プレスリリース (研究成果) みつ入りリンゴをゲノムから読み解く
- 有力な原因遺伝子候補の特定と選抜用DNAマーカーの開発 -
農研機 構
千葉大 学
青森県産業技術センター
ポイント
農研機構、千葉大学、青森県産業技術センターは共同で、大規模な遺伝解析と遺伝子発現解析により、リンゴ果実のみつ入りに関わる有力な原因遺伝子候補を絞り込み、みつの入りやすい個体を予測できるDNAマーカー1) を開発しました。本成果は、今後、みつの入りやすい品種やみつの入らない品種を幼苗段階で効率的に選抜するのに役立つとともに、リンゴをはじめとするバラ科果樹の果実にみつが入るメカニズムの解明にもつながることが期待されます。
概要
リンゴ果実の「みつ」は華やかな香りをもたらす要因であり、国内外の多くの消費者においしい果実の目安とされています。一方で、みつ入りリンゴを長期保存すると、みつ入り部分が褐変し、商品価値を失うこともあります。みつは、細胞間隙に糖の一種であるソルビトールが蓄積して組織が水浸状になることで発生すると考えられています。「ふじ」や「はるか」、「ぐんま名月」にはよく発生する一方で、「王林」、「きおう」、「シナノゴールド」にはほぼ発生しないといった品種の要因が大きい現象です。しかし、その発生には栽培法や天候、生育地など環境も影響することが知られています。
リンゴ「ふじ」のみつ入り
農研機構は、千葉大学、青森県産業技術センターりんご研究所と共同で、みつ入りとゲノム情報との関連を今までにない大規模な数の材料を用いて解析し、みつの入る品種と入らない品種での遺伝子発現を比較することで、みつ入りの品種間差の原因となる有力な遺伝子候補を特定しました。この遺伝子はSWEETと呼ばれる糖の輸送を担うタンパク質をコードしており、ソルビトールの蓄積に関与している可能性が示されています。研究グループは得られた知見をもとに、みつの入りやすい個体を幼苗段階で予測できるDNAマーカーを開発しました。このDNAマーカーを用いることで、収穫後早期の消費に適したみつの入りやすいリンゴ品種と、長期保存に適したみつの入らない品種のそれぞれを効率的に開発し、リンゴの周年供給の拡大に貢献することが可能となります。また、「みつ入り」はリンゴと同じバラ科のニホンナシやモモでは食味などの品質が低下する「みつ症」として生産現場で問題視されますが、本成果を通してみつ入りのメカニズムが解明されれば、まだ原因が解明されていないこれらの「みつ症」の解決にもつながることが期待されます。
関連情報
予算 : 農林水産省委託プロジェクト研究「みどりの品種開発加速化プロジェクト(JPJ012037)」、内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP2)(スマートバイオ産業・農業基盤技術)」、科研費JSPS科研費20H02982
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 果樹茶業研究部門 所長井原 史雄
同 基盤技術研究本部 高度分析研究センター センター長山崎 俊正
研究担当 者 :
農研機構 果樹茶業研究部門 果樹品種育成研究領域 上級研究員國久 美由紀
同 基盤技術研究本部 高度分析研究センター 主任研究員田中 福代
青森県産業技術センター りんご研究所品種開発部 主任研究員田沢 純子
広報担当 者 :
農研機構 果樹茶業研究部門 果樹連携調整役藤野 賢治
詳細情報
開発の社会的背景
みつ入りリンゴは、日本を含むアジアの多くの消費者に、おいしい果実である目安として認識されています。一方で、長期保存中にみつ部分が褐変することがあるため、前年に収穫したみつ入りリンゴは翌春以降に販売する長期保存には向かないという欠点もあります。みつの入りやすい品種、入らない品種を計画的に育成できれば、様々な用途向けの品種育成が可能になると期待されます。リンゴの品種開発では、初めて実がなるまで播種から7~8年かかる上に、みつ入りは環境の影響を受けやすく、調査年や調査果実によってみつが現れないことも多々あります。このため、みつの入りやすさを正確に評価するには複数年の調査が必要となり、とても時間がかかります。そこで幼苗の段階で、遺伝的にみつが入りやすいかどうか予測できる手法の開発に取り組みました。
研究の内容・意義
みつ入りの原因ゲノム領域の特定
リンゴの品種や育種実生2) 2,739個体を用いて、みつ入りの有無とゲノム構成との関連をGWAS3) と呼ばれる手法で解析した結果、第14番染色体にみつ入りと強く関連するゲノム領域が検出されました。またこの領域において、みつ入りしやすい祖先品種「デリシャス」に由来するゲノムを持つ場合に、みつ入りする程度が高くなることを確認しました(図1 )。
図1 第14番染色体に検出されたみつ入りと高い関連を示す領域 このゲノム領域が「デリシャス」由来である場合にみつが入りやすくなる。
有力な原因遺伝子候補の絞り込み
