プレスリリース
鳥類の遺伝資源の効率的な保存・復元方法を開発

- 絶滅危惧種などの希少な鳥類を未来へ繋ぐ -

情報公開日:2010年12月10日 (金曜日)

国立大学法人 信州大学 農学部 共同発表

ポイント

  • ニワトリなど鳥類の遺伝資源の新しい保存方法を開発
  • ふ化途中の受精卵を生かしたまま、そこから精子や卵子の元となる細胞(始原生殖細胞)を採取すると同時に、ふ卵を継続させて成鳥を得ることに成功
  • この方法を用いて採取した天然記念物・岐阜地鶏の始原生殖細胞を代理親となる白色レグホーン種の受精卵に移植し、生育した代理親同士の交配により岐阜地鶏を復元することに成功
  • 限られた数の貴重な胚を最大限に活用した遺伝資源の保存が可能になり、家禽だけでなく絶滅危惧種などの希少な鳥類の保存への応用に期待

概要

  • 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という。)畜産草地研究所【所長 松本光人】と国立大学法人 信州大学 農学部【学部長 中村宗一郎】の共同研究チームは、ニワトリなど鳥類の遺伝資源の新しい保存方法の開発に成功しました。
  • 発生途中のニワトリの胚から精子や卵子の元となる細胞(始原生殖細胞)を採取して凍結保存することで遺伝資源を恒久的に保存する方法はこれまでもありましたが、細胞採取後の胚は損傷が大きいことなどにより、ふ卵を続けることが困難でした。今回開発した方法は、鳥類の始原生殖細胞が一時的に胚の血液中を循環するという特性に着目し、ニワトリの胚を生かしたまま血液を採取し、始原生殖細胞を分離して凍結保存を行うとともに、細胞を採取した後の胚をふ卵器に戻してふ化させ生体としても維持継代するというものです。今回の研究では、保存した岐阜地鶏の始原生殖細胞を移植した代理親および生体を利用して、岐阜地鶏を復元することにも成功しました。
  • 岐阜地鶏を含む日本鶏では、季節繁殖性を有するものもあり、受精卵採取の機会や数が制約されています。今回開発した手法は、始原生殖細胞を血液から採取することで胚へのダメージを極力減らすことができるため、ふ化させることが可能になり、細胞の採取と引き替えに貴重な受精卵が損失することを防げます。このため、限られた数の受精卵を最大限に活用でき、家禽のみならず絶滅危惧種や希少な鳥類の新規保存法の基盤として期待されます。

予算:交付金(基盤研究費)

農業生物資源ジーンバンク事業(委託研究費)


詳細情報

社会的背景

現在、鳥類の遺伝資源は生体として維持されているため、高病原性鳥インフルエンザに代表される重篤な伝染病の発生などにより、品種や系統が根絶してしまう恐れがあります。また、世界レベルで嗜好や食べ方の均質化が進んだことにより、家禽として用いられる品種・系統が画一化し、生物多様性が失われつつあります。食料資源としての家禽品種の画一化が進んでしまうと、将来的に疾病や地球環境の変化に対応できなくなってくることが懸念されます。マウスや一部の家畜では、細胞の凍結技術を応用し、胚を超低温下で凍結保存することで、遺伝資源を半永久的に保存することが可能になっています。しかし、鳥類の胚は大きな卵黄を持つことから、現在の技術では凍結保存することができません。そこで、鳥類ではニワトリを中心に、精子や卵子の元となる始原生殖細胞を凍結保存し、将来代理親となる宿主胚へ移植することで、凍結保存した始原生殖細胞に由来する機能的な精子あるいは卵子を生産させる技術が開発されています。

研究の経緯

始原生殖細胞は胚発生の初期に存在する少数の細胞であり、その採取にはふ卵中の受精卵を割って発生中の胚を取り出す必要があります。そのため、始原生殖細胞を採取する代償として、本来ならふ化する可能性のある胚を損失するという問題がありました。特に、受精卵の採取の機会や数に制約のある絶滅危惧種など希少鳥類へこの技術を応用することは極めてリスクが高いと考えられていました。今回の研究は、始原生殖細胞が発生の一時期に血流中を循環するという鳥類に特徴的な性質に着目し、この時期の血液から始原生殖細胞を分離して凍結保存すると同時に、採血した胚自体もふ化させ、生体として維持することで、受精卵を最大限に有効活用する方法を開発したものです。

