プレスリリース
(研究成果) 黒星病に強いナシ品種づくりをDNAマーカーで効率化!

- 持続的なニホンナシ安定生産に貢献する品種の育成へ -

情報公開日:2026年2月 3日 (火曜日)

農研機
かずさDNA研究所

ポイント

農研機構はかずさDNA研究所と共同で、ニホンナシの主要病害「黒星病」に対する抵抗性遺伝子の塩基配列を、ナシ属として初めて明らかにしました。これまで、この遺伝子は在来品種「巾着」に由来すると考えられていましたが、最新のゲノム解析により、野生種のウスリーナシが起源であることが判明しました。さらに、ウスリーナシ1)に特有の塩基配列情報をもとに、黒星病抵抗性個体の選抜に有効な高精度DNAマーカー2)を開発しました。高精度マーカーは、黒星病抵抗性品種の効率的な育成のツールとして、全国のナシ育種を実施している機関において広く活用されることが期待されます。また、農研機構では、由来が異なる複数の抵抗性遺伝子をナシ個体に集積することで、環境や病原菌の変異による抵抗力の低下(抵抗性の崩壊)にも対応し、抵抗性が長く持続するニホンナシ品種の育成を目指します。

概要

ニホンナシの黒星病は、果実の品質や収量に大きな影響を与える重要な病害であり(図1A)、多発すると甚大な被害をもたらし、収益に大きな影響を与えます。さらに、防除には年間複数回の薬剤散布や落葉処理が必要であり、産地にとって大きなコスト負担となっています。近年、薬剤耐性をもつ黒星病菌の出現や気候変動の影響により、従来の防除方法では十分な対応が困難となっており、抵抗性品種の育成が強く求められています。ニホンナシの在来品種「巾着」(図1B)は黒星病に対して強い抵抗性を示すことから、本品種やその後代系統を用いて、これまでに「ほしあかり」(図1C)などの抵抗性品種が育成されてきました。抵抗性品種育成のための効率的な個体の選抜には、抵抗性遺伝子を持っていることの目印となるDNAマーカーの利用が有効ですが、本抵抗性に関連する既存のDNAマーカーは抵抗性遺伝子から離れた位置に設計されていたため精度が低いという課題があり、抵抗性に関与する遺伝子そのものを特定して精度を高める必要があります。

本研究では、黒星病抵抗性に関与する遺伝子Rvn13)の染色体上の正確な位置とその塩基配列を決定しました。また、塩基配列情報から、この遺伝子は病原菌が分泌する酵素に反応して、植物の防御応答を活性化するタイプの遺伝子であることがわかりました。さらに、抵抗性遺伝子周辺の塩基配列の由来を明らかにすることにより、この遺伝子はニホンナシが元々持っていたものではなく、主に中国北部と日本の東北地方や甲信地方に分布する野生のウスリーナシ(図1D)とニホンナシとが交雑したことによってニホンナシに導入された遺伝子であることが判明しました。抵抗性遺伝子の位置、塩基配列およびその由来が明らかになったことにより、抵抗性遺伝子近傍のウスリーナシに特有の塩基配列を利用したDNAマーカーを開発することに成功しました。これにより、抵抗性遺伝子を有する個体を迅速かつ確実に選抜することが可能となり、品種育成の効率化につながります。さらに、この成果は、今後セイヨウナシやチュウゴクナシ由来の他の抵抗性遺伝子と組み合わせることで、複数の抵抗性遺伝子を集積した持続的な抵抗性を有する品種の育成を加速する基盤となります。農研機構はRvn1の育種利用をさらに進めるとともに、DNAマーカーの活用により由来の異なる抵抗性遺伝子を集積して、病原菌の変異にも対応する持続的な黒星病抵抗性を有する品種の育成を通して、持続可能な農業の実現を目指し、果実の安定供給に貢献します。

