研究の背景
世界人口の半分以上がコメを主食としており、中でも東南・南アジアやアフリカなどの地域ではインド型品種を主に栽培しています。これらの地域では、経済発展や人口増加などにより、ますますコメの消費量が増えると考えられ、2035年までに26%のコメの増産が必要だとされています。
コメの生産量は、1960年代に起こったいわゆる「緑の革命」において、耐倒伏性の近代品種開発などにより飛躍的に増加しました。その後も品種改良が進められ収量は漸増していましたが、近年は伸び悩んでおり、さらなる増加が喫緊の課題となっています。
研究の経緯
1990年代に国際稲研究所(IRRI)では、大きな穂を持つインドネシアの熱帯日本型在来品種を活用し、草型を改良することによるインド型近代品種の収量増加を目標としてNew Plant Type(NPT)と呼ばれる品種開発が行われました。育成されたNPT品種は、草型は改良されたものの、収量増加には至りませんでした。このNPT品種を活用して、1990年代半ばから日本政府拠出金によって実施されたIRRI日本共同研究プロジェクトにおいて、熱帯で広く普及しているインド型近代品種IR64の改良が試みられました。
そこで開発された育種素材を用いて、NPT品種に由来するqTSN4という一穂当たり籾数を増大させる遺伝子座(染色体領域)2)を発見しました(2012年に公表)。しかし、品種開発に効率的に利用するためには、どの遺伝子が籾数を増加させるのか、籾数の増加が収量増加に繋がるのかどうか、詳細な検討が必要でした。
研究の内容・意義
研究グループがqTSN4の遺伝子座を詳細に解析したところ、一穂籾数や葉の幅を増加させる遺伝子としてSPIKEが特定されました。交配育種によりこのSPIKE遺伝子が導入されたインド型品種IR64では、一穂籾数が増加し、葉の幅が大きくなることが確認されました(図1)。その他、根重、穂首の太さや維管束数が増大し、玄米の外観品質は向上していることが分かり、育成した系統をIRRIの圃場(フィリピン)で雨季・乾季それぞれ2回ずつ栽培試験に供したところ、収量が13~36%増加していました(図2)。また、DNAマーカー育種によってこの遺伝子が導入されたIRRI146(IR64よりも多収のインド型品種)では、一穂籾数や葉の幅において同様の効果が見られ、収量が18%増加しました(図3)。さらに、DNAマーカー育種によりSPIKEが導入された東南・南アジアのインド型品種5品種(PSBRc18, TDK1, Ciherang, Swarna, BR11)では、すべての品種で一穂籾数の増加が確認されました(図4)。このようにSPIKEはイネの様々な形態的特徴を改善することで収量を向上させ、これらの主力品種で収量増加の効果が発揮される可能性が示されました。
今後の予定・期待
今回解明された収量性向上遺伝子(SPIKE)は、DNAマーカー育種により、既存品種に導入することが可能です。 JIRCASではIRRIと共同で、アジア・アフリカの普及品種の更なる改良に、また農研機構作物研究所では日本の飼料稲品種の改良に着手しています。このSPIKEの導入によってより多収の品種を開発できる可能性があり、世界規模での食料安全保障にとって大きな意義を持つことが期待されます。
発表論文
D Fujita, KR Trijatmiko, AG Tagle, MV Sapasap, Y Koide, K Sasaki, N Tsakirpaloglou, RB Gannaban, T Nishimura, S Yanagihara, Y Fukuta, T Koshiba, IH Slamet-Loedin, T Ishimaru, N Kobayashi (2013) NAL1 allele from a rice landrace greatly increases yield in modern indica cultivars, PNAS DOI: 10.1073/pnas.1310790110
用語の解説
1)DNAマーカー育種
有用遺伝子のゲノム上の存在位置の目印となるDNA配列がDNAマーカーであり、その目印を利用した交配育種をDNAマーカー育種といいます。SPIKE遺伝子が特定されたことにより、本遺伝子を交配により目的の品種に導入し、1穂籾数などを向上させることが可能となりました。
2)遺伝子座(染色体領域)
遺伝情報を担う生体物質である染色体のうち、ある機能を持った遺伝子を含む領域。qTSN4遺伝子座は、イネの第4番染色体上に位置しており、収量を増加させる機能を他のイネに効率よく導入するためには、その機能を司る遺伝子(SPIKE)の特定が必要でした。

図1 インド型品種IR64におけるSPIKEの効果
インド型品種IR64に、収量増加に関する遺伝子(SPIKE)を交配育種により導入した系統(写真A: IR64+SPIKE)では、一穂あたり籾数が増加し(写真B)、葉の幅が大きくなりました(写真C)。

図2 インド型品種IR64とSPIKEの導入系統(IR64+SPIKE)の水田における圃場収量試験結果
SPIKEを導入したイネでは収量が13~36%増加していました。t検定により、*は5%水準で有意、**は1%水準で有意に増加したことを示します。バーは標準偏差。

図3 インド型多収品種IRRI146におけるSPIKEの効果(収量は圃場試験の結果)
インド型品種IRRI146に、収量増加に関する遺伝子(SPIKE)をDNAマーカー育種により導入した系統では、籾数や葉などが増大し(写真A右;スケールは20cm)、収量が増加しました(B;*は5%水準で有意(t検定); バーは標準偏差)。

図4 東南アジア・南アジアのインド型主力品種におけるSPIKEの一穂籾数に対する効果(圃場試験の結果)
インド型品種PSBRc18(フィリピン), TDK1(ラオス), Ciherang(インドネシア), Swarna(インド), BR11(バングラデシュ)に、収量増加に関する遺伝子(SPIKE)をDNAマーカー育種により導入した系統(オレンジ色)では、一穂籾数が有意に増加しました。t検定により、*は5%水準で有意、***は0.1%水準で有意に増加したことを示します。バーは標準誤差。