研究の内容・意義

本研究では、茨城県から提供を受けた岐阜地鶏の受精卵を用いて、始原生殖細胞を採取・凍結保存すると同時に採取元となった胚をふ化させることで生体として維持しました。続いてこれらの保存した遺伝資源を利用して岐阜地鶏を復元しました(図1)。復元に用いた代理親や復元された岐阜地鶏の写真が一連の成果を発表した学術誌(Reproduction, Fertility and Development (2010年10月8日号) )(図2) の表紙に掲載されました。

1.始原生殖細胞の採取・凍結保存と採取元となった胚のふ化

約2日間ふ卵した岐阜地鶏の胚88個から採血し、血液中から分離した始原生殖細胞4662個を液体窒素中で凍結保存しました。採血した胚を継続してふ卵した結果、88個中25個がふ化し(28.4 %)、うち12羽が性成熟しました(13.6 %)。性成熟した個体(図3)は通常の岐阜地鶏と同等の繁殖能力を有していることを確認しました。

2.始原生殖細胞と生体保存した個体を利用した岐阜地鶏の復元

6ヶ月以上凍結保存した岐阜地鶏の始原生殖細胞4662個のうち、2270個が融解後に回収され(回収効率48.7 %) (図4)、これらの細胞を82~127個ずつ約52時間ふ卵した白色レグホーン種の胚の血流中へ移植しました。移植を行った24個の胚から18個がふ化し(75 %)、うち15羽が性成熟しました(63.5 %)。これらの宿主(岐阜地鶏の生殖細胞を持った白色レグホーン種)を採血後の胚から育てた岐阜地鶏個体と交配した結果、得られた1726羽の後代のうち207羽が遺伝的に純粋な岐阜地鶏でした(12.6 %)。また、代理親同士を交配することで得られた200個の受精卵から6羽の岐阜地鶏を復元することに成功しました(復元効率3 %) (図2)。

今後の予定・期待

本保存方法はニワトリ以外の家禽や、受精卵採取の機会や数に制約のある絶滅危惧種などの希少鳥類へ応用することが可能であり、新たな遺伝資源の保存法として生物多様性の維持に貢献することが期待されます。

しかしながら、今回岐阜地鶏の始原生殖細胞を移植した代理親の白色レグホーン種は白色レグホーン種の自身の生殖細胞と岐阜地鶏の生殖細胞の両方を持つため、代理親同士の交配による後代には岐阜地鶏、白色レグホーン種およびこれらの雑種が混在しています。そのため、保存した細胞からの岐阜地鶏の復元率は、まだまだ高いとは言えません。

そこで、私たちは宿主胚の始原生殖細胞をほぼ完全に除去する方法を開発しました(詳細は http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/press/files/biolreprod83.pdf を参照)。この方法を用いて作製した代理親の生殖細胞は、平均99%以上が移植細胞由来となっており、ほぼ完全に生殖細胞が入れ替わっています(この新しい代理親作製方法は2010年7月にBiology of Reproduction誌に発表されました)。今後、この新しい代理親作製法を応用することにより、細胞からの遺伝資源保存・再生技術がさらに向上することが期待されます。

用語の解説

岐阜地鶏
有史以前から我が国に存在していたニワトリの子孫である「地鶏」の一つとして、岐阜県郡上八幡周辺で飼育されていた鶏の品種。昭和16年に地鶏として国の天然記念物に指定されています。
主として食用を目的とした鶏の品種においても地鶏という名称が用いられることがありますが、これは日本農林規格(JAS)によって定義される国産銘柄鶏のうち、少なくとも片親が在来種(明治時代までに国内で成立、または導入されて定着した鶏の品種)由来の品種のことを指します。
始原生殖細胞
精子あるいは卵子の元になる細胞。胚発生の極めて初期にのみ存在し、生殖巣へ移動した後に分化を開始します。
宿主胚の始原生殖細胞を除去する方法
アルキル化剤の一種であるブスルファンは、始原生殖細胞を含む幹細胞に対して選択的毒性を有します。ブスルファンを溶解した乳化液を将来代理親となる受精卵の卵黄中へ注入することで、代理親になる胚自身が持つ始原生殖細胞を除去することが可能です。始原生殖細胞を除去した胚へドナーとなる始原生殖細胞を移植することで、ドナーに由来する機能的な精子あるいは卵子だけを生産させることに成功しました。この技術を応用することで、凍結保存した始原生殖細胞に由来する個体のみを復元することが可能になると期待されます。


図1.採取元を温存した始原生殖細胞の採取・凍結保存と岐阜地鶏の復元


図2.代理親(白色)同士の交配により復元された岐阜地鶏(茶色)
(Reproduction, Fertility and Development (2010年10月8日号)の表紙として掲載された)


図3.始原生殖細胞の採取後も生体として維持された岐阜地鶏


図4.凍結融解後に回収された岐阜地鶏の始原生殖細胞