プレスリリース (研究成果) 温暖化に対応したパインアップル品質予測モデルの開発
- 出荷計画の策定や、新規開園の際に利用できます -
農研機 構
沖縄県農業研究センター
ポイント
農研機構と沖縄県農業研究センターは、パインアップル果実の酸度・糖度や収穫期を気温から精度よく予測するモデルを開発しました。本成果は各産地において、その年に収穫する果実の品質や収穫期を予測する場合、また、新規にパインアップルを導入する地域において、高品質果実を収穫できる期間・品種を推定する場合の予測式として利用できます。
概要
地球温暖化の影響により、日本ではこれまで生産が限定的だった亜熱帯・熱帯果樹の生産拡大が見込まれています。一方で、温暖化はパインアップルなどの代表的な熱帯果樹の生育に大きな影響を及ぼしており、長年にわたって栽培を行ってきた産地でも、生産者が過去の経験に基づいて果実の品質や収穫期を予測することが困難になっています。この結果、出荷計画と実際の出荷との間に齟齬が生じ、市場への供給時期や果実品質が年次によって変動することが生産者や実需者の間で大きな問題となっています。
パインアップルは政令指定13品目に指定されている、わが国の重要な果樹のひとつです。生食用だけでなく、缶詰やジュースなどの加工用の需要もあり、用途により求められる品質は異なります。また、年間を通じて収穫できるため、時期によって品質が大きく変わります。このため、生産者が生産・出荷計画を立てたり、実需者が果実の調達計画を立てる際には、収穫果の品質を予測することが重要になります。さらに、新規にパインアップルを栽培する場合や新品種を導入する場合には、その土地の気候条件で高品質な果実が生産できるか、あらかじめ確認する必要があります。
そこで、農研機構と沖縄県農業研究センターは、これまで沖縄本島、石垣島、宮古島で蓄積してきた膨大な品質データを解析し、パインアップルの酸度・糖度を推定し適切な収穫期を予測するモデル(予測式)を開発しました。このモデルは、(1)各産地における収穫のタイミングや果実の酸度・糖度を事前に把握し、(2)新規開園や新品種導入の際、高品質果実を収穫できる期間を確認することができます。本モデルは、国内の主要な品種(「N67-10」、「ボゴール」、「ソフトタッチ」および「沖農P17」(写真 ))に対応し、地域によらず適用が可能です。
左から「N67-10」「ボゴール」「ソフトタッチ」「沖農P17」
関連情報
予算 : 生研支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業(26104C)」および沖縄県「気候変動対応型果樹農業技術開発事業(沖縄振興特別推進交付金)」
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 果樹茶業研究部門 所長井原 史雄
研究担当 者 :
農研機構 果樹茶業研究部門 果樹生産研究領域
果樹スマート生産グループ長補佐 (現 : 同グループ主任研究員)杉浦 俊彦
沖縄県農業研究センター名護支所 果樹班長竹内 誠人
広報担当 者 :
農研機構 果樹茶業研究部門 研究推進部研究推進室 果樹連携調整役藤野 賢治
詳細情報
開発の社会的背景
地球温暖化を背景に、亜熱帯・熱帯果樹1) の日本での生産地拡大が期待されています。熱帯果樹のパインアップルは、沖縄県の農業にあっては基幹作物のひとつですが、パインアップル缶詰の輸入自由化(1990年)等により、栽培面積は、いったん477ha(2013年)まで減少しました(耕地及び作付面積統計)。しかし、その後は品質の高い生食用品種の開発・普及などもあり、現在(2022年)は598haまで増加しています。さらなる栽培面積拡大が期待されますが、新規に栽培を始める場合や新しい品種を導入する場合、高品質果実の生産を期待できるかどうかは、その土地の気候に強く依存します。
一方で、温暖化はパインアップルの品質に強い影響を与え、既存の産地においても、生産者が過去の経験から果実品質や収穫期を早期に推定することが難しくなっています。これは、パインアップルは周年生産2) される果物ですが、その酸度や糖度が、気象条件によって大きく変化し、開花期から収穫期までの日数も気温により3週間程度変動するからです。また、パインアップルは缶詰やジュースなどの加工用の生産も多く、生食用と加工用では求められる酸度や糖度が異なることから、温暖化による気象条件の変化は、実需者が用途に応じた品質の果実を計画的に調達することも困難にしています。
研究の経緯
