プレスリリース
(研究成果) ウンシュウミカンの全ゲノムを解読

- カンキツ品種改良の効率化に期待 -

情報公開日:2018年2月20日 (火曜日)

ポイント

  • 早生カンキツの基幹品種であるウンシュウミカンの全ゲノム1)配列を解読しました。
  • 約2万9千個の遺伝子が存在すると推定し、その中からカンキツの着色や結実性などに関わる遺伝子91個を特定しました。
  • 本成果の利用により、ウンシュウミカンをはじめ、カンキツの生産性や品質の向上等に向けた品種改良の効率化が期待されます。

概要

ウンシュウミカン果実
  • 農研機構は情報・システム研究機構国立遺伝学研究所と共同で、ウンシュウミカン「宮川(みやがわ)早生(わせ)2)の全ゲノム配列を解読しました。ゲノムの大きさは約3億6000万塩基対でした。
  • ゲノム配列中に約2万9千個の遺伝子が存在すると推定し、その中からカンキツの着色に関わるカロテノイド生合成の遺伝子や、結実性に関わるジベレリンの生合成遺伝子91個を特定しました。
  • ウンシュウミカンの両親であるキシュウミカンとクネンボの塩基配列も解析して比較したところ、クネンボの片親がキシュウミカンであること、つまり、ウンシュウミカンはキシュウミカンの子供にさらにキシュウミカンが交配されて生まれたことがわかりました。
  • 本成果で得られた全ゲノム配列を利用すれば、ゲノムワイド関連解析3)を利用した果実形質や栽培性に関わる重要遺伝子の機能推定が高速化され、カンキツの品種育成を効率化できると期待されます。
  • 本成果は国際科学雑誌「Frontiers in Genetics」に2017年12月5日に掲載されました。

関連情報

予算:農林水産省委託・ゲノム情報を活用した農産物の次世代生産基盤技術の開発プロジェクト「多数の遺伝子が関与する形質を改良する新しい育種技術の開発」、ROIS新領域融合プロジェクト「生命システム」サブテーマ1超大量ゲノム情報、科学研究費基盤C


詳細情報

開発の社会的背景

ウンシュウミカンは我が国を代表するカンキツで、国内カンキツ生産の約70%を占めています。ウンシュウミカンは1)果実に種子がほとんどない、2)手で簡単に皮をむくことができ食べやすい、3)健康機能性を有するβ-クリプトキサンチン4)を高濃度に含有している、など優れた特性を持ちます。品種育成にも積極的に利用され、清見や不知火(デコポン)など70を超える品種・系統の親となっています。
近年カンキツでは、大量のDNAマーカー情報から芽生え段階で果実の特性を高い精度で予測し、その結果に基づき優良個体を選抜する技術が開発されてきました(平成29年7月5日農研機構プレスリリース「DNAの違いから、芽生え段階でカンキツの様々な果実特性を高精度に予測」)。このようなDNA情報を駆使した選抜の精度や効率を向上させるためには、多数のカンキツ品種の親となっているウンシュウミカンにおける重要な遺伝子や特定の染色体(ゲノム)領域の配列を、他の品種と比較することが必要です。しかしこれまでウンシュウミカンの高精度な全ゲノム配列は解読作成されておらず、このような比較は困難でした。

研究の経緯

ウンシュウミカンをはじめとするカンキツ品種の多くはヘテロ性5)が高いことから、全ゲノム配列の高精度な解析には半数体の利用が有効です(図1)。しかし、ウンシュウミカンは半数体6)の獲得に成功しておらず、これまでにゲノム配列が解読されたカンキツは、いずれも半数体を獲得できたクレメンティン、ブンタンとスイートオレンジのみでした。
そこで本研究では、近年開発された複数の高速DNAシーケンサ7)技術と、新たなデータ解析手法を活用し、部分的に解読された短い塩基配列を段階的に結合することにより、ヘテロ性が高いウンシュウミカンにおいて全塩基配列を解読しました(図2)。

