プレスリリース
(研究成果) カンキツの高品質果実生産技術「シールディング・マルチ栽培(NARO S.マルチ)」の適用可能な園地が拡大

- 階段畑用「片側S.マルチ」で傾斜地でも利用可能に -

情報公開日:2025年7月29日 (火曜日)

農研機
福岡県農林業総合試験場
熊本県農業研究センター

ポイント

農研機構は、カンキツの高品質果実生産技術である「NARO S.マルチ」を技術改良し、平坦地だけでなく階段畑でも適用可能とした「片側S.マルチ」を開発しました。片側S.マルチは、排水設計された階段畑の園地において、植列の山側のみに専用のNARO S.シートを埋設した上で、地表面をマルチシートで覆う技術です。福岡県農林業総合試験場、熊本県農業研究センターと共同で片側S.マルチの実証試験を行い、樹に適度な乾燥ストレスを与え、従来のシートマルチ栽培と比べて糖度が約2度高い12度以上の高品質果実を安定生産できることを明らかにしました。片側S.マルチは、平坦地向けのNARO S.マルチに比べてNARO S.シートの埋設に係る資材・労力のコストを半減できます。

本成果について、技術の具体的な導入方法と効果をわかりやすく解説した標準作業手順書(SOP)を農研機構のホームページで公開し、実際に片側S.マルチを導入された生産者の声を掲載した動画をYouTube NARO channelで本日7月29日から公開します。

概要

わが国におけるカンキツ類の栽培面積の約6割を占める温州ミカンは、高糖度の果実に対する消費者ニーズが高いことから、多くの産地では選果場の光センサーを用いておおむね糖度12度以上(極早生温州は11度以上)の果実を高品質果実として販売しています。高品質果実は、根の周辺の土壌(根圏土壌)を適度に乾かし、樹にほどよい乾燥ストレス1)を与えることにより生産できます。農研機構はこれまでに、根圏土壌を乾燥させることが難しい平坦地でも安定して品質の高い果実を生産できるシールディング・マルチ栽培(NARO S.マルチ)2)を開発しました(特許第7102010号)。一方で、温州ミカン園は、傾斜地における階段畑3)も多く、このような園地においても雨の多い年や土壌の保水性が高い、あるいは日当たりの悪い園地では安定して高品質果実を生産することは難しいことから、NARO S.マルチを階段畑で利用する方法の開発が望まれていました。

そこで、農研機構は、おもに平坦地向けに開発されたNARO S.マルチ(以降は片側S.マルチと区別するため「標準型S.マルチ」とします)を階段畑用に改良した傾斜地向け「片側S.マルチ」を開発しました(特許第7385319号)。片側S.マルチとは、階段畑の園地において、植列の山側のみに専用のNARO S.シートを埋設した上で、地表面をマルチシートで覆い、根域の水分制御を行う技術です(図1)。効果を得るためには、雨水がマルチシートの上に滞留したり、根圏土壌に入り込んだりしないように排水設計することが必要です。農研機構は、福岡県農林業総合試験場と熊本県農業研究センターと共同で片側S.マルチの実証試験を行った結果、技術を導入した園地の果実は、適度な乾燥ストレスにより、従来技術のシートマルチ栽培4)の果実と比べて糖度が約2度高い12度以上となる高品質果実を安定して生産できることを明らかにしました。片側S.マルチは、平坦地向けの標準型S.マルチと比べてもNARO S.シートの埋設に係る資材と労力は半分になるメリットもあります。

図1片側S.マルチを利用したときの降雨時の水の浸透イメージ
従来のシートマルチ栽培は大雨が降ると地表面マルチシート下の根域にも雨水が浸透するため、樹に適度な乾燥ストレスがかかりにくく、高品質果実の生産が難しいケースがありました。片側S.マルチはNARO S.シートによって根域への雨水の流入を遮断し、また、マルチシートで覆われていない部分への根の伸長も抑えることから、適度な乾燥ストレスがかかりやすく、安定して糖度の高い果実を生産することができます。

本成果について技術の具体的な導入方法と効果をわかりやすく解説した標準作業手順書を農研機構のホームページで公開し、実際に片側S.マルチを導入された生産者の声を掲載した動画を本日7月29日にNARO channel(農研機構YouTubeチャンネル)で公開します(図2)。

(a)

(b)

(c)

図2階段畑用の片側S.マルチを紹介した標準作業手順書とYouTube動画

(a) : 標準作業手順書
(b) : 片側S.マルチのYouTube動画
実際に片側S.マルチを導入された生産者の声を掲載した「美味しいみかん作り」#12
(本日7月29日公開)
(c) : 「美味しいミカン作り」のYouTube動画リスト

