プレスリリース
多収イネの光合成能力に貢献する遺伝子を特定

- 高収量イネ品種の開発に期待 -

情報公開日:2013年9月 2日 (月曜日)

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独立行政法人農業生物資源研究所
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 作物研究所
国立大学法人東京農工大学

ポイント

  • 多収イネ品種が持つ、光合成速度を高める遺伝子を世界で初めて特定しました。
  • この遺伝子が働くことで、光合成反応を行う葉肉細胞の数が増え、光合成速度が向上することが分かりました。
  • 本遺伝子を活用することにより、収量性の向上したイネ品種の作出が期待されます。

概要

  • 穀物の生産性を決定する主な遺伝子のうち、籾の数や穂の大きさなど、炭水化物を貯蔵する能力を決定する遺伝子は、近年次々と明らかになりました。しかし、光合成などの、炭水化物を作り出す能力を決定する遺伝子は、これまで殆ど見つかっていませんでした。
  • (独)農業生物資源研究所(生物研)と(独)農業・食品産業技術総合研究機構作物研究所、国立大学法人東京農工大学は共同で、日本でトップレベルの収量性を示すイネ品種「タカナリ」から葉の光合成速度を高める遺伝子「GPS」を世界で初めて単離しました。GPS遺伝子は、葉を細くする遺伝子として既に知られていたNAL1と呼ばれる遺伝子の変異型で、光合成が行われる場所である葉肉細胞1)の数を増やし、光合成速度2)を向上させることが明らかになりました。
  • GPS遺伝子は1960年代の東南アジアにおける緑の革命に貢献した多収イネ品種「IR8」に由来し、日本に伝わったことがわかりました。本成果は今後、多収イネ品種の作出に活用されることが期待されます。
  • この成果は、8月28日午前10時(現地時間)に英国科学雑誌Scientific Reportsに掲載予定です。

予算:農林水産省委託プロジェクト「新農業展開ゲノムプロジェクト」(平成20~24年度)


詳細情報

開発の社会的背景

世界的な人口増加に伴う食料増産が求められる中、穀物の品種改良において「生産性(=収量性)の向上」は重要課題となっています。収量性は、大きく分けて2つの能力の高さによって決まります。1つ目は、光合成を行い炭水化物を作り出す能力(ソース能)、2つ目は、炭水化物を貯蔵する能力(シンク能)です。収量性を向上させるには、ソース能とシンク能の両方がバランス良く向上することが必要です。近年のゲノム遺伝学の進歩によって、シンク能を決定する遺伝子が次々と明らかになりました。その一方で、ソース能を高める遺伝子はこれまで殆ど見つかっておらず、その特定と機能解明が待たれていました。

研究の経緯

私たちの研究グループでは、日本で栽培されるイネ品種の中でトップレベルの生産能力を持つ品種「タカナリ」(図)に注目しました。タカナリは、光合成能力が高い(ソース能が高い)、籾の数が多い(シンク能が高い)など、多収につながる複数の性質を持っています。私たちは、タカナリの「光合成能力の高さ」に寄与する遺伝子が収量性向上にとって重要と考え、その特定に取り組みました。

研究の内容・意義

  • 「タカナリ」と日本の代表的品種「コシヒカリ」を交配した系統を使い、マップベースクローニング法3)により、光合成速度を高める遺伝子「GPS」を特定しました。
  • GPS遺伝子は、葉の幅に関わる既知の遺伝子「NAL1」と同じ遺伝子でした。ただし、タカナリのGPS遺伝子と既知のNAL1遺伝子の間には、複数のDNA配列の違いがありました。また、遺伝子発現の抑制実験や、タンパク質定量実験、および詳細な葉の構造の調査を行った結果、GPS遺伝子はNAL1遺伝子の作用がわずかに弱まったもの(機能低下型)であることがわかりました。
  • タカナリ型のGPS遺伝子を持つコシヒカリ系統(コシヒカリGPS)と、コシヒカリ型のGPS遺伝子を持つタカナリ系統(タカナリGPS)を作成し(図)、タカナリ型のGPS遺伝子が光合成速度を高める作用があることを確認しました(図2B)。
  • コシヒカリGPSは葉が少し厚くなり、単位面積あたりの葉肉細胞の数が増え、逆にタカナリGPSでは葉が薄くなり、単位面積あたりの葉肉細胞数も減少したことから、葉肉細胞数の増加が光合成速度の向上の理由と考えられました(図3)。
  • タカナリGPSの収量性はタカナリと比較して5%低下したことから、GPS遺伝子がタカナリの高い収量性に寄与していることがわかりました。一方、コシヒカリGPSでは収量に変化はありませんでした。
  • 多収イネ品種の系譜におけるGPS遺伝子の伝搬を塩基配列情報をもとに調べたところ、タカナリ型のGPS遺伝子配列は、1960年代の東南アジアにおける緑の革命に貢献した多収イネ品種「IR8」に由来することがわかりました。