図1(A)黒星病の発生した果実(幼果)、(B)ニホンナシ在来品種「巾着」、(C)黒星病抵抗性品種「ほしあかり」、(D)日本に自生するウスリーナシ
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 果樹茶業研究部門 所長草塲 新之助
研究担当者 :
同 果樹品種育成研究領域 上級研究員西尾 聡悟
同 果樹品種育成研究領域 研究員竹内 由季恵
広報担当者 :
同 果樹連携調整役三谷 宣仁

詳細情報

開発の社会的背景

現在、生産者の減少に伴ってニホンナシの生産量は急激に減少しており、供給量の維持が課題となっています。ニホンナシの主要病害である黒星病(病原菌Venturia nashicola)は、果実の品質低下および収量減少を引き起こす深刻な病害であり、多発すると甚大な被害をもたらし、収益に大きな影響を与えます。2015年には国内の一部の地域において日本でもっともシェアの高い「幸水」の約50%が被害を受けるなど、気象条件によっては極めて深刻な被害をもたらします。近年では、薬剤耐性をもつ黒星病菌の出現や気候変動による発病リスクの増加が課題となっており、薬剤散布の増加による農家の負担も課題となっています。そのため、黒星病に対して抵抗性を持つ品種の育成は、持続可能なニホンナシ生産を行ううえで極めて重要です。一方、永年性植物である果樹は、一年生作物と異なり、苗木定植から結実まで長い年数を要し、成園化後も20年以上同じ樹で栽培を続けることから品種の更新は容易ではありません。一種類の抵抗性遺伝子だけを持つ品種では、年数の経過に伴う環境や病原体の変化により抵抗力が失われる(抵抗性の崩壊)可能性があります。そこで、抵抗性の持続性を高めて果実生産を安定化するために、由来の異なる複数の黒星病抵抗性遺伝子を集積した品種の育成が不可欠です。

研究の経緯

農研機構のナシ育種は1935年より開始されており、当初は果実品質の向上に重点をおいて取り組んできました。その後、「幸水」や「豊水」といった品質が優れた品種の育成と普及が進んだことから、1980年代からナシの主要病害である黒星病に対する抵抗性品種の育成についても、取り組みを開始しました。抵抗性を有するナシの育種素材として、抵抗性遺伝子Rvn1を持つニホンナシ在来品種「巾着」のほか、Rvn2を持つセイヨウナシ「バートレット」「ラ・フランス」、Rvn4を持つチュウゴクナシ「紅梨(ホンリー)」などが報告されています。これらの抵抗性遺伝子に連鎖するDNAマーカーが開発され、育種現場で活用されていますが(図2)、塩基配列や機能については未解明です。この中で「巾着」由来のRvn1を利用した育種では、在来品種「巾着」の系統が他の抵抗性素材系統よりもニホンナシの評価基準で評価した際の果実品質が優れていたため、抵抗性と高果実品質をあわせもつ系統の選抜が順調に進み、2015年に黒星病抵抗性品種「ほしあかり」を育成しました。しかし、従来のDNAマーカーはRvn1から離れた位置に設計されていたため精度が十分でなく誤判定が生じる可能性があり、Rvn1を利用した育種を継続する上で選抜効率に課題がありました。今後、抵抗性の仕組みが異なる複数の黒星病抵抗性遺伝子を集積することで、より持続的な病害抵抗性を持つ品種の育成を進めるためには、各抵抗性遺伝子の由来や種類を明らかにすることが不可欠です。そこで本研究では、DNAマーカーの精度が不十分なRvn1について、塩基配列を決定し高精度DNAマーカーを開発しました。

図2ニホンナシ黒星病に対する抵抗性遺伝子の染色体上の位置 農研機構が有する黒星病抵抗性のナシ遺伝資源には、少なくとも4つの抵抗性遺伝子が存在することが明らかになっており、このうちRvn1Rvn2Rvn4は、それぞれ第1染色体、第2染色体、第7染色体に位置します。これらの遺伝子のDNAマーカーは開発されていましたが、抵抗性遺伝子の塩基配列そのものは明らかになっていませんでした。本研究では、Rvn1の塩基配列を明らかにするとともに高精度DNAマーカーを開発しました。

