プレスリリース
(研究成果) X線CTを用いた水田のイネ根系の可視化

情報公開日:2025年4月15日 (火曜日)

ポイント

土中の肥料を効率的に吸収できるように根系(根の形態)を改良することは、重要です。ほ場で栽培された作物の根系を計測するには掘り出し、土を洗い流す必要があります。労力がかかるうえ、根の形が崩れるため、これまで根系の評価は困難でした。農研機構は、X線CT(X線断層撮影)を用いて根の形を崩さずに水田で栽培したイネの根系を計測する技術を開発しました。

概要

近年の国際情勢の不安定さと円安により国内の肥料価格が高騰しています。また持続可能な社会の実現に向けて、農業における環境負荷の低減が国内外で望まれています。これらの社会問題に対応するために、低施肥栽培により適したイネ品種の育成が急務となっています。

低施肥栽培に適したイネ品種を育成するためには、未利用遺伝資源から低施肥栽培でも収量を維持する品種を見出し、肥料吸収に関連する育種形質を同定する必要があります。これら育種形質のうち、根系は肥料吸収に影響する重要な形質です。しかし、水田から根を掘り出すと土の中の立体的な根の構造が崩れてしまうため、正確な根系の観察ができません。また、水田から根を掘り上げて観察するためには、多くの労力と時間を必要とします。これらの問題が根系を改良した品種の育成のボトルネックとなっていました。

農研機構は上記の問題を解決するため、水田から収集した土壌ブロックの内部を非破壊で撮影できるX線断層撮影(Computed Tomography: CT)を用いたイネの根系の観察技術を開発しました。本技術では、水田で栽培したイネの根を土が崩れないように土壌ごと収集し、X線CTで撮影して土壌内部の根を非破壊で観察します。X線CT画像には土やわらなど根以外の物体も映り込みますが、根だけを抽出する画像処理法を新たに開発したことで、根のみの情報を取得することに成功しました。本技術を用いることで、土中の根の形を崩すことなく、水田で栽培したイネの根系を立体的に観察することが可能となりました。本技術の画像処理は自動で行われるため、必要な作業は水田からの根を含む土壌の採取と1個体あたり約10分のX線CTの撮影のみで済みます。例えば、従来の土から掘り出して根を洗って計測する手法では、1人が1日で1個体程度しか計測できませんでした(1人日)。500個体の品種や育成系統の根系を評価する場合、約500人日かかることになります。しかし、本技術を用いれば、500個体の評価が約10人日の労力で済み、従来の選抜育種過程では現実的な作業量ではなかった根系の評価が可能となりました。農研機構は本技術を低施肥栽培に適したイネ品種の育成に活用し、持続可能な農業の実現に貢献します。

関連情報

予算 : 農林水産省「戦略的プロジェクト研究推進事業:育種ビッグデータの整備および情報解析技術を活用した高度育種システムの開発(課題番号BAC2001)」、JSPS科学研究費助成事業(課題番号22K14871)、JST戦略的創造研究推進事業(課題番号JPMJCR17O1)、農研機構運営交付金

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 作物研究部門 所長石本 政男
研究担当者 :
同 作物デザイン研究領域 主任研究員寺本 翔太
同 作物デザイン研究領域 グループ長宇賀 優作
広報担当者 :
同 研究推進室 渉外チーム長若生 俊行

詳細情報

研究の社会的背景

肥料価格の高騰や環境負荷の少ない持続可能な農業の実現のため、栽培管理技術の改良とあわせて、低施肥栽培に適した画期的な品種育成が求められています。品種改良の対象形質のひとつとして、根における肥料吸収効率の改善が挙げられます。特に土中に遍在する肥料を効率的に獲得できる根系が重要です。しかし、現代品種の中で、低施肥栽培に適した根系を持った品種はほとんど知られていません。そこで、在来品種や野生種などの未利用遺伝資源から低施肥栽培でも生育が良好な品種・系統を見出して根系との関係性を明らかにし、現代品種の改良に活用することが有効と考えられます。

一般的な根系の計測では土から根を掘り起こし、洗い出す必要があります。しかし、洗い出しにより土中の根の立体的な形を崩してしまい、正確な形態情報は得られません。また、洗い出しに多大な労力がかかり、育種の現場では根系の選抜は困難でした。そこで、根系の優れた品種育成のためには、土の中の根系を短期間で詳細かつ大量に計測できる技術が必要でした。

