プレスリリース
(研究成果) 食味に優れ栽培しやすいコンパクトな樹姿(カラムナー性)のリンゴ新品種「紅つるぎ」を育成

- 栽培の省力化、スマート農機の導入による作業効率化を促進 -

情報公開日:2024年6月11日 (火曜日)

ポイント

農研機構は、枝が横に広がらずコンパクトな円筒型の樹姿となるカラムナー性を持ち、糖度が高く既存の主要品種並みに食味が優れる中生のリンゴ新品種「(べに)つるぎ」(系統名:盛岡74号)を約30年をかけて育成しました。既存の品種と異なるコンパクトな樹姿は、リンゴ栽培の省力化や高密植化を容易にするだけでなく、自動収穫機など今後開発が進展するスマート農機にも高い適性が見込まれ、リンゴ栽培の効率化を加速します。本成果は、生産基盤が縮小傾向にあるわが国のリンゴ生産を革新する品種として期待されます。

概要

わが国の農業従事者数は減少し、リンゴの栽培面積も減少しています。リンゴの栽培は管理作業に多くの人手を必要とするため、現在のような状況で需要を満たすためには、省力化に向けた果実生産システムの抜本的な改善が必要とされています。本来リンゴは高木に育つため、これまではわい性台木1)を利用し生育を抑制することで樹高を低くし作業効率を高めてきました(わい化栽培1))。また高収量で高品質果実を生産する高密植わい化栽培のための樹形の開発も行われています。今回、更なる省力栽培を進めるため、枝が横に広がらず、コンパクトな樹姿になるため省力栽培に適した特性を持つ品種を開発しました。 海外のリンゴ品種「McIntosh(マッキントッシュ)」の枝変わり品種であるWijcik(ウィジック)2)がもつカラムナー性3)(図1)は、コンパクトな樹姿となり省力栽培、自動収穫機などのスマート農機の利用に適する特徴として期待されています。しかし、今日に至るまで、わが国の主要品種並みの果実品質を持つカラムナー性のリンゴ品種は育成されていませんでした。

今回、農研機構は海外から導入したカラムナー性の系統を母本として、約30年の育成期間をかけてわが国の優良品種と2世代の交配を行い、カラムナー性をもち、わが国の消費者の好みに合致する、既存の主要品種並みに食味の優れる新品種「紅つるぎ」を育成しました。「紅つるぎ」は、「ふじ」などの一般的な分枝型のリンゴ品種とは異なり枝が横に広がらず、コンパクトな樹姿になる性質があります(図1)。育成地(岩手県盛岡市)での果実の収穫期は10月上旬の中生のリンゴ品種であり、糖度は14%と高く、糖酸のバランスがよく、食味に優れます。果皮の色は"濃赤色"で着色はしやすいですが、果梗(かこう)(果実と枝をつなぐ柄の部分)が短く、果実が枝に密着しており、着色管理のための玉回し4)ができないことから、果梗部の着色が均一とならない果実となります(図2)。岩手県を始め全国の主要なリンゴ産地で栽培が可能です。樹姿がコンパクトで枝の伸長が少なく樹の構造も単純なため省力的な管理を可能にします。特に直立した樹を横一列に配置することで結実部位が平面的な園地(図3)にすることができ、摘果、収穫など多くの管理作業で人、機械の動線が単純化されます。結実面を壁状に仕立てることで、将来的には自動収穫機などによる機械化などスマート農業に適すると考えられます。本成果は、生産基盤が縮小傾向にあるわが国のリンゴ生産を革新する品種として期待されます。苗木は品種登録後に提供を開始する予定です。

図1 カラムナー性の「紅つるぎ」と分枝型の樹の図
分枝型の樹と比較して「紅つるぎ」はコンパクトな樹姿になる性質がある。
図2 「紅つるぎ」の果実(左:樹上、右:収穫後)
果実は"濃赤色"で着色は"多"と評価されるが、果梗が短く、果梗部が均一に着色しない。
図3 「紅つるぎ」を利用した園地
直立した「紅つるぎ」の樹を複数本横に並べることで、結実部位が平面状になり、摘果、収穫など多くの作業で人、機械の動線を単純にし、作業が省力化される。