検出されたゲノム領域には775の遺伝子が存在しており、どの遺伝子がみつ入りに関与するのか絞り込むため、「デリシャス」の子孫でみつの入りやすい2品種と、みつの入らない2品種の間で、これらの遺伝子の発現を比較しました。異なる品種組合せで2通りの比較を行ったところ、MdSWEET12a という遺伝子のみ、発現量に明確な差が認められたことから、MdSWEET12a がみつ入りの有力な原因遺伝子候補と考えられました(図2 )。
図2 みつの入りやすい品種と入らない品種におけるMdSWEET12a の遺伝子発現
A みつの入りやすい「ふじ」と「はるか」、みつの入らない「国光」と「シナノゴールド」の成熟果実
B みつの入りやすい「ふじ」と「こうたろう」、みつの入らない「ゴールデンデリシャス」と「あおり27」の成熟果実
遺伝子発現量:数値が「1」増えると発現量は2倍、「1」減ると発現量は1/2となる。
箱の上、中、下線は3サンプル(反復)の値を示す。異なる文字間(a, b, c)で、統計的に有意な差がある(p < 0.05)。
ソルビトールの蓄積とみつの発生
MdSWEET12a は糖の輸送を担うタンパク質のひとつをコードする遺伝子で、成熟果実の芯の周辺(みつの発生部位)でのみ発現し、その発現を分子生物学的手法で抑制すると果実に含まれるソルビトール含量が減少することがZhangら(2022)およびNieら(2023)の研究で分かっています。これらのことから、MdSWEET12a の発現は果実でのソルビトール蓄積を促しており、この蓄積がみつの発生を引き起こしていると考えられます。
早期選抜用DNAマーカーの開発
「デリシャス」に由来するMdSWEET12a (以後、MdSWEET12a-D と呼称する。)がみつ入りを誘導する遺伝子であると推定されたため、これを検出するDNAマーカーを開発し、MdSWEET12a-D の有無とみつ入りの関係について158品種・系統を用いて調査しました。その結果、MdSWEET12a-D を持つと判定された36個体のうち32個体(89%)は岩手県盛岡市での調査期間中(平均8年間)に基準以上のみつが観察され、持たないと判定された122個体のうち94個体(77%)は基準に達するみつが観察されませんでした(図3 )。このDNAマーカーにより、「デリシャス」からみつ入りの特性を受け継いだ個体を一定の精度で識別できると考えられます。
図3 品種・系統におけるDNAマーカーの有無とみつ入りの関係
みつ入りの程度は4段階で評価し(1:無、2:少、3:中、4:多)、年次による影響を加味して補正した。
「みつの入りやすい個体」と「みつの入らない個体」の判別基準指数を「1.1」とした。
今後の予定・期待
今後、幼苗段階で、日持ち性など様々なDNAマーカーと併用して育種実生を早期選抜することによって、収穫後早期の消費に適したみつの入りやすい品種や長期保存に適したみつの入らない品種など、リンゴの周年供給の拡大に資する品種を効率的に開発することができるようになると期待されます。また、候補遺伝子の詳細な解析により、みつ入りのメカニズムをさらに詳しく解明することで、栽培環境に左右されず安定的にみつが入る品種を計画的に作出できる可能性があります。一方、リンゴと同じバラ科果樹であるニホンナシやモモにおいては、果実のみつ入りは「みつ症」とよばれ、果実品質を低下させる生理障害として生産現場で問題視されています。特にニホンナシのみつ症は、ソルビトール蓄積に誘発されるリンゴのみつ入りと類似の生理障害と考えられており、「豊水」など、発生しやすい品種があることも明らかになっていますが、遺伝的な原因は分かっていません。本研究で得られた情報をもとに、みつ入りのメカニズムを明らかにすることで、これらのみつ症の解決にもつながることを期待しています。
用語の解説
DNAマーカー
ゲノム上の塩基配列の違いを利用した遺伝解析における目印。育種の選抜に用いるDNAマーカーは、選抜したい特性の原因遺伝子上、またはごく近傍に作成されるため、個体が目的の原因遺伝子を保有するかどうかを識別するための指標となる。[ポイントに戻る]
育種実生
品種開発の過程で、様々な交雑組合せにより得られた種子から生じた後代個体。果樹の交雑育種に取り組む場合、交雑によって得られた、ときに数万個体におよぶ育種実生から優れた性質を持つ個体を選抜して新品種とする。[研究の内容・意義に戻る]
GWAS (Genome Wide Association Study)
多様な来歴の遺伝資源や育種実生などを利用して、解析したい特性とゲノム全体に分布している塩基配列の違いとの関連を統計的に検定することにより、特性に影響を与える遺伝子が含まれるゲノム領域を推定する手法。[研究の内容・意義に戻る]
発表論文
Kunihisa et al. (2024) Susceptibility of apple cultivars to watercore disorder is associated with expression of bidirectional sugar transporter gene MdSWEET12a . Scientia Horticulturae 334: 113297.
https://doi.org/10.1016/j.scienta.2024.113297