プレスリリース
コウモリを真似た超音波でガの飛来を阻害

- 殺虫剤に代わる環境に優しい害虫防除技術 -

情報公開日:2016年8月30日 (火曜日)

ポイント

  • 農業害虫である「ガ」が嫌がる超音波のパルスの長さを明らかにしました。
  • この超音波を聞かせることにより、リンゴへのノメイガの飛来を1/6以下に減らせることを、室内での実験で確認できました。
  • ビニールハウス等において農作物へのガの飛来を阻止するための超音波発生装置の開発を産学官連携で進めており、数年以内の製品化を予定しています。

概要

  1. 農作物を加害するガの多くは耳を持ち、捕食者であるコウモリが発する超音波に対して忌避行動をとります。そこで農研機構果樹茶業研究部門では、超音波を利用して農作物へのガの飛来を阻止する手法の開発に取り組んでいます。
  2. 室内での実験において、キクガシラコウモリが発する超音波を模した超音波(パルスの長さ30ミリ秒、パルス間の無音区間30ミリ秒)を聞かせることで、モモやクリの果実を加害するモモノゴマダラノメイガの果実への飛来を1/6以下に抑えることができました。
  3. 超音波を用いた本手法は、化学殺虫剤の散布回数を削減できる環境負荷の少ない害虫防除技術になることが期待できます。現在、ビニールハウスなどでの使用を想定して、本手法に適した超音波発生装置の開発を産学官連携で進めており、数年以内の製品化を予定しています。

予算:
本成果は、総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」、日本学術振興会科学研究費(若手B 23780053)「ガ類害虫の音響行動と聴覚特性:超音波を使った行動制御技術の開発を目指して」(H23~25年度)、運営費交付金により実施したものです。

特許:
特許第5818274号(特開2014-143997)、特許第5904473号(特開2015-228828)

背景と経緯

近年、生物多様性や環境保全の観点から、農業生産の現場では、減農薬栽培や有機栽培への取り組みが進められています。そのため、化学殺虫剤に代わる実用的な害虫防除技術の開発が求められています。
農作物を加害するガの仲間には夜間に飛び回るものがありますが、これらはコウモリにとって格好のエサとなります。コウモリは超音波(周波数が20キロヘルツ以上のヒトには聞こえない音)を発し、跳ね返るエコーを手掛かりに虫を捕らえます。このため、ガはコウモリに食べられないよう、超音波を聞くと逃げ出したり飛ぶのを止めたりする忌避行動をとります。このようなガの行動反応を利用すれば、超音波により農作物をガの被害から守れるものと期待されます。
そこで農研機構果樹茶業研究部門では、コウモリが発する超音波を真似た人工の超音波を利用して農作物へのガの飛来を効率的に阻害する手法の開発に取り組みました。

内容・意義

  1. 実験では対象となる害虫として、モモやクリを加害するモモノゴマダラノメイガ(写真1)を用いました。このガのメス成虫は果実に産卵し、孵化した幼虫が果実を食害するため、メス成虫の果実への飛来を妨げることによって被害を未然に防ぐことが期待できます。
  2. ガを食べる2種類のコウモリが発する超音波を模して、「短い超音波パルス(モモジロコウモリを模倣;パルス長5ミリ秒、パルス間の無音区間11ミリ秒)」および「長い超音波パルス(キクガシラコウモリを模倣;パルス長30ミリ秒、パルス間の無音区間30ミリ秒)」をガに聞かせました(図1)。なお、いずれの超音波も、周波数は50キロヘルツとしました。
  3. ガのメスが卵を産みに飛来する行動を、長短の超音波パルスを用いて阻害する試みは前例がありません。そこで、風洞装置内で、風上に置いたリンゴの幼果に15分間に飛来したメス成虫の割合(飛来率)を比較しました(図2左)。超音波パルスを聞かせない条件における飛来率は64%だったのに対し、短い超音波パルスを聞かせた場合には28%、長い超音波パルスを聞かせた場合には10%に飛来率が低下しました(図2右)。超音波なしの場合と比べ、長い超音波パルスを聞かせた場合は飛来率が1/6以下に抑制されており、超音波によるガへの高い忌避効果が確認されました。

今後の予定・期待

本研究によって、超音波のパルスの長さを適切に設定することで、ガの飛来を効果的に抑制できることが示されました。超音波を忌避する行動は多くのガで見られるため、他のガ類害虫への適用が期待されます。しかし、超音波には遠くまで伝わりにくい性質があるため、果樹園のような野外では十分な効果を得るために多数の超音波発生装置の設置が必要となり、それでは実用的ではありません。そこで、侵入経路が限定されるビニールハウスなど、少ない超音波発生装置でも農作物への飛来を抑制可能な生産環境での利用を検討しています。具体的には、施設栽培におけるイチゴやトマトの主要害虫であるハスモンヨトウやオオタバコガ、さらには加工食品等で混入事例が報告されている貯穀害虫のノシメマダラメイガなどを対象として、忌避効果の高いパルスの長さを探索しています。また、ガの種類によって聞こえやすい周波数が異なることから、これらも含めた最適化を進めています。現在、本手法に適した超音波発生装置の開発を産学官連携で進めており、数年以内に製品化する予定です。

本成果の論文発表

論 題:High duty cycle pulses suppress orientation flights of crambid moths(パルス長の長い超音波パルスはノメイガ類の飛来を抑制する)
掲載誌:Journal of Insect Physiology 83, 15-21 (2015)
著 者:中野亮、井原史雄、三代浩二、外山晶敏、土`田聡

参考図

写真1
写真1 モモノゴマダラノメイガのメス成虫(左)、および加害した幼虫が排出した糞(黒~茶褐色の粒の塊)が見られるモモの幼果(中央)とクリの成熟果(右)。

図1
図1 モモジロコウモリの発する超音波を模倣した短い超音波パルス(パルス長5ミリ秒、パルス間の無音区間11ミリ秒)(上)とキクガシラコウモリの発する超音波を模倣した長い超音波パルス(パルス長30ミリ秒、パルス間の無音区間30ミリ秒)(下)の模式図。最下部は1つの長い超音波パルスを拡大した模式図。使用した周波数は50キロヘルツであり、一秒あたりの音波の振動数が5万回となる。

図2
図2 風洞装置内で風上に置いたリンゴ幼果に飛来したメス成虫の比率(飛来率)。用いた風洞は全長66cm、直径11.5cmのアクリル製の筒で、風上(風速0.25cm/秒)に10cm四方の粘着板とリンゴ幼果を設置し、風下にメス成虫を放した(左)。15分間で粘着板に捕獲されたメス成虫を飛来したものとみなした。メスの飛来率は、録音した実験室内のノイズを聞かせた場合は64%(N = 25)、同様のノイズがある実験室内で50キロヘルツの超音波を短いパルス(図1上参照)で聞かせた場合は28%(N = 25)、長いパルス(図1下参照)で聞かせた場合は10%(N = 30)(右)。エラーバーは標準誤差。