研究の経緯

従来、イネの根系を観察する一般的な方法として、円筒形の筒を地面に打ち込んで根ごと土壌を収集し(図1)、深さ別に土壌を分割して各土層に含まれる根を洗い出して定量化していました。例えば、収集した土壌を上下に2分割すると、根が浅い品種は浅い層の根の割合が、根が深い品種は深い層の根の割合が多くなります。しかし、この方法では根系の微細な違いが分からず、また1個体を定量化するために最大1日ほど労力がかかる非効率的な方法でした。

これまでに農研機構では、X線CTを用いて、人工培土を充てんしたポットで栽培したイネの根系を可視化する技術を開発してきました(https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nics/135606.html)。この技術を水田で栽培したイネの根系評価に応用できれば上記の問題を解決できると考えました。しかし、水田の土は人工培土と異なりひび割れやわらなどの残渣が存在し、そのままではこの技術を応用できません。そこで、X線CT画像の中から根のみを抽出する画像処理法を新たに確立することができれば、水田から収集した土壌中の根系も可視化できるのではないかとの発想に至りました。

図1 水田からの根の収集
イネの登熟後、地上部を刈り取り円筒形の収集器具を被せます(A)。収集器具を地面に打ち込みます(B)。収集器具を地面から引き抜いて、根を土壌ごと収集します(C)。Teramoto and Uga (2024) Plant J. doi:10.1111/tpj.17171より引用。

研究の内容・意義

  • 水田からイネの株を含む土壌ブロックを採取し(図2A)、X線CTで撮影して(図2B)、イネの根のみを抽出する画像処理法を確立しました。本画像処理手法を用いることで、土壌ブロックのX線CT画像から根の情報のみを立体的に抽出し土壌中の根系を可視化できました(図2C)。
  • 水田では複数の個体の根が土中で交差していますが、可視化された画像から根の生える方向を立体的に算出することにより、1個体に由来する根だけに絞り込む計算法を開発しました(図2D)。これにより個体単位での根系を評価することが可能になりました。
  • 本手法では画像処理は自動的に行われるため、土壌ブロックの収集からX線CTの撮影までにかかる時間は1個体あたり約10分でした。従来の根を洗って評価する手法では、500個体の品種や育成系統の根系を評価する場合、約500人日(1人日は1個体あたり1人の作業者で1日程度かかるという意味)かかることになりますが、本技術を用いることで500個体の評価が約10人日の労力で可能となり、従来法と比較して大幅な時間短縮となりました。本手法により肥料吸収効率と根系との関係性などが明らかになれば、様々な品種から低施肥栽培に適した根系を持つ品種の選抜が可能になると考えられます。
図2 X線CTを用いた土中の根系の可視化
水田から収集した土壌の塊(土壌ブロック)(A)とX線CTで撮影した画像(B)および画像処理フィルタで根の情報を抽出し根系を可視化した画像(C)と根の伸びる立体的な方向をもとに1個体由来の根のみを抽出した画像(D)。用いたイネ品種は「たちはるか」です。根の太さを色で示しています。太さは画像上で計測した値で実測値ではありません。

今後の予定・期待

本手法により、水田で栽培したイネの根系を短時間で立体的に評価することが可能となりました。従来難しいとされていた根系による選抜が可能となり、農研機構は肥料の利用効率が高い品種の育成への応用を進め、低施肥栽培による持続可能な農業の実現に貢献します。また、本手法を用いることで、根系に関する品種育成に有用なDNAマーカー1)の開発が進むと考えられます。根は土の中にあるため、根系に着目した品種育成はこれまでは困難でしたが、DNAマーカーの開発により簡便に根系に改良を施した品種の育成を推進できます。ただし、本手法は粘土質の水田土壌中の根の可視化を可能にしたものであり、現時点ではイネ以外の畑作物には応用できません。本技術を畑土壌に利用するためには新たな技術開発が必要です。

用語の解説

DNAマーカー
遺伝子のDNA配列の違いに基づいて設計され、特定の遺伝子が品種に存在するか調べることができます。苗等の幼植物からDNAを調製し、半日程度で多数の検体について遺伝子の有無を判別できます。[今後の予定・期待へ戻る]

発表論文

S. Teramoto and Y. Uga Detection of quantitative trait loci for rice root systems grown in paddies based on nondestructive phenotyping using X-ray computed tomography (2024) Plant J. https://doi.org/10.1111/tpj.17171