沖縄県農業研究センターでは、パインアップルの品種改良の過程で多数の果実の品質調査を行っており、沖縄本島や約300km離れた石垣島・宮古島など気象条件が異なる地域にまたがる長期間の膨大な果実品質データの蓄積があります。そこで、農研機構と沖縄県農業研究センターはこれらのデータを分析し、パインアップルの果実品質や収穫期と気象条件の関係を明らかにしました。また、その関係を数学的なモデルによって表現することで、気象条件から果実品質を予測することを可能にしました。
研究の内容・意義
図1 開発されたモデル(赤線枠内)
今回開発された果実の酸度・糖度についての予測モデルは、開花期モデル、収穫期モデル、酸度モデル、糖度モデルの4つのサブモデルで構成されています(図1 )。対応する品種3) は日本で生産量の多い上位3品種(「N67-10」、「ボゴール」、「ソフトタッチ」)および2017年に新しく品種登録された「沖農P17」です。
酸度4) は、収穫直前の気温が低いほど酸っぱいことが明らかになりました(図2 )。したがって酸度モデルはこの関係を表す数式に、収穫前10~20日間の気温を入力することで酸度を予測します。糖度5) は、より長い期間の気温の影響を受け、平均気温が23° C付近となった場合が最も高くなるため(図3 )、この関係を表す数式に収穫前70~120日間の気温を入力することで予測します。出蕾期から開花期および開花期から収穫期までの日数(発育日数)については、一定の気温までは高温ほど日数が短くなるため(図4 )、この関係を利用して開発した予測式に、日々の気温を入力することで収穫期を予測します。なお入力する気温は、予測を行う日の前日までは実測値6) 、それ以降は予測値6) を用います。
図2 酸度と気温の関係
「N67-10」、「ボゴール」、「ソフトタッチ」、「沖農P17」のグラフの横軸は、それぞれ収穫前20、10、10、20日間の平均気温(t)、実線は酸度(A)の予測式(それぞれA=3.44-0.0936t、A=2.34-0.0596t、A=2.45-0.0615t、A=1.95-0.0341t)を示す。
図3 糖度と気温の関係
「N67-10」、「ボゴール」、「ソフトタッチ」、「沖農P17」のグラフの横軸は、それぞれ収穫前120、80、100、70日間の平均気温(t)、実線は糖度(S)の予測式(それぞれS=-31.3-0.0955t2 +4.24t、S=-63.2-0.156t2 +7.14t、S=-42.1-0.125t2 + 5.48t、S=-22.4-0.0688t2 +3.41t)を示す。
図4 「N67-10」の出蕾期から開花期および開花期から収穫期までの日数と気温の関係
名護は平均日長が12時間以上(長日)と未満(短日)に分けて記載。
気温と品質や発育日数の関係には、明確な品種差が認められました。例えば、気温が同じであれば、「N67-10」は他の品種と比べ、高酸度、低糖度となり、逆に「沖農P17」は低酸度、高糖度となります。そのため、予測式では品種ごとに異なる係数を使用しています。一方、気温と品質や発育日数の関係は、異なる地点でも同一の線や式で表現できるため、同じ予測式が国内では産地によらず使用できます。
このモデルは、生産者や市場関係者等が出荷計画の策定や入荷時期ごとの品質を予測する場合や、実需者が目的に応じた品質の果実を入手可能な時期を推定する場合に利用できます。その年の気温の実測値・予測値から、表計算ソフト等を用いて品種や出蕾期(作型)に応じた予測値を計算することができます(酸度、糖度予測式は図2、3に記載、開花期、収穫期予測は下記の発表論文を参照)。平均誤差は、例えば「沖農P17」の場合、酸度0.19%、糖度1.9oBrix、開花期4.1日、収穫期6.8日で、実用性のある精度で予測できます。一方、新規にパインアップルを導入する地域や、別の品種を導入する場合、品種選択や苗の植付け時期などの生産計画策定にも、このモデルが利用できます。この時、その土地の過去の気温の実測値から、高品質果実を収穫できる期間・品種を推定します。
今後の予定・期待
温暖化の進行に伴い、亜熱帯・熱帯果樹の新規導入を図る場合、単に栽培ができるかどうかだけでなく、用途に見合った品質の果実が得られるかどうかは、農家収益に直結する重要な問題です。そのため、地域の気候から品質を予測する技術は生産拡大を促進するための重要技術です。特に、今後は他の亜熱帯・熱帯果樹にこの技術を広げ、導入する樹種を容易に比較・検討できるようなアプリの開発を行う必要があります。
用語の解説
亜熱帯・熱帯果樹
