プレスリリース (研究成果) ダイズ葉焼病抵抗性遺伝子を特定
- 1950年代から米国で利用されてきた抵抗性遺伝子を世界で初めて明らかに -
農研機 構
九州大 学
ポイント
ダイズ葉焼病は温暖地を中心に広く発生するダイズの病害です。農研機構は、70年以上前から米国等でダイズ品種の育成に利用されてきたダイズ葉焼病抵抗性遺伝子rxp を世界に先駆けて特定しました。さらに、この遺伝子を持つダイズを効率的に選抜するDNAマーカーを開発しました。農研機構では、開発したDNAマーカーを利用してこの病害に対する抵抗性品種の育成を進めています。
概要
ダイズ葉焼病1) (以下、「葉焼病」という。)は温暖湿潤な気候で細菌の感染により発生するダイズの病害です。葉の表面や裏面に淡黄色から淡褐色の斑点を生じ、発病が激しい時は、葉全体が淡黄色になり、落葉や枯死により、減収や小粒化による品質低下に至ります。農研機構では、この病害に対する抵抗性遺伝子rxp (以下、「抵抗性遺伝子」という。)を特定してDNA配列を明らかにし、葉焼病抵抗性を日本のダイズ品種に導入するためのDNAマーカー2) を開発しました。
米国では1950年代に葉焼病の病斑がほとんど出ない病害抵抗性を有する育種素材を利用して品種開発がすすめられた結果、ほぼすべての品種が葉焼病抵抗性となっています。病害抵抗性に関しては、しばしば、病原菌が急速に進化することで抵抗性品種が感受性になってしまう現象である抵抗性崩壊が見られますが、北米で利用されているこの葉焼病抵抗性にはこれまで70年間に渡って抵抗性崩壊は起きず、安定して強い抵抗性を示す遺伝子です。今回開発したDNAマーカーにより日本の品種育成でも本遺伝子の利用を進めます。
図1 交配で導入した抵抗性遺伝子による葉焼病被害の回避
我が国では今まで葉焼病抵抗性に着目した育種が行われてこなかったことから、日本品種の多くは葉焼病抵抗性遺伝子を持っていませんでした。しかしながら、葉焼病は温暖湿潤な気候で多発することから、近年の栽培期間の高温傾向や暴風雨の頻発・激化に伴い、日本でも発生地域が広がり、発生程度の激甚化も懸念される状況となってきました。このため農研機構では、この研究で開発したDNAマーカーを活用することで、葉焼病に対して強く安定した抵抗性を持つ品種の育成を拡大します。
関連情報
予算 : 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「豊かな食が提供される持続可能なフードチェーンの構築」(JPJ012287)
予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究「農林水産分野における気候変動対応のための研究開発」(J005317)
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 作物研究部門 所長石本 政男
研究担当 者 :
同 (元)作物研究部門
(現)本部 内部統制推進部 課長 田口 文緒
同 基盤技術研究本部 高度分析研究センター 上級研究員鈴木 倫太郎
同 九州沖縄農業研究センター 上級研究員大木 信彦
九州大学 大学院農学研究院 農業生産生体学分野 教授穴井 豊昭
広報担当 者 :
農研機構 作物研究部門 渉外チーム長中村 洋
詳細情報
開発の社会的背景と研究の経緯
およそ70年前、当時、米国で栽培されていた品種はダイズ葉焼病(以下、葉焼病)に弱く、温暖湿潤な米国南部では1割程度減収する被害が出ていました。葉焼病抵抗性"強"の育種素材を交配に利用することで、抵抗性"強"の品種が1953年に育成され、ダイズの病害抵抗性育種における最初の成功例となりました。以降、この葉焼病に対して強い抵抗性を付与する抵抗性遺伝子を有する育種素材が米国におけるダイズ育種に使われ、その結果現在では、北米で生産されるほぼすべてのダイズ品種はこの抵抗性遺伝子を持つに至っています。また、病原菌の進化に伴い、抵抗性品種が感受性になってしまう現象である抵抗性崩壊が約70年にわたって確認されていません。
一方で、日本のほとんどのダイズ品種はこの抵抗性遺伝子を持っていませんでした。葉焼病の発生は温暖湿潤な西南日本に多く、近年の栽培期間の高温傾向や暴風雨の頻発・激化に伴って東海や北陸地方での発生も増加傾向にあるため、生産の安定にはこの抵抗性遺伝子を我が国の栽培品種に導入する必要があります。
そこで、農研機構では抵抗性遺伝子の特定、そのDNA配列情報を基にしたDNAマーカーの開発と実証に取り組みました。