関連情報

予算 : 生研支援センター「食料安全保障強化に資する新品種開発」(JPJ012082)
品種登録出願番号 : 「第37015号」(2023年8月31日出願、2024年3月19日出願公表)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 果樹茶業研究部門 所長井原 史雄
研究担当者 :
同 果樹品種育成研究領域 グループ長補佐澤村 豊
上級研究員(現:農林水産省)森谷 茂樹
広報担当者 :
同 果樹連携調整役藤野 賢治

詳細情報

開発の社会的背景と研究の経緯

わが国における果樹の栽培面積や生産量は、近年、農業者人口の高齢化の急速な進展や栽培農家数の減少等により緩やかな減少傾向で推移しています。リンゴについても栽培面積の減少が続く一方で、価格はその需要の堅調さから上昇基調にあり、その生産量は消費者の需要に応え切れているといえません。需要に応じたリンゴの安定供給の実現には生産性の向上が望まれる一方で、現在のリンゴ栽培は管理作業に多くの人手が必要となることが課題となっており、この課題解決のためには、省力性と多収性を実現できる果実生産システムへの抜本的な改善が必要となっています。

海外のリンゴ品種「McIntosh」の枝変わりである「Wijcik」が示すカラムナー性を持つ品種は、一般的なリンゴ品種が示す分枝型5)と異なる円筒形の樹姿となるため、コンパクトで単純な樹形に仕立てやすく、省力栽培や、将来的な自動収穫機の利用などスマート農業に適する特徴として期待されています。一方で、既存品種並みの果実品質を示すカラムナー性のリンゴ品種は今まで育成されていませんでした。農研機構では海外から導入したカラムナー性の系統を母本として、約30年の育成期間をかけ、カラムナー性を選抜できるDNAマーカーを用いた幼苗選抜6)、2世代の交雑を行い、特性の評価を経て、カラムナー性をもち主要品種並みの硬度、日持ち性を持ち、糖度と酸度のバランスに優れるリンゴ新品種「紅つるぎ」を育成しました。

新品種「紅つるぎ」の開発の経緯

「紅つるぎ」は、2005年に農業・生物系特定産業技術研究機構果樹研究所リンゴ研究拠点(現農研機構果樹茶業研究部門盛岡研究拠点)において、早生品種の「さんさ」7)にカラムナー性を有する選抜系統の5-12786(「ふじ」×8H-2-26)を交雑して得られた実生から選抜された品種です。わが国へ導入されたカラムナー性の系統(8H-2-26)から2世代、約30年の育成期間をかけて開発されました(図4)。2005年の交雑で得られた実生集団については、2006年にDNAマーカーを用いてカラムナー性を示す個体の幼苗選抜を行っています。2015年から2022年まで系統番号「リンゴ盛岡74号」を付してリンゴ第6回系統適応性検定試験8)に供試した結果、新品種候補として決定された後、2023年8月31日に品種登録出願、2024年3月19日に公表されました。

