プレスリリース
(研究成果) ニホングリの栽培化の歴史を遺伝的解析から明らかに

- クリの栽培と選抜は縄文時代以前から始まった -

情報公開日:2023年12月22日 (金曜日)

農研機
岡山理科大
秋田県立大

ポイント

農研機構は岡山理科大学と秋田県立大学と共同で、ニホングリが九州、西日本、東北の3地方の野生グリと、栽培グリの4つのグループに遺伝的に分かれることを明らかにしました。約2万年前に西日本と東北の野生グリと現在の栽培グリの祖先が同時期に分岐したことが推定され、古代からニホングリの栽培と人為的選抜が行われていた可能性が示唆されました。本成果は、ニホングリの栽培化過程の解明に役立つとともに、クリ遺伝資源の有効な保存と多用な遺伝資源を利用したクリの品種育成に貢献することが期待されます。

概要

ニホングリは日本原産の果樹であり、縄文時代の遺跡から多くの炭化した果実や木材が出土しています。また、日本書紀や古事記、本朝食鑑などの古文献にも記載があり、有史以降も重要な食用作物でした。特に、大阪府、京都府、兵庫県にまたがる丹波地方において、江戸時代以降に品種や栽培技術が発展し全国に広まったとされています。しかし、これまでにニホングリの栽培化の歴史を裏付ける科学的証拠は乏しく、その起源については謎が多く残されていました。

今回農研機構は、日本全国に分布する野生グリと品種化されている栽培グリの遺伝的関係をMIG-seq法1)を用いて解析しました。その結果、ニホングリは九州、西日本、東北の3地方の野生グリ、そして栽培グリという4つのグループに遺伝的に分類できることがわかりました。これら4つのグループは、まず九州の野生グリのグループが約5万年前に分岐し、その後約2万年前に西日本地方、東北地方の野生グリ、栽培グリの3つのグループが同時期に分岐したことが示唆されました。これまで栽培グリは有史以降に丹波地方のシバグリ(野生グリ)から改良されたのが通説とされていましたが、推定された分岐時期は縄文時代以前と古く、丹波地方も含めいずれの地域の野生グリからも遺伝的に離れていることが明らかになりました。このことから、栽培グリは異なる地域からの持ち込みや複数の地域での人為的な選抜が行われるなど、複雑な栽培化過程を経ている可能性が示唆されました。本成果は、ニホングリの栽培化の歴史の解明につながるとともに、野生グリ遺伝資源の保存やクリの品種育成に貢献することが期待されます。収集された野生グリは、九州から北海道までの各地域の気候に適応し、栽培グリが持っていない多様な遺伝子を有します。農研機構では、地域適応性や遺伝的多様性の拡大を目的として、これらの野生グリを品種育成の素材として利用しています。

関連情報

予算 : 科学研究費補助金(20K15524)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構果樹茶業研究部門 所長井原 史雄
研究担当者 :
同 果樹品種育成研究領域 上級研究員西尾 聡悟
広報担当者 :
同 果樹連携調整役加藤 秀憲

詳細情報

開発の社会的背景

我々が普段食している作物のルーツを明らかにすることは、歴史や文化を理解する上で重要です。ほとんどの作物は縄文時代以降に外国から人為的に導入されたものですが、ニホングリは日本原産で日本で栽培化されました。中国には中国原産のチュウゴクグリ2)がありますが、ニホングリとは果実や枝の色が異なり、形態的にも遺伝的にも全く別の種であることが明らかになっています。ニホングリは稲作が導入される以前の縄文時代においては、食用および木材として人々の生活に密接に関わっていました。縄文時代の青森県の三内丸山遺跡では集落周辺がクリ林となっており、クリの樹が大切に保存されていたことが示唆されています(Kitagawa et al. 2004)。その後、大阪府、京都府、兵庫県にまたがる丹波地方が栽培グリの代表的な産地となり、江戸時代には多くの品種が成立していました。今日私たちが食するクリは果実重が30gにも達する品種です(写真1)。一方、シバグリと呼ばれる野生グリは果実が5g程度と小さく、栽培化される過程で果実の大きなものが選抜されてきたと考えられています。縄文時代の遺跡から発掘されたクリは前期から後期にかけて大型化しているという報告(南木,1994)や、江戸時代の1697年に刊行された本朝食鑑には、「クリは卵のように大きい」と記されていますが、ニホングリの人為的な改良がいつから始まったかについては、遺伝的解析に基づいた科学的な証拠は得られていませんでした。