関連情報

予算 : 農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術支援センター「戦略的スマート農業技術等の開発・改良」JPJ011397、運営費交付金
特許 : 特許第7385319号(傾斜地向けS.マルチ)、特許第7102010号(平坦地向けS.マルチ)、特許第7530110号(NARO S.シート)

問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 果樹茶業研究部門 所長草塲 新之助
研究担当者 :
同 カンキツ研究領域 上級研究員岩崎 光徳
広報担当者 :
同 研究推進部研究推進室
果樹連携調整役三谷 宣仁

詳細情報

開発の社会的背景

糖度12度以上(極早生温州は11度以上)で程よい酸味の温州ミカンは、高い消費者ニーズがあり、高品質果実とされ、ブランド化して販売されています。

高品質果実は、果実発育期に適度に根の周辺の土壌が乾き、樹体にほどよい乾燥ストレスが付与されることにより生産されます。この仕組みを利用して生産現場では、樹冠下の地表面を防水性のマルチシートで被覆して雨水を遮断するシートマルチ栽培が普及しています。しかし、地表面がマルチシートで被覆されていない部分から根圏土壌に雨水が流れ込みやすい形状の園地や、樹冠拡大とともにマルチシートで被覆されていない部分に根が伸びた園地では、樹に十分な乾燥ストレスが与えられず、高品質果実が生産できない事例が多く見受けられます。また、近年は温暖化の影響により大雨および短時間強雨の発生頻度が増加しており、極端な降雨はマルチ下土壌への雨水浸透を招きます。今後も雨の降り方は極端になる傾向が続くと予想されることから、シートマルチ栽培による高品質果実生産はこれまで以上に難しくなると考えられます。

研究の経緯

農研機構は、シートマルチ栽培の問題点を解消するため、実用性が高く、より安定して高品質果実を生産できる技術としてNARO S.マルチ(標準型 S.マルチ)を開発しました。標準型S.マルチは、排水設計した園地に、植列を囲むように専用のNARO S.シート(商品名 : S.シート+, 販売者 : 日本園芸農業協同組合連合会および(株)エーワン新潟)を地中に埋設したうえで、地表面をマルチシートで覆う技術です。これにより、雨水が根域へ流入することや、マルチシートで覆われていない部分への根の伸長を防ぐことで、確実な乾燥ストレスを付与します。

標準型S.マルチは、おもに平坦地向けに開発した技術です。一方で、温州ミカン園は傾斜地でも多く栽培されており、山の勾配が5~15°の園地は34%、15°以上の園地は44%となっています(農林水産省生産局果樹花き課, 果樹農業に関する資料, 平成14年)。勾配のある園地は、土壌流亡を抑制し、作業性を良くするために階段畑の形状で栽培するケースが多く、形状は法面のある階段畑と石垣階段畑に大別されます。これらの階段畑においても、平坦地と同様にシートマルチ栽培が普及していますが、①雨水が山の勾配に沿ってマルチ下に流れ込みやすいこと、②通路を含むテラス面が比較的フラットなため根域に水が浸透しやすいこと、③樹冠拡大にともない根がマルチシートで覆われていない部分に伸長すること、によって糖度が十分に上がらないケースがありました。そこで、農研機構は、標準型S.マルチを階段畑向けの技術として最適化するために改良を行い、福岡県農林業総合試験場と熊本県農業研究センターと共同で実証試験に取り組みました。

開発した技術の内容・効果・特徴

農研機構は、排水設計された階段畑の園地においてNARO S.シートを植列の山側のみに埋設した上で、地表面をマルチシートで覆う「片側S.マルチ」を開発しました。片側S.マルチの導入方法は、山の勾配の強さと園地形状によって法面のある階段畑と石垣階段畑に分けられます(表1)。効果を得るためには、雨水がマルチシートの上に滞留したり、根圏土壌に入り込んだりしないように排水設計することが必要です。

表1山の勾配別に推奨する片側S.マルチの導入方法

(注1) 山の勾配が6°未満の場合は、技術の導入に必要な最低限のテラス幅と法面水平長としても導入のポイントである法面の高さ500 mm以上を確保することができません。また、山の勾配が12°以上は、法面が急勾配となるため、土壌の浸食と安全面を考慮して推奨範囲外としました。

(注2) 山の勾配が8°未満の場合は、技術の導入に必要な最低限のテラス幅としても導入のポイントである石垣の高さ500 mm以上を確保することができません。

(注3) 望ましくは600 mm以上が適しています。法面の高さや石垣の高さが500 mmを下回る場合は、法面側や石垣側にもNARO S.シートを埋設します。

技術の留意点としては、樹に過度の乾燥ストレスが付与されると、小玉で酸度の高い果実が生産されることが挙げられます。そのため、過度な乾燥ストレスを緩和するためにかん水設備の導入を推奨しています。具体的な導入方法や栽培管理方法については、標準作業手順書をご参照ください(図2)。