研究の内容・意義
特定された抵抗性遺伝子について
農研機構では、抵抗性遺伝子を持たない品種と抵抗性遺伝子を持つ品種を交配し、その後代の抵抗性と遺伝子の情報を調べることで抵抗性遺伝子を絞り込みました。さらに、農研機構農業生物資源ジーンバンクのダイズコアコレクション3) や穴井豊昭教授(当時佐賀大学、現九州大学)と農研機構が作出した突然変異系統集団を用いた解析から、絞り込んだ遺伝子が抵抗性遺伝子そのものであることを確認しました。この抵抗性遺伝子は他の遺伝子の働きを制御する「転写因子」と呼ばれるタンパク質を作ると考えられます。
ダイズ育種で活用できるDNAマーカーの開発
この抵抗性遺伝子は劣性(潜性)4) であるため、栽培試験による病害抵抗性の検定を行う場合は、抵抗性遺伝子をホモ接合型(同型接合型)で持つ個体を育成した上で病害に対する抵抗性を調べるという労力が必要でした。そこで、抵抗性遺伝子をヘテロ接合型(異型接合型)で持つ個体でも簡便に選抜可能となるよう、DNAマーカーを作成しました。
DNAマーカーを利用した日本の優良品種への導入
開発したDNAマーカーの実用性を明らかにするために、開発したDNAマーカーの品種育成への利用に取り組みました。日本の優良品種である「タチナガハ」、「サチユタカ」、「フクユタカ」と米国の抵抗性品種である「LD00-3309」を交配し、その後代にそれぞれの日本の優良品種と連続して交配(戻し交配)しました。5~6回の戻し交配で得た各世代でDNAマーカーを利用した選抜を行うことにより、短期間で効率的に、抵抗性を持ち、かつ元の優良な親品種の特性はそのままのダイズ育種素材を育成することができました。
今後の予定・期待
葉焼病に強い品種を育成・普及することで、産地における農薬の使用量や薬剤散布の手間を減らすことが期待できます。農研機構では、この研究で開発したDNAマーカーを用いて抵抗性品種の育成を進めています。既に育成に活用された一例として、米国の品種を育種素材として利用し2023年から2024年にかけて品種登録出願公表された極多収ダイズ品種群「そらシリーズ(そらみずき、そらみのり、そらひびき、そらたかく)」には、元の親品種からこの抵抗性遺伝子が受け継がれ、安定した抵抗性を持つことを確認しています。
用語の解説
ほ場における葉焼病の発生
ダイズ葉焼病
温暖で湿度の高い気候で、細菌の一種Xanthomonas axonopodis pv. glycines (Xanthomonas campestris pv. glycines )の感染により葉に淡緑の小さな斑点が現れ、次第に中央部が褐色、周囲が黄色の病斑となります。細菌は台風などの風雨によって飛散して広がり、激しく発病すると葉全体が淡黄色になり、落葉さらには、枯死します。[概要へ戻る]
DNAマーカーを用いた選抜
品種間でのDNA配列の違いを検出する目印をDNAマーカーと言います。新品種を育成する際、実際に育てた植物で病気に対する強さ(抵抗性)を判定するのは非常に手間がかかります。しかし、例えば畑に種まきする前の種子(豆)の一部を削ってDNAを抽出し、抵抗性遺伝子の有無を判別できるDNAマーカーを使うことにより、抵抗性のダイズ種子を選び出した上で、栽培や交配に利用することができます。[概要へ戻る]
コアコレクション
数多くの品種・系統からなる遺伝資源の中から研究用に選定した、代表的な品種・系統のセットのことです。元の遺伝資源全体が持っている遺伝的な多様性を、少ない品種数で把握できるようにしています。[研究の内容・意義へ戻る]
劣性(潜性)
子は、母親と父親それぞれから由来する一対の遺伝子を持っています。その一対の遺伝子が両方同じ遺伝子(ホモ接合型、同型接合型)の場合でのみ子に形質が現れることを、劣性(あるいは潜性)と呼びます。この遺伝子は母親に由来する遺伝子と父親に由来する遺伝子の両方を持つ(ヘテロ接合型、異型接合型)では抵抗性を示しません。[研究の内容・意義へ戻る]
発表論文
Taguchi-Shiobara F. et al. (2024) A single-nucleotide insertion in Rxp confers durable resistance to bacterial pustule in soybean. Theor. Appl. Genet. 137:254
https://doi.org/10.1007/s00122-024-04743-5