写真1.兵庫県の野生グリ(シバグリ、左)と栽培品種「銀寄(ぎんよせ)(右)」

研究の経緯

農研機構にはクリの遺伝資源が約200個体保存されていますが、これらは導入・採取した地理的情報のみで保存されており、詳細な遺伝的分類は不十分でした。また、日本全国に分布する野生グリについては、十分に収集・保存が行われておらず、野生グリと栽培グリの遺伝的な関係は整理されていませんでした。栽培グリの起源の解明は、品種育成の素材を開発する上でも、人と植物の文化や歴史を理解する上でも、非常に重要です。今回、日本全国に分布するニホングリを余すことなく収集・解析し、クリ遺伝資源の分類を行うこととしました。

研究の内容・意義

1) ニホングリは4つのグループに分かれる

北海道から九州にかけて41ヶ所で新たに野生グリを収集し、栽培化されている在来品種や品種改良で得られた品種(以下栽培グリとする)と合わせて、MIG-seq法により得られた一塩基多型3)を用いて遺伝的構造解析4)を行ったところ、九州地方、西日本地方、東北地方の野生グリ、栽培グリの4つのグループに分かれました(図1)。また、九州地方の野生グリはその他のクリと遺伝的に大きく異なることが明らかになりました(図2)。

2) 栽培グリは複雑な栽培化過程を経た可能性あり

各グループの分岐時期を推定したところ、まず九州の野生グリのグループが約5万年前(95%信頼区間5): 約2~7万年前)に分岐し、その後約2万年前(95%信頼区間: 約1~3万年前)に西日本地方、東北地方の野生グリ、栽培グリの3つのグループが同時期に分岐したことが示唆されました。これまで栽培グリは有史以降に丹波地方のシバグリから改良されたのが通説とされていましたが、野生グリと栽培グリの分岐は縄文時代以前から始まっていることが示唆されました(図3)。また、栽培グリは西日本および東北地方のいずれの集団からも遺伝的に離れており、特定の地域の集団から派生したものではないことが示唆されました。文献上では、縄文時代から複数の場所で果実の大型化が示唆されており、また江戸時代には品種の伝搬や、地方からのクリの果実の上納が記録されています。これらのことから、栽培グリは日本国内の異なる地域からの持ち込みや複数の地域での人為的な選抜など、複雑な栽培化過程を経ている可能性が示唆されました。

3) 野生グリの遺伝的多様性の保全に必要な取り組み

標高の低い場所に自生する野生グリ集団は、栽培グリから野生グリへの遺伝子流動6)がみられたことから、栽培グリと野生グリが交雑した個体が野生化していることが示唆されました。このことから、野生グリの遺伝的多様性の保全には、森林における生息域内の保存だけでなく、公的な機関等で遺伝資源として厳格に保存することが重要であると考えられます。

図1. 国内で採取した野生グリ集団の遺伝的構造
847個体からなる45の栽培グリと野生グリの集団について、MIG-seq法により得られた523の一塩基多型を用いて、遺伝的構造解析行った。国内で採取した野生グリは遺伝的構造から4種類のグループに分かれ、自然交雑による遺伝子の流動により相互に雑種化が進んでいる。江戸時代以降に栽培グリは全国へ普及し、栽培グリに特異的にみられる遺伝的構造(赤色のクラスター7))が遺伝子流動により全国的に広がっている。近年の品種は、在来品種の交雑から選抜されているため、赤色のクラスターの集積がみられる。
図2.遺伝的構造解析に基づく祖先集団の 遺伝的関係
九州の野生グリはその他のクリと比較して遺伝的に離れている。
図3.野生グリと栽培グリの分岐モデル
約5万年前に九州のグループが西日本、東北、栽培グリの共通祖先のグループと分岐し、このグループは約2万年前に、西日本、東北、栽培グリの3つのグループに同時期に分岐した。