温州ミカンでは、増糖効果の高い乾燥ストレス時期は7~9月で、適度な乾燥ストレスは、葉内最大水ポテンシャル5)を指標とした場合-0.7~-1.0 MPaとされています。

法面のある階段畑については、2021年より福岡県農林業総合試験場と共同で、試験場内のほ場にて、3年間実証試験を行いました(写真1)。片側S.マルチを用いて栽培した樹の乾燥ストレスは、3か年とも7月下旬には葉内最大水ポテンシャルで-0.7~-1.0 MPaに達し、かん水チューブを用いたかん水によりその値を維持できました。一方で、従来のシートマルチ栽培をした樹の乾燥ストレスは、-0.3~-0.4 MPa と不足していました。片側S.マルチを用いて栽培した果実の収穫期糖度は、3年連続で従来のシートマルチ栽培に比べて約2度高い13度以上となり、高品質果実が生産できました(図3)。また、植列を囲む標準型S.マルチを用いて栽培した果実と比べても品質向上効果にそん色はありませんでした。

写真1法面のある階段畑に片側S.マルチを導入した様子

2021年に福岡県農林業総合試験場内ほ場に植栽された16年生カラタチ台「北原早生」の園地に導入しました。
左 : 植列の山側にバックホーで溝を掘り、NARO S.シートを埋設している様子(6月)
中央 : NARO S.シートの埋設後の様子(6月)。このあと、6月下旬から収穫まで地表面をマルチシートで被覆しました。
右 : 収穫期の様子(10月)

図3法面のある階段畑における片側S.マルチが収穫期の果実糖度に及ぼす影響

16年生カラタチ台「北原早生」を使用(2021年時点)
同一年の栽培方法の間で、異なるアルファベットは5%水準で有意差あり(Tukeyの多重検定,n=5~6)。
2022年は、記録的な干ばつ年だったことから、従来のシートマルチ栽培においても高品質果実の糖度基準である12度を上回りましたが、片側S.マルチはさらに2.5度高い約15度の果実を生産しました。

石垣階段畑については、2022年より熊本県農業研究センターと共同で、熊本市河内町の生産者ほ場にて、3年間実証試験を行いました(写真2)。片側S.マルチを用いて栽培した樹の乾燥ストレスは、前述と同様に、葉内最大水ポテンシャルを指標にしたところ、3か年とも7月下旬までに、-1.0 MPa前後の適度な乾燥ストレス状態となり、かん水チューブを用いたかん水により状態を維持できました。一方で、従来のシートマルチ栽培をした樹の乾燥ストレスは、-0.6 MPa前後と不足していました。片側S.マルチを用いて栽培した果実の収穫期糖度は、3年連続で従来のシートマルチ栽培に比べて1.5~2度高い12度以上となり、高品質果実が生産できました(図4)。

片側S.マルチの特徴は、

① 傾斜地に多い階段畑に最適化したNARO S.マルチ技術の一種で、高品質果実を安定して生産できます。

② 標準型S.マルチに比べて、NARO S.シートの埋設に係る資材と労力のコストを半減できます。
(参考)
片側S.マルチのNARO S.シートの資材費 : 約12万円/10a
標準型S.マルチのNARO S.シートの資材費 : 約24万円/10a

これに加えて、標準型S.マルチと同様に

③ 雨の多い年や保水性の高い土壌においても安定して高品質果実を生産できます。

④ すでに樹が植栽されている園地でも導入が可能です。

⑤ 通路幅を確保していればスピードスプレーヤー6)などの機械管理ができ、大規模化にも適しています。

⑥ 樹勢の低下など樹の生育に支障がありません。

本成果について技術の概要と実証事例をわかりやすく解説したSOP(標準作業手順書)を農研機構のホームページで公開しています。また、実際に片側S.マルチを導入された生産者の声を掲載した動画をNARO channel(農研機構YouTubeチャンネル)で本日7月29日より公開しています。

カンキツの高品質果実安定生産技術シールディング・マルチ栽培(NARO S.マルチ)標準作業手順書(農研機構果樹茶業研究部門刊、2025年1月)
https://sop.naro.go.jp/document/detail/163

美味しいみかんを作る!~傾斜地向け片側S.マルチ【導入編】~(NARO channel(農研機構YouTubeチャンネル))
https://youtu.be/n1xZyZ2qEbo