研究の内容・意義

  • 黒星病に対する抵抗性の有無が分かれる4,000本以上のナシ苗と多数のDNAマーカーを利用して、Rvn1の染色体上の正確な位置を特定し、その塩基配列を決定しました。塩基配列の情報から、Rvn1は病原菌が分泌する酵素に反応して植物の防御応答を活性化するタイプの遺伝子(病原菌が分泌し植物の細胞壁成分を分解するキシラナーゼに反応する植物のタンパク質エチレン誘導性キシラナーゼ受容体4))であり、植物の病害抵抗性遺伝子のおよそ半数を占めるNBS-LRR5)型遺伝子とは異なることを明らかにしました。本研究によりこのタイプの遺伝子が特定の病害に対する抵抗性遺伝子であることをナシ属で初めて明らかにしました。
  • Rvn1近傍の塩基配列を用いて他のナシ属遺伝資源の遺伝的構造を比較することにより、Rvn1は元々ニホンナシに存在していたものではなく、野生のウスリーナシに由来することが明らかになりました。在来品種「巾着」は全体としてニホンナシの遺伝的構造と一致していますが、Rvn1周辺領域にはウスリーナシの特徴が残されており、このことは、何世代もかかって「巾着」が成立する過程で、過去にウスリーナシとの交雑があったことを示しています(図3)。
図3ナシの種類別の全ゲノムおよびRvn1近傍領域の遺伝的構造解析6) 全ゲノムを対象とした場合、遺伝的構造はニホンナシ(橙色)、チュウゴクナシ(青色)、ウスリーナシ(緑色)、セイヨウナシ(赤色)に分かれます。一方で、Rvn1の近傍領域を対象とすると、ニホンナシ在来品種では「巾着」のみがウスリーナシの遺伝的構造を持つことから、「巾着」が有するRvn1遺伝子はウスリーナシ由来であることが示唆されます。
  • Rvn1近傍のウスリーナシに特有の塩基配列をもとに、Rvn1と極めて強く連鎖しているために誤判定の危険性が少なく、Rvn1を有する個体を高精度に選抜可能なDNAマーカーを新たに開発しました。これにより、黒星病抵抗性品種の育成を加速し、さらに、異なる抵抗性遺伝子を集積した品種育成にもつながると期待されます。

今後の予定・期待

本研究で開発したRvn1の高精度DNAマーカーを利用して、今後も黒星病抵抗性品種の育成を進めます。特に、現在広く栽培されている早生品種「幸水」は黒星病に非常に弱いため、同時期に収穫できる抵抗性品種の育成が喫緊の課題です。本研究で開発したマーカーを利用することで、従来よりも正確な個体選抜が可能となり、こうした最優先課題に対する品種育成の効率が飛躍的に高まります。本研究で開発したDNAマーカーはナシの品種育成の基盤的な技術になっており、農研機構の育種集団の約8割は本マーカーを用いた選抜を実施しています。今後、全国の育種機関でもこのDNAマーカーを活用することで、黒星病に強いナシ品種の育成が促進されます。さらに、セイヨウナシ「ラ・フランス」(Rvn2)やチュウゴクナシ「昌渓梨」(Rvn7)由来の抵抗性遺伝子についても育種に利用できるようにするための研究を進めており、将来的にはこれらの遺伝子を組み合わせることで、病原菌の変異にも対応可能な、長期的に安定した抵抗性を示す品種の育成を目指していきます。複数の抵抗性遺伝子が集積した個体を観察によって識別することは困難であるため、本研究で開発したDNAマーカーの活用は必須となります。

黒星病に強いナシ品種が育成され普及が進めば、黒星病の被害の軽減による生産性の向上や農家の殺菌剤散布の負担軽減が期待できます。すなわち、病害による減収、頻繁な薬剤散布といった栽培管理コストの増加のリスクを低減し、生産の安定化やコスト削減に寄与します。品種を始めとする今後の研究開発を通じて、私たちは持続可能な農業の実現を目指し、消費者への果実の安定供給に貢献します。