亜熱帯あるいは熱帯地域など高温域での生産に適した果樹で、日本ではパインアップル、マンゴー、亜熱帯性カンキツ(タンカンなど)などが栽培されています。このうちパインアップルは政令指定品目(果樹農業振興特別措置法施行令で指定されたかんきつ類の果樹、リンゴ、ブドウ、ナシ、モモ、オウトウ、ビワ、カキ、クリ、ウメ、スモモ、キウイフルーツおよびパインアップルの13品目)の一つであるわが国における主要な果樹です。しかし、亜熱帯・熱帯果樹の産地は、沖縄県や、鹿児島県・東京都の島しょ部等に限られているため、国内消費の多くは輸入に依存し、パインアップルの場合、2022年の国内生産量は約7千トン(果樹生産出荷統計)、輸入量は生鮮果実だけで約18万トン(農林水産物輸出入統計)となっています。このため、農林水産省による「食料・農業・農村基本計画」(2020年)において、気候変動がもたらす機会活用の観点から、亜熱帯・熱帯果樹の新規導入の推進が掲げられています。[開発の社会的背景に戻る]
周年生産
パインアップルは苗の植付け時期の早晩や植物ホルモン剤の利用により、蕾が形成される時期をほ場ごとに調節できるため、野菜のように周年生産(年間を通じて収穫・出荷する生産体制)が、世界的に行われています。収穫される季節により気象条件が異なるため、同じ品種でも果実品質は年間で大きな変動があるのがパインアップルの特徴です。今回の予測モデルはどの時期に収穫される果実にも適用できます。[開発の社会的背景に戻る]
パインアップルの品種
「N67-10」は古くから栽培されている加工用と生食用の兼用品種で、現在でも、日本で最も多く生産されています。「ボゴール」は海外からの導入品種です。「ソフトタッチ」は1999年に品種登録された沖縄県の育成品種で、モモに似た香りをもつことから「ピーチパイン」と呼ばれています。「沖農P17」は沖縄県が育成した新しい品種で、「サンドルチェ」の商標をもち、急速に普及しつつあります。[研究の内容・意義に戻る]
酸度
クエン酸などパインアップルの果汁に含まれる有機酸の濃度。パインアップルの有機酸は若い果実が肥大していくにつれて果実内に蓄積されていきますが、収穫直前の成熟期に急激に低下します。この低下は呼吸による有機酸の消費が直接の要因であり、高温ほど呼吸速度が速くなるため、酸の減少も速くなります。収穫果の酸度が収穫直前の気温に左右されるのは、この成熟期の減酸量に強く依存しているからと考えられます。[研究の内容・意義に戻る]
糖度
ショ糖、果糖などパインアップルの果汁に含まれる糖の濃度。パインアップルの糖は若い果実が肥大していくにつれて果実内に蓄積され、収穫期まで糖度上昇が続きます。糖は光合成によって生成されるため、糖度は主にこの期間の光合成量に依存します。パインアップルの光合成は、一般的な落葉果樹と比べて強い温度依存性をもちます。その最適温度は、昼が25° C程度、夜は15~20° Cとされているため、日平均気温でみれば、20~25° Cが光合成の適温といえます。今回の解析では、品種によらず、23° C程度で最も糖度が高くなる結果となりましたが、これは光合成の適温に近いためと考えられます。[研究の内容・意義に戻る]
気温の実測値・予測値
気温データとして日平均気温を用います。今年の酸度・糖度や収穫期を予測する場合は、予測を行う日の前日までの実測値および当日以降の予測値を、新規開園時には過去の実測値を使います。実測値は、近隣のアメダスデータ、予測値は1か月予報気温(ガイダンス)が気象庁のWebで公開されているため自由に利用できます。また、メッシュ農業気象データなど有償のサービスを使うこともできます。[研究の内容・意義に戻る]
発表論文
Sugiura, T., M. Takeuchi, T. Kobayashi, Y. Omine, I. Yonaha, S. Konno, M. Shoda, Relationship between Acid and Soluble Solid Content of Pineapple and Temperature. 2023. The Horticulture Journal. 92. 227-235. https://doi.org/10.2503/hortj.QH-055
Sugiura, T., M. Takeuchi, T. Kobayashi, Y. Omine, I. Yonaha, S. Konno, M. Shoda, Models for predicting pineapple flowering and harvest dates. 2024. The Horticulture Journal. 93: 6-14. https://doi.org/10.2503/hortj.QH-085
研究担当者の声
農研機構 果樹茶業研究部門杉浦 俊彦
国産パインアップルの生果実を、産地以外で目に触れる機会は極めて限られますが、最近の品種は非常に濃厚な味で、一度食べればやみつきになります。この研究がパイン生産の広がりにつながればと思います。
パインアップルの収穫