写真2石垣階段畑に片側S.マルチを導入した様子

2022年に熊本市河内町の生産者の園地に植栽された16年生カラタチ台「肥後早生」の園地に導入しました。
左 : 植列の山側にNARO S.シートを埋設した後の様子(3月)。 1 tクラスのミニバックホーで、主幹から約1.5 mの位置にNARO S.シートを埋設した後の様子。このあと、7月から収穫まで地表面をマルチシートで被覆しました。 右 : 収穫期の様子(10月下旬)

図4石垣階段畑における片側S.マルチが収穫期の果実糖度に及ぼす影響

16年生カラタチ台「肥後早生」を使用(2022年時点)
図中の**は1 %水準で有意差あり(t検定, 2022年:n=4, 2023・2024年:n=3)

今後の予定・期待

片側S.マルチは、階段畑においてこれから高品質果実生産を行いたい生産者や、これまでシートマルチ栽培を行ったものの十分な効果が得られなかった生産者も活用可能です。推奨する品種は、すべての温州ミカン品種と高品質果実生産が望まれる「はれひめ」や「みはや」などの中晩生カンキツです。片側S.マルチを含むNARO S.マルチの普及拡大により、高品質果実の生産量が増えることで、国内消費の拡大だけでなく輸出拡大にも繋がることが期待されます。

用語の解説

乾燥ストレス
土壌が乾燥し、樹が水分不足の状態になることを表します。温州ミカンなどのカンキツ類は、夏から秋にかけて適度な乾燥ストレスが付与されると、細胞内の浸透圧を高める働き(浸透圧調整)と果実が小玉化することによる成分の濃縮により果汁の糖濃度が高くなります。 [概要へ戻る]
シールディング・マルチ栽培(NARO S.マルチ)
農研機構が開発したカンキツの高品質果実安定生産技術です。排水設計した園地において、専用のNARO S.シートを園内に埋設したうえで地表面をマルチシートで覆います。従来のシートマルチ栽培の問題とされている雨水の根域への流入や、マルチシートで覆われていない部分への根の伸長を防ぐことで、樹に確実な乾燥ストレスを付与し、高品質果実の安定生産を可能にします。 [概要へ戻る]
階段畑
段々畑とも呼ばれ、傾斜地において等高線に沿って平坦なテラスを形成した園地です。土壌流亡を防ぐとともに、作業面に優れます。温州ミカンの階段畑は平坦地と同様にシートマルチ栽培が普及していますが、雨水が根域に流入することと、根が通路に伸長することにより品質向上効果が不安定でした。 [概要へ戻る]
シートマルチ栽培
温州ミカンのシートマルチ栽培は、高品質果実の生産を目的に、樹の周辺土壌を防水性のシートで覆い、雨水が根域に入らないようにすることで、樹に乾燥ストレスを付与する技術です。マルチシートで覆われていない部分から根圏土壌に雨水が流れ込みやすい地形の園地や、樹冠拡大とともにマルチシートで覆われていない部分まで根が伸びた園地では、十分な乾燥ストレスを与えられない問題があります。 [概要へ戻る]
葉内(ようない)最大水ポテンシャル
葉内水ポテンシャルは、植物が葉内に水分を保持している力の強さを表し、樹に乾燥ストレスが付与されるとマイナスの値が大きくなります。カンキツの乾燥ストレスの指標として使われる葉内最大水ポテンシャルは、深夜から未明にかけて樹の水分状態が安定したときに測定される葉内水ポテンシャルです。例えば、早生温州ミカンでは、7~9月のあいだに葉内最大水ポテンシャルが-0.7~-1.0 MPa程度を推移することで糖度の高い果実が生産されます。 [開発した技術の内容・効果・特徴へ戻る]
スピードスプレーヤー
走行しながら薬剤を散布することができる農業用機械。主に果樹園の病害虫防除に利用されています。大規模な園地で導入が進み、防除作業の時間短縮に貢献しています。 [開発した技術の内容・効果・特徴へ戻る]

発表論文等

松下竜一、佐藤景子、朝隈英昭、岩崎光徳. 法面のある階段畑におけるウンシュウミカンの高品質果実生産'シールディング・マルチ栽培'(NARO S.マルチ)の有効性と技術改良. 園芸学研究. 24巻1号. 97-103. 2025年1月15日. DOI:10.2503/hrj.24.97
坂本節、岩崎光徳、川端義実、北村光康. 石垣園におけるウンシュウミカンの高品質果実生産技術'シールディング・マルチ栽培'の有効性と技術改良. 24巻3号. 211-219. 2025年7月15日.

研究担当者の声

果樹茶業研究部門 カンキツ研究領域
上級研究員岩崎光徳

たくさんの方に果物を食べたとき「美味しい。もっと食べたい。」と思っていただけるように、そして、そのような果物を手ごろな価格で購入できるようにすることが目標です。