プレスリリース
(研究成果) 作業の省力化と牛への負担軽減を実現できる過剰排卵誘起法を開発

- ホルモン投与が1回で済むので現場の労力も大幅削減 -

情報公開日:2017年9月14日 (木曜日)

農研機構
共立製薬株式会社

農研機構、共立製薬、岐阜県畜産研究所、福岡県農林業総合試験場、家畜改良センター、福井県畜産試験場嶺南牧場の研究グループは、水酸化アルミニウムゲルを用いた卵胞刺激ホルモン(FSH)1)の皮下1回投与による牛の過剰排卵誘起法2)を開発し、共立製薬とともに牛への負担軽減、移植用の体内受精卵採取の省力化を実現する製剤を製品化しました。

牛の増殖に用いる体内受精卵を採取するためには、雌牛に過剰排卵処置を行う必要があります。通常行なわれている過剰排卵処置では、卵胞刺激ホルモン(FSH)を1日2回、3日から5日間漸減投与3)することにより行なわれています。この方法では大きな労力を伴うだけでなく、日々の注射による家畜へのストレスも無視することができません。
今回、農研機構らの研究グループは水酸化アルミニウムゲルがFSHを高率に吸着し、血清アルブミン4)等の体液成分に置換されることによって、体内で徐々に放出されることを明らかにしました。さらに、このゲルを用いたFSHの皮下1回投与による省力的な過剰排卵誘起法を開発しました。
本法では、牛の頸部皮下に1回、肉用牛で30A.U.5)、乳用経産牛では40A.U.のFSHを投与することにより、複数回の注射が必要な漸減投与法に劣らない過剰排卵誘起成績を得ることができます。
この水酸化アルミニウムゲルを用いたFSHの徐放剤6)は製剤化され、2017年2月に「アントリンR10・Al®」として共立製薬から販売が開始されました。

関連情報

予算:農林水産省先端技術を活用した農林水産研究高度化事業「牛のワンショット過排卵誘起法の確立」(2004年4月~2007年3月)

特許:第4408017号「牛の過排卵誘起剤」、特開2015-20985「牛の過排卵誘起用皮下注射剤」

研究の背景と経緯

牛の改良、増殖を効率的に進めるため、受精卵移植が広く行なわれています。移植用受精卵の供給源として体内受精卵のニーズは大きく、一般に体内受精卵の回収は雌牛への過剰排卵処置を伴います。通常行なわれている過剰排卵処置では、FSHを1日2回、3日から5日間漸減投与することにより行なわれています。この方法では大きな労力を伴うだけでなく、日々の注射による家畜へのストレスも無視することが出来ません。この多数回にわたるホルモン処理の簡略化を望む声は大きく、これに応えるために数々の研究が行なわれてきました。
近年、多くのドラッグデリバリーシステム7)コントロールドリリース8)に応用可能な基材が医学・薬学の分野で開発されています。その中で、水酸化アルミニウムゲルはワクチンのアジュバント9)や他の薬剤の賦形剤10)などとして広く用いられている粘性の低い物質で、取り扱いが非常に容易なものの一つです。さらに、タンパク質等の高分子を電気的に高率に吸着し放出する能力を有することが明らかとなっています。農研機構は、この水酸化アルミニウムゲルのFSHに対する吸着性について検討するとともに、これを用いることで1回の投薬によりウシの過剰排卵を誘起することができることを明らかにしました。その結果を踏まえ、農研機構らの研究グループは、水酸化アルミニウムゲルを用いたFSH 1回投与によるウシの過剰排卵誘起法の開発に着手しました。

(研究の)内容・意義

  1. 水酸化アルミニウムゲルがFSHを高率に吸着する能力を有し、また、体液の主要成分である血清アルブミンと置換されて放出される可能性を示し、水酸化アルミニウムゲルがFSHの吸着体として優れていることを明らかにしました。
  2. 水酸化アルミニウムゲル液にFSHを溶解して頸部皮下に投与すると、水酸化アルミニウムゲルがFSHを保持し、そして徐々に放出することを明らかにしました(図1)。
  3. FSHを吸着させたアルミニウムゲルの皮下への1回投与による過剰排卵誘起法は、回収した受精卵の数や品質において、従来法である漸減投与法に劣らない成績を収めることが出来ました(表1)。
  4. 本剤の安全性試験を行ったところ、一般状態、発情徴候、体重、血液学的検査および生化学検査等に異常は認められませんでした。

今後の予定・期待

水酸化アルミニウムゲルを用いたFSHの徐放剤は2017年2月に「アントリンR10・Al®」として共立製薬から販売が開始されました。本剤の普及により、牛への負担軽減、過剰排卵処置の省力化が期待されます。

用語の解説

1)卵胞刺激ホルモン(FSH)
脳下垂体前葉の性腺刺激ホルモン産生細胞で合成・分泌されるホルモンで、卵巣内で未成熟の卵胞の成長を刺激し成熟させる。

2)過剰排卵誘起法
薬剤により人為的に卵胞成熟および排卵を誘起する技術。

3)漸減投与
投与するホルモンの量を徐々に少なくしていく投与方法。

4)血清アルブミン
血清中に多く存在するタンパク質の一つで、血清中に含まれるタンパク質の50~65%を占める。

5)A.U.(アーマー単位)
FSHの生物学的力価(一定の生物学的作用を示す量)を表す単位。

6)徐放剤
薬物を徐々に放出するように製剤学的な工夫を施した薬剤。

7)ドラッグデリバリーシステ
体内の薬物分布を量的・空間的・時間的に制御し、コントロールする薬物伝達システムのこと。

8)コントロールドリリース
製剤から薬物が溶け出す速度を調節すること。

9)アジュバント
主剤に対する補助剤のことで、主剤の有効成分がもつ本来の作用を補助したり増強したり改良する目的で併用される物質。

10)賦形剤
医薬品や農薬などの取扱いあるいは成形の向上や服用を便利にするために加える添加剤。

参考図

図1
図1 アントリンR10・Al®および従来のFSH製剤を用いた過剰排卵処置による血中FSH濃度
(黒毛和種2頭、ホルスタイン種3頭)

表1 アントリンR10・Al®および従来のFSH製剤を用いた過剰排卵処置による採卵成績(4施設)
表1

お問い合わせなど

研究推進責任者
農研機構畜産研究部門 研究部門長 塩谷繁

研究担当者
農研機構畜産研究部門 飼養管理技術研究領域 主任研究員 松山 秀一
共立製薬株式会社 開発本部開発1部 石井 健容、北山 咲園子

広報担当者
農研機構畜産研究部門 企画管理部 広報プランナー 木元広実
取材のお申し込み・プレスリリースへのお問い合わせ(メールフォーム)
共立製薬株式会社 総務部 大野 弘嗣