内容・意義

  • ウンシュウミカン「宮川早生」の全ゲノム配列を解読しました。ゲノムの大きさは3億5,965万塩基対でした。ヘテロ性の高い2倍体のカンキツ品種を直接解読してカンキツの基本染色体数と対応する9本の配列を得ることに成功しました。
  • 構築したゲノム配列の品質は、これまでに公開されているカンキツのものと同程度で遺伝子予測に十分な精度が得られました。またゲノムの約40%を反復配列8)が占めており、その半数以上がレトロトランスポゾン8)であることがわかりました。
  • ゲノム中に29,024個の遺伝子の存在を推定し、その85%について機能を予測することができました。推定した遺伝子の中から、カンキツの重要な色素であるカロテノイドの生合成や、結実性等に関与する植物ホルモンのジベレリンの生合成・分解に直接関わる遺伝子など、農業上重要な遺伝子91個を見出しました。さらに、従来知られていなかった遺伝子も複数特定し、ウンシュウミカン固有の可能性のある1,761個の遺伝子も見出しました。
  • ウンシュウミカンの両親であるキシュウミカンとクネンボ(写真1)の塩基配列もあわせて解析した結果、クネンボもキシュウミカンの子供であることを確認し、ウンシュウミカンはキシュウミカンの子供にさらにキシュウミカンが交配されて生まれたことを明らかにしました(図3)。

今後の予定・期待

  • 本成果で得られた全ゲノム配列をもとに、ゲノムワイド関連解析を利用することで、ウンシュウミカンの果実形質や栽培性に関わる重要遺伝子を効率的に見出し、それらの情報をもとに高精度なDNAマーカーを開発することでカンキツの品種育成を加速できると期待されます。
  • ウンシュウミカンは果実が種なしとなる優れた特性を有する一方で、隔年結果性9)が高く、生産量が年により変動しやすいことが課題でした。着果性や結実性に関わる遺伝子が多数見つかったことから、これらを手がかりとして、着果安定化や無核果実生産10)のための技術開発を進めます。
  • カンキツを含む多くの果樹は半数体の獲得が困難で全塩基配列解読の障害となっていましたが、今回用いた手法を利用することで、ヘテロ性の高い多様な品種の全塩基配列を解読して育種、栽培研究の基盤情報として利用することが可能となります。
  • さらに、本成果を利用すれば結実性、栽培性を制御する分子機構の詳細な解析が進むことから、生産性と果実品質の向上にも貢献すると期待されます。

用語の解説

1)ゲノム
ある生物を特徴づけるための最小限の遺伝子と染色体のセット。ヒトやカンキツのような2倍体生物では、同じゲノムのセットを細胞あたり2つ保持しています。ゲノムは通常、複数の染色体で構成されます。各染色体は1本のDNA分子からなり、それぞれのDNA分子に多数の遺伝子が含まれています。

2)ウンシュウミカン「宮川早生」
ウンシュウミカンは今から400~500年前に九州地方で発生したとされ(田中長三郎、1927)、その後日本各地で接木繁殖される過程で、さまざまな突然変異系統(枝変わり)が見出されて選抜されてきました。「宮川早生」はそのような早生の変異系統の一つであり、果実特性が優れていることから各地の主要な生産系統となっているだけでなく、「ゆら早生」や「上野早生」など多数の変異系統が「宮川早生」から見出されてきています。また、ウンシュウミカン「宮川早生」にトロビタオレンジを交配して育成された「清見」は日本のカンキツ育種において中心的な役割をになっています。

3)ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study)
多数多数の在来品種や育成品種を対象に、それぞれの品種の特性と染色体(ゲノム)全体の配列の違いを関連付けて解析することで、特性を決定する遺伝子を高精度に予測する手法。英語の頭文字からGWASとも称されます。従来の一般的な解析では、特定の交配から得られた個体群を用いて、両親間に認められる特性の違いだけを解析の対象としますが、ゲノムワイド関連解析では多様な品種間で認められる特性の違いを解析の対象として、これらの特性に関わる遺伝子を見出すことができます。連鎖解析で必要となる交配集団の育成と長期間に渡る評価は、果樹では多くの制約を受けますが、その多くを回避できることも利点となります。

4)β-クリプトキサンチン
カンキツ類に含まれる赤~オレンジ色の色素であるカロテノイドの一種。カンキツ類のうち、ウンシュウミカンに特に多く含まれます。ヒトでは血中のβ-クリプトキサンチン濃度が高いほど、インスリン抵抗性や肝機能障害、動脈硬化、骨粗鬆症などさまざまな生活習慣病のリスクが低下することが知られています。

5)ヘテロ性
2倍体の生物が持つ2セットの染色体の配列が同じ場合「ホモである」とされ、部分的に異なる場合には「ヘテロである」とされます。「ヘテロ性」は2セットの染色体がどの程度異なっているのかを示す指標であり、「ヘテロ性」が高いとは、すなわち2セットの染色体の間で食い違う部分が多いことを意味します。染色体の食い違いが大きな場合、どちらが正しい配列であるのかを決めることが難しいため、ゲノム解読では半数体や倍加半数体を利用して食い違いを解消した上で解析する事が一般に行われています(図1)。

