がある。そのため、DNA配列を目印にして、目的とする形質を選抜するDNA支援育種に用いられている。
4)戻し交雑:
交配で作った雑種後代に、親の片方を続けて交配する育種方法。雑種後代に片方の親の遺伝子を多く持たせるために行う。
5)雑種後代:
交配で受精させた子孫のこと。世代が進むに従って、形質のバラツキが無くなる。

 

図1a.野生稲 O.glumaepatulaの草型
図1a.野生稲 O.glumaepatulaの草型
(倒れやすく、米の収量は低い)

図1b.野生稲 O.glumaepatulaの穂
図1b.野生稲 O.glumaepatulaの穂
(長い芒があり、一穂籾数が少ない、脱粒性が強く種子が容易に落ちる)

 

図2 O.rufipogon (IRGC-Acc104814)染色体断片導入系統群(40系統)の遺伝子型
図2 O.rufipogon (IRGC-Acc104814)染色体断片導入系統群(40系統)の遺伝子型
O. rufipogonホモ型O. rufipogonホモ型、ヘテロ型 ヘテロ型、コシヒカリホモ型コシヒカリホモ型
(系統番号1(KRIL1)は「O. rufipogon」の第1染色体の一部(RM4959-RM259)のみを残し、それ以外の染色体は「コシヒカリ」に置き換わっている。この系統を評価することで、第1染色体(RM4959-RM259)にどのような遺伝子があるか見出すことができる。)

 

図3 O.glumaepatula染色体断片導入系統群(47系統)の遺伝子型

図3 O.glumaepatula染色体断片導入系統群(47系統)の遺伝子型
O.glumaepatulaホモ型O.glumaepatulaホモ型、ヘテロ型 ヘテロ型、いただきホモ型 いただきホモ型

(系統番号1(LGSL1)は「O.glumaepatula」の第1染色体の一部(RM6464-RM583)のみを残し、それ以外の染色体は「いただき」に置き換わっている。この系統を評価することで、第1染色体(RM6464-RM583)にどのような遺伝子があるか見出すことができる。)