開発の社会的背景と研究の経緯
わが国の畜産は家畜飼料の多くを輸入原料に依存しています。このため、国産飼料に立脚した畜産への転換をめざし、水田や耕作放棄地などの有効活用等による国産飼料の生産・利用の拡大が図られています。これらの取り組みの一環として、近年、水田や耕作放棄地を利用した家畜の放牧が拡がってきています。
水田放牧や耕作放棄地放牧では、家畜の飲水確保が必須ですが、近くに水源がない場合はタンクなどに水を入れて頻繁に運搬・供給する必要があります。水源が確保できる状況であっても水源が放牧地より低い位置にある現場では、エンジン式動力などによる取水・給水が必要です。このため、家畜の飲水管理の省力・軽労化技術の開発が求められていました。
近年、かん水や噴水などに太陽光発電による揚水ポンプを利用する事例が見られますが、その存在は広く知られておらず、とりわけ畜産分野への応用例は皆無でした。耕作放棄地等の放牧現場の多くは商用電源が無いことから、家畜管理のために太陽光発電やバッテリーを動作電源とした電気牧柵器が多く導入されています。このことに着目し、電気牧柵システムに用いる太陽光発電等の電力を揚水ポンプシステムに活用して2つのシステムを組み合わせることができれば、家畜の飲水が自動供給され、家畜飲水管理の省力・軽労化が実現できるものと考えました。そこで、太陽光発電型の電気牧柵システムと揚水ポンプシステムを結合した省力的な家畜飲水供給システムを構築し、その有効性を検討しました。
研究の内容・意義
- 本システムは、耕作放棄地などの放牧現場において、直流電源で駆動する揚水ポンプシステムを導入し、自動的に家畜の飲水を供給するものです(図1)。本システムは、直流ポンプ、発電・蓄電制御のための充放電コントローラ、飲水槽などの水位制御のためのフロートスイッチ、ポンプのON-OFF制御のためのポンプコントローラで構成されており、耕作放棄地放牧などで一般的に導入されている太陽光電気牧柵と組み合わせて利用します(図2)。
- 本システムに用いた揚水ポンプはダイヤフラム式の直流ポンプであり、100m離れた高さ20mの場所に1時間あたり約400リットルの水を送ることができます。夏場の放牧牛の飲水量を45(L/日/頭)とすれば、放牧頭数4頭の放牧地では1日わずか30分間のポンプ稼働により、家畜の必要水量が供給できます。
- 放牧牛の飲水に必要な量の水が安定的に供給され、飲水不足による体重の低下もありません。また、本システムと電気牧柵システムの併用による電気牧柵器の電圧低下などの影響もなく、放牧牛の管理に十分な電圧が維持されます(図3)。
- 傾斜地等に複数の牧区が隣接しているような場合は、1台のシステムがあれば、最も高い位置に揚水し、高低差を利用して低部の牧区に飲水を供給することができます。また、いくつかの牧区で家畜を移動させて放牧を行う場合は、システム一式を移動して利用することも可能です。
- 本システムの導入コスト(飲水器、配管資材、電気牧柵システム、バッテリーに掛かる経費を除く)は、約6万円(2014年10月時点の価格)です。
今後の予定・期待
本方法は、耕作放棄地等での放牧の推進に当たっての重要な技術の一つであり、電気牧柵システムなどと同様の基本要件のシステムとして、広く活用されることが期待されます。今後は、放牧技術を普及する者等を対象としてシステムの導入法などに関する講習会を開催し、技術の普及を図っていく予定です。なお、機器の接続、給・排水系統の概要、電力設計等を説明した「耕作放棄地放牧等における省力的家畜飲水供給システム導入マニュアル」を畜産草地研究所のホームページの以下のサイトからダウンロードできます。
http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/pamphlet/tech-pamph/055278.html
用語の解説
1) 電気牧柵
電線とそれを支える柱、高圧のパルス電流発生器等からなる防護柵の一種で、これに触れた時の電気ショックにより家畜が放牧地からの脱出することを防ぐ器材です。逆に野生動物の田畑などの農地への侵入防止にも広く用いられています。電源はバッテリーや家庭用交流電源ですが、商用電源から遠い耕作放棄地等の多くは、太陽光発電とバッテリーを組み合わせています。
2) 揚水ポンプ(ダイヤフラム式)
ダイヤフラムは膜という意味を持ち、ゴム、樹脂、金属などを素材とした膜の往復運動と逆止弁を組み合わせて、水を低い位置から高い位置へ汲み上げるポンプのことをいいます。小型ですが、比較的省エネ型で高い送水能力と耐久性があります。
3) 耕作放棄地
農林業センサス上の統計用語で「以前耕地であったもので、過去1年以上作物を栽培せず、しかもこの数年の間に再び耕作する考えのない土地」を指します。全国でおよそ40万ha程あり、滋賀県の面積にも匹敵します。食料生産や農地保全の視点からもその縮小や解消が急務といえます。