今後の予定・期待

GPS遺伝子は、タカナリの高いソース能と高い収量性に寄与する遺伝子であり、イネの品種改良にとって有用と考えられます。コシヒカリGPSでは収量性の向上効果は認められませんでしたが、現在、GPS遺伝子とこれまでに特定された「シンク能を高める遺伝子」を組み合わせて導入することで収量性が向上するか、検証を進めています。GPS遺伝子を上手く利用することで、多収品種を効率的に育成し、生産コストを低減できると期待されます。また光合成の複雑な仕組みを明らかにするための基礎研究は今後ますます重要となりますが、GPS遺伝子はこの実験素材としても有用と考えられます。

発表論文

Toshiyuki Takai, Shunsuke Adachi, Fumio Taguchi-Shiobara, Yumiko Sanoh-Arai, Norio Iwasawa, Satoshi Yoshinaga, Sakiko Hirose, Yojiro Taniguchi, Utako Yamanouchi, Jianzhong Wu, Takashi Matsumoto, Kazuhiko Sugimoto, Katsuhiko Kondo, Takashi Ikka, Tsuyu Ando, Izumi Kono, Sachie Ito, Ayahiko Shomura, Taiichiro Ookawa, Tadashi Hirasawa, Masahiro Yano, Motohiko Kondo, Toshio Yamamoto A natural variant of NAL1, selected in high-yield rice breeding programs, pleiotropically increases photosynthesis rate. Scientific Reports DOI: 10.1038/srep02149

用語の解説

1)葉肉細胞: 葉の内部の大部分を占める細胞で、光合成を盛んに行います。光エネルギーを使って、二酸化炭素から炭水化物を合成する機能をもつ葉緑体が発達しています。葉内に葉肉細胞が多数あることは、植物体の光合成能力を高める上で重要であると考えられます。
2)光合成速度: 植物の光合成能力を測る指標の一つで、葉面積あたりの二酸化炭素の取り込み速度または、酸素の発生速度で表します。本研究では生きた葉を密封した容器の中に封じ込め、容器に送られる二酸化炭素と容器から回収される二酸化炭素の差を測定することで計算しました。
3)マップベースクローニング法: 多数のDNAマーカーを用いて作成した連鎖地図をもとに、研究対象とする形質に関係したゲノム領域を絞り込んでいく手法です。絞り込まれたゲノム領域の塩基配列を解析することで候補遺伝子を特定することができます。ポジショナルナルクローニング法とも言います。

図1 コシヒカリとタカナリ

図1 コシヒカリとタカナリ

タカナリは日本で栽培される中でトップレベルの多収イネ品種です。この品種は、光合成能力が高い(ソース能が高い)、籾の数が多い(シンク能が高い)など、多収の要因となる複数の性質を持っています。

図2 GPS遺伝子と光合成速度の関係

図2 GPS遺伝子と光合成速度の関係

(A) コシヒカリとタカナリを交配し、タカナリ型のGPS遺伝子を持つコシヒカリ系統(コシヒカリGPS)と、コシヒカリ型のGPS遺伝子を持つタカナリ系統(タカナリGPS)を作成しました。

(B) 各系統の光合成速度を調べたところ、タカナリ型のGPS遺伝子を持つと光合成速度が高くなることがわかりました。図中のaとbの間には統計的に差が認められたことを示します。

図3 タカナリ型GPS遺伝子を持つと光合成速度が向上する仕組み

図3 タカナリ型GPS遺伝子を持つと光合成速度が向上する仕組み