今後の予定・期待

本研究では、ニホングリの選抜が縄文時代以前から開始されている可能性が示唆されましたが、より多数の遺伝子マーカーや全ゲノム解析による詳細な遺伝的解析をすることで、過去にどこでどのような選抜が行われていたかが明らかになることが期待されます。

本研究により採取された野生グリ、特に九州の野生グリ集団は、最終氷期最寒冷期8)以前に分岐しており、本州をルーツとする現在の栽培グリより温暖な気候に適応して生存していたため、気候変動等に対応する素材として有用と考えられます。農研機構では採取したニホングリを貴重な遺伝資源として、今後の新品種の育成に利用しています。

用語の解説

MIG-seq法
multiplexed inter-simple sequence repeat genotyping by sequencing(単純反復配列間領域の並列化配列決定による遺伝子型解析)の略。単純反復配列間領域のDNA多型をより迅速・簡便・安価に実現するために考案された方法。高純度のDNAの採取が困難な野生植物の解析にも適している。[概要に戻る]
チュウゴクグリ
中国原産のクリ種。ニホングリとは数億年前に分岐しており、ニホングリとは別種である。20世紀初頭に中国より導入され日本で栽培が試みられたが、当時は日本の気候に適応しなかった。[開発の社会的背景に戻る]
一塩基多型
遺伝子多型のうち、1つの塩基が、ほかの塩基と異なっているもの。[研究の内容・意義に戻る]
遺伝的構造解析
DNA解析により集団の先祖集団を推定し、個体およびグループへの先祖集団の寄与率を推定する手法。[研究の内容・意義に戻る]
95%信頼区間
同じ解析を繰り返したときの結果の範囲のうち、95%の結果が収まる範囲のこと。[研究の内容・意義に戻る]
遺伝子流動
ある地域に生息する集団に、外部から異なる地域の遺伝子が入り交雑する様子のこと。[研究の内容・意義に戻る]
クラスター
遺伝的構造解析により推定された先祖集団のグループのこと。[研究の内容・意義に戻る]
最終氷期最寒冷期
約2万1千年から1万8千年前の地球の気候が特に寒冷であった時期。この時期に多くの温帯性樹種の分布域は分断や縮小されており、遺伝的に異なる集団に分岐すると考えられている。[今後の予定・期待に戻る]

発表論文

Nishio, S., Takada, N., Terakami, S., Takeuchi, Y., Kimura, M. K., Isoda, K., Saito, T & Iketani, H. (2021). Genetic structure analysis of cultivated and wild chestnut populations reveals gene flow from cultivars to natural stands. Scientific reports, 11(1), 240.

Nishio, S., Takada, N., Takeuchi, Y., Imai, A., Kimura, M. K., & Iketani, H. (2023). The domestication and breeding history of Castanea crenata Siebold et Zucc. estimated by direction of gene flow and approximate Bayesian computation. Tree Genetics & Genomes, 19(5), 44.

研究担当者の声

満開のシバグリ

果樹茶業研究部門 果樹品種育成研究領域
上級研究員西尾 聡悟

この研究を開始した当初の目的は、品種育成のために多様な遺伝資源を収集することでした。しかしながら、多くの野生グリ集団で栽培グリからの遺伝子流入がみられ、詳細な遺伝的分類を行うためには、野生グリと栽培グリの網羅的な解析が必要となりました。最終的に北海道と九州までクリの収集を行うこととなり、7年の年月が経ちました。
ニホングリは日本原産であり、文献や遺跡の記録が国内に充実しており、日本における人と植物の関わりを考える上で非常に重要な作物です。本研究は品種育成の素材開発のみならず、人と植物の文化や歴史の解明の手がかりになることが期待されます。