図4 「紅つるぎ」の育成経過

新品種「紅つるぎ」の品種特性

  • 樹姿は直立の円筒型(カラムナー)で、樹勢は"中~やや強"、短果枝9)の着生は"やや多~多"です。開花期は5月中旬で、「千秋」7)「つがる」7)と同時期です。S遺伝子型10)S3S5であり、「シナノスイート」7)、「つがる」、「ふじ」などの主要品種とは交雑和合性です。育成地(岩手県盛岡市)における果実の成熟期は10月上旬で「シナノスイート」より10日早く、「千秋」と同時期に成熟する中生の品種です。裂果の発生率は0.2%程度でほとんど発生しません。後期落果の程度は"無~少"、斑点落葉病11)には抵抗性を示します(表1図1図5)。
    表1 「紅つるぎ」の育成地(岩手県盛岡市)における樹の特性(2020~2022)
    図5 「紅つるぎ」と主要品種の収穫期(収穫盛期、岩手県盛岡市)
    「紅玉」(2020年、2022年)、「王林」(2017年、2018年)は2カ年、それ以外の品種は2020年~2022年の3カ年の平均値より算出。
  • 果皮は"濃赤色"で着色しやすく、"さび"と呼ばれる果皮にみられる褐色を呈するコルク質の外観障害の発生は多くありません。果実重は330g程度、果肉硬度は14.6lbsで適度な歯ごたえがあります。肉質、果汁は「千秋」、「シナノスイート」、「つがる」と同程度です。糖度は14.0%で「千秋」、「つがる」よりやや高く、酸度は0.35g/100mlで「シナノスイート」と同程度です。甘味があり、適度な酸味であることから食味は優れます。果実の日持ち(20°C下での品質保持日数)は「千秋」、「つがる」と同程度です(表2)。果梗が短く、果実が枝に密着しており、着色管理のための玉回しはできないことから、果実の全面着色は期待できません(図2 右)。
    表2 「紅つるぎ」の育成地(岩手県盛岡市)における果実の特性(2020~2022)

新品種「紅つるぎ」と主要品種の糖酸比、各県での食味評価

リンゴ品種の普及には、果実特性、特に食味が重要です。カラムナー性の起源品種でありカナダからの導入品種である「Wijcik」(1986年導入)や、カナダからの導入系統であり「紅つるぎ」から2世代前の母本であるカラムナー性の8H-2-26(1988年導入)は、糖度に対して酸味が強く、甘めの食味を好むわが国の消費者の嗜好に適しません。「紅つるぎ」を「Wijcik」や8H-2-26と比較すると、糖度はより高く、酸味は少なく改善されています。「紅つるぎ」の糖度、糖酸比(甘さと酸味のバランス)はともに現在の主要品種と同等です(図6)。系統適応性検定試験(2022年度、14場所)の結果では、「紅つるぎ」の総合的な食味の良否を判定する官能評価の値(良:5~不良:1)は平均3.6となり、「つがる」の平均の3.6と同等でした。更に概要および所見の項目では岩手県をはじめとする5場所から食味良好のコメントが得られました。

図6 「紅つるぎ」、カラムナー性の母本、リンゴ主要品種の糖度と糖酸比*
*:「Wijcik」(2023年)、8H-2-26(2023年)は1カ年、「紅玉」(2020年、2022年)、「王林」(2017年、2018年)は2カ年、それ以外の品種は2020年~2022年の3カ年の平均値より算出。赤の丸がカラムナー性の品種・系統、緑の丸が主要品種、黄色の枠が主な生食用品種の糖度、糖酸比の範囲を示す。

品種の名前の由来

赤い果実が結実し、樹姿が縦に長いカラムナー性の品種であることから、色と形状を想起させる「紅つるぎ」と名付けました。

今後の予定・期待

苗木は品種登録後に提供開始する予定です。樹の特性により単純な樹形の形作りが容易であり、着果管理、収穫、剪定等の多くの作業で作業性の改善による省力化が可能です。また自動収穫機などのスマート農業への適用が期待されます。現在、生研支援センター「食料安全保障強化に資する新品種開発」プロジェクト他により栽培体系を作成中です。