用語の解説

ウスリーナシ:
学名はPyrus ussuriensis Maxim.で、中国北部と極東ロシアおよび日本の関東以北から東北地方に分布する野生のナシです。日本には変種であり、山梨県と長野県に分布するアオナシ(P. ussuriensis var. hondoensis)および東北地方に分布するイワテヤマナシ(P. ussuriensis var. aromatica)が存在します。 [ポイントへ戻る]
DNAマーカー:
ゲノム上の塩基配列の違いを利用した遺伝解析における目印。育種の選抜に用いるDNAマーカーは、選抜したい特性の原因遺伝子上、またはごく近傍に作成されるため、個体が目的の原因遺伝子を保有するかどうかを識別するための指標となる。 [ポイントへ戻る]
Rvn1:
在来品種「巾着」が持っている、黒星病菌に対する抵抗性遺伝子。本研究において「巾着」の祖先に野生のウスリーナシが含まれており、本抵抗性遺伝子はウスリーナシに由来することがわかりました。本稿では遺伝子をRvn1Rvn2のように斜体で表記しています。 [概要へ戻る]
エチレン誘導性キシラナーゼ受容体:
植物における病害抵抗性の誘導に関与する受容体様タンパク質群の一部であり、病原菌由来のキシラナーゼ(植物細胞壁の主要成分であるヘミセルロースの一種「キシラン」を分解する酵素)に応答して過敏感反応(HR:感染部位周辺の細胞が自発的に死滅(壊死)することで、病原体の拡散を防ぐ反応)を誘導し、植物の防御応答を活性化することが知られています。トマトで本タンパク質の解析が進められていますが、ナシにおいては防御応答に関する詳細な機能はまだ明らかになっていません。 [研究の内容・意義へ戻る]
NBS-LRR:
植物がウイルスや細菌、真菌などの病原体を認識し、免疫反応を開始するために重要な役割を担うタンパク質です。このタンパク質は、防御システムを起動するNBS(Nucleotide-Binding Site)と、病原体の特徴を認識するLRR(Leucine-Rich Repeat)という2つの特徴的な構造を持っています。病害抵抗性遺伝子の中でも、NBS-LRR型遺伝子は最も多く存在するタイプです。同じバラ科のリンゴでは、リンゴ黒星病の抵抗性遺伝子の1つはNBS-LRR型遺伝子であることが明らかになっています。 [研究の内容・意義へ戻る]
遺伝的構造解析:
DNA解析により集団の先祖集団を推定し、個体およびグループへの先祖集団の寄与率を推定する手法です。本研究では、「巾着」の抵抗性遺伝子周辺のゲノムがウスリーナシの遺伝的構造を持つことが明らかになりました。 [図3へ戻る]

発表論文

Nishio et al. "Pear scab resistance gene Rvn1 from Ussurian pear is located in a cluster of receptor-like protein ethylene-inducing Xylanase (EIX) genes." BMC Plant biology 25 (2025) : 1191.
DOI : 10.1186/s12870-025-07209-y

Takeuchi et al. "Validation of Molecular Markers Linked to Scab Resistance Genes Derived from Different Pear Species for Pyramiding in Japanese Pear" The Horticulture Journal 94 (2025) : 138-147.
DOI : 10.2503/hortj.SZD-020

研究担当者の声

果樹茶業研究部門 果樹品種育成研究領域
上級研究員西尾 聡悟

農研機構において黒星病抵抗性の研究は1980年代からチーム一丸となって取り組んできました。出発点となった在来品種「巾着」は、現在の品種と比べて果肉が硬く、ジャリジャリとした食感が特徴で、現代の消費者ニーズには合わない品質でしたが、「巾着」が野生種のウスリーナシ由来のRvn1を持っており、「巾着」からRvn1を導入できたことがナシ育種を大きく前進させる鍵となりました。

今回の技術開発により、生産者の皆様が求める抵抗性品種の選抜を、これまで以上に確実かつ効率的に進めることができるようになりました。今後も、品種育成に直結する技術開発とそれらを活用した魅力ある新品種の育成に邁進したいと考えております。