6)半数体・2倍体
ほとんどの高等生物では同じ染色体を2セット持っています。ゲノムは生存に必須の1セットの染色体とほぼ同義で、交雑すると親の2セットのうちの1セットが無作為に選ばれ、子では、両親から受け取った1セットずつの染色体、計2セットの染色体が再構成されます。2セットの染色体を持っているものを2倍体と呼び、1セットのみ持つものを半数体と呼びます。また、一度半数体とした後に染色体を倍加させ、見かけ上2倍体としたものは倍加半数体と呼ばれます。

7)高速DNAシーケンサ
一度に数億~数百億塩基の配列を解読することが可能なDNAシーケンサ。よく利用されているのは100~300塩基程度の配列を大量に解読するタイプですが、数千~数万塩基の配列を一度に解読できるタイプも最近利用されるようになってきました。本研究では両方のタイプの高速DNAシーケンサに加えて、3~8千塩基の範囲にあることがわかっている配列も同時に解読して利用することで、高精度化を図りました。

8)反復配列・レトロトランスポゾン
短い同じ配列が何度も繰り返しているものを反復配列とよび、ゲノム中の一定の割合を占めることが知られています。反復配列は染色体が複製される時に間違いが起きやすく、変異を起こす原因の一つと考えられています。レトロトランスポゾンは「可動遺伝因子」と呼ばれるものの一つで、自分自身を一旦RNAに転写した後、DNAに複写してゲノム内に再挿入されることで、ゲノム内の場所を移動することができ、その際、近くの遺伝子の機能に影響を及ぼし、変異を引き起こすことが知られています。

9)隔年結果性
たくさんの果実を成らせる年(表年)と、わずかな果実しかつけない年(裏年)とが交互に繰り返され、収穫量が毎年変動することを隔年結果性と呼びます。特にカンキツ類は隔年結果性が顕著に現れやすく、収穫量が毎年大きく変動して収益を不安定化させます。隔年結果性による収穫量の変動を抑えるためのさまざまな栽培技術開発が取り組まれてきています。

10)無核果実生産:無核(種なし)果実生産
カンキツの種子は大きく、固いために噛んだり飲み込んだりすることができず、消費者の購入意欲を削ぐ大きな要因となっています。そのため、特別な処理を必要とせずに種なし(無核)果実を生産可能な、高い無核性を備えた品種育成が世界のカンキツ育種の大きな目標となっています。ウンシュウミカンは高度な雄性不稔性と雌性不稔性を備えているのに加え、他のカンキツ品種と比較しても例外的に高い単為結果性(種子が入らなくとも果実が安定して肥大し、成熟する特性)の3つを有しており、その結果、ほとんどの果実が無核となります。このうち、カンキツの単為結果性にはジベレリンが関与し、開花期のジベレリンの生合成と分解への複数遺伝子の関与がこれまでの研究で明らかとなっています。

発表論文

Tokurou Shimizu, Yasuhiro Tanizawa, Takako Mochizuki, Hideki Nagasaki, Terutaka Yoshioka, Atsushi Toyoda, Asao Fujiyama, Eli Kaminuma, Yasukazu Nakamura (2017)
Draft sequencing of the heterozygous diploid genome of Satsuma (Citrus unshiu Marc.) using a hybrid assembly approach, Frontiers in Genetics. 8:180, doi: 10.3389/fgene.2017.00180
清水徳朗1、谷澤靖洋2、望月孝子2、長崎英樹2,4、吉岡照高1、豊田敦3、藤山秋佐夫3、神沼英里2、中村保一2
1. 農研機構果樹茶業研究部門・カンキツ研究領域、 2. 国立遺伝学研究所・大量遺伝情報研究室、 3. 国立遺伝学研究所・比較ゲノム解析研究室、4. 現かずさDNA研究所

参考図


図1.ゲノム解読の手法とその特性の違い
代表的な3通りの手法(A~C)を示す。


図2.本研究で利用したゲノム解読手法の概要


図3.全配列解析から明らかとなったウンシュウミカンの成立経過
ウンシュウミカンの片親であるクネンボはキシュウミカンの子であることを全配列解析から確認しました。すなわち、ウンシュウミカンはキシュウミカンの子供に、さらにキシュウミカンが交配された結果生まれた品種であることがわかりました(クネンボのもう一方の片親は不明です)。


写真1.ウンシュウミカン、キシュウミカン、クネンボの果実