用語の解説

わい性台木、わい化栽培
一般的なリンゴの栽培品種は挿し木(芽のある枝を土に挿して苗木を生産する方法)では根が出ないため、穂品種(地上部として使用し、果実生産を目的とする品種)を台木品種(根系として使用する品種)に接ぎ木(台木品種と穂品種を接ぎ合わせること)することにより苗木を増やしている。リンゴの台木品種の中には、穂品種の生育を抑え、樹を小さくする性質を持つ品種があり(わい性(矮性)台木)、このわい性台木品種を利用した栽培方法をわい化栽培と呼ぶ。[概要に戻る]
「Wijcik」
「ウィジック」、「McIntosh Wijcik」とも標記される。1960年代にカナダで見つかった「McIntosh」のカラムナー性の突然変異体。カラムナー性の突然変異を示した他品種の例は知られておらず、カラムナー性の育種素材として母本に利用される。[概要に戻る]
カラムナー性
側枝(わき枝)が極端に短く、節間(芽と芽の間隔)も短く、円筒型の樹姿となる性質であり、一般的なリンゴの樹姿である分枝型と区別される。枝の伸長を促進する活性型ジベレリンの生産量が不足しているために生育が抑制される。[概要に戻る]
玉回し
果皮の着色は果面への日光の照射により促進されるため、樹上で果実を回し日当たりの悪い部分を日光に当てることで果皮の着色を促す管理方法。[概要に戻る]
分枝型
伸長した側枝(わき枝)をもつ樹の姿(図1参照)。一般的に知られるリンゴの栽培品種はこの分枝型の品種である。[開発の社会的背景と研究の経緯に戻る]
DNAマーカーを用いた幼苗選抜
作物のある性質に関わる遺伝子の型を調べるための目印となるDNAの塩基配列をDNAマーカーという。DNAマーカーによる特性の判別は少量の葉があれば可能なため、交雑により得られた種子から養成した発芽直後の苗(幼苗)の段階での選抜に利用できる。特に種子からの生育に時間がかかる果樹の育種では、DNAマーカーによる幼苗選抜のメリットが大きく、大幅な効率化を可能にしている。本研究のカラムナー性の選抜にはSCAR682(Tian, et al., 2005)というDNAマーカーが使用された。[開発の社会的背景と研究の経緯に戻る]
本稿で取り上げている既存のリンゴ主要品種について
「さんさ」:農林水産省果樹試験場(現農研機構果樹茶業研究部門)で育成された早生の主要品種(1988年登録)、2020年現在、96haの栽培面積がある。
「千秋」:秋田県で育成された中生の主要品種(1980年登録)、2020年現在、114haの栽培面積がある。
「つがる」:わが国で2番目に多く栽培される早生の主要品種(青森県育成、1975年登録)。2020年現在、3851ha、わが国のリンゴの約11%の栽培面積がある。
「シナノスイート」:わが国で5番目に多く栽培される中生の主要品種(長野県育成、1996年登録)。2020年現在、1137ha、わが国のリンゴの約3.3%の栽培面積がある。
[新品種「紅つるぎ」の開発の経緯に戻る] [新品種「紅つるぎ」の品種特性に戻る]
系統適応性検定試験
育成中の新品種候補系統についての各地域の適応性を評価する試験。リンゴ第6回系統適応性検定試験では農研機構の他、リンゴの主産県を中心とする14道県が参画して実施された。[新品種「紅つるぎ」の開発の経緯に戻る]
短果枝
開花し果実が成る枝のうち10cm以下の枝。リンゴでは長果枝(同じく、30cm以上の枝)に着生する腋花芽(一年生の枝の側部に発生する花芽)の果実より、短果枝に着生する果実の品質が良いとされ、主にこの短果枝に結実させる栽培技術が一般化している。[新品種「紅つるぎ」の品種特性に戻る]
S遺伝子型
自家不和合性遺伝子の遺伝子型のこと。リンゴは同じ品種の花粉では受粉できない自家不和合性を有しているため、結実のために他の品種の受粉が必要であるが、他の品種でもS遺伝子型が一致する品種の花粉は受粉できない。このため受粉にはS遺伝子型の異なる品種を選択する。[新品種「紅つるぎ」の品種特性に戻る]
斑点落葉病
Alternaria alternata apple pathotypeを病原菌とするリンゴの主要病害の一つ。「王林」などが弱く、「ふじ」も罹病する。葉、果実、枝に褐色から黒褐色の病斑を形成する。[新品種「紅つるぎ」の品種特性に戻る]

研究担当者の声

「ふじ」の原木と共に

果樹茶業研究部門澤村 豊

果樹の品種開発は長い年月を要し多くの職員の努力が実を結んだものです。農研機構が開発するカラムナー性のリンゴ品種が普及し、農業の活性化とともに、より豊かな食が実現されることを期待しています。