プレスリリース
(研究成果)家畜卵巣用の卵子採取器具の開発
- 卵子採取時間を短縮し、体外受精卵の生産作業者の負担を軽減 -
農研機構
ミサワ医科工業株式会社
ポイント
農研機構、ミサワ医科工業株式会社、宮城県畜産試験場、多治見牛ETクリニックの研究グループは、牛など家畜の体外受精卵の生産に用いる卵子を、卵巣から簡単に吸引採取できる「卵子採取器具」を開発しました。本器具を用いると適正な吸引圧を維持することが容易で、手動吸引に比べて作業時間が3/4に短縮されることから、開発した器具は、作業の省力化に役立ちます。
概要
酪農および肉用牛生産では、付加価値の高い乳用牛の産子生産や肉用牛の増殖のために、受精卵移植技術が利用されています。受精卵移植用には、一般的には雌牛の体内から回収した体内受精卵が用いられています。さらに、近年は、これまで廃棄されていた食肉処理場由来の雌牛の卵巣から卵子を採取して体外受精卵の生産が広く行われるようになってきました。通常、卵巣からの卵子採取は注射器を用いて手動で行いますが、手動吸引では、適正な吸引圧を維持しながら卵子を吸引する作業が熟練を要すること、また、一度に多数の卵巣を処理することが多い卵子採取は、作業者の負担が大きいことが問題となっていました。
そこで、農研機構らの研究グループは、今回、携帯型たん吸引器を用いて適正な吸引圧を維持することにより、卵子の吸引が可能で、効率的に卵巣から卵子を吸引できる器具を開発しました。本器具は、ストッパーを押すだけで卵子の吸引が可能です。手動吸引に比べて卵子採取にかかる時間も3/4に短縮されました。また卵子の回収率や採取卵子を用いた体外受精卵の生産率については、手動吸引と同等の成績が得られました。
本器具は、本年9月にミサワ医科工業株式会社より、「OVA-9 Set」として販売開始予定です(予定価格5,000円/1セット)。
【関連情報】
実用新案:実用新案登録3213756号、予算:運営費交付金(BGN13C12)、財団法人伊藤記念財団
詳細情報
研究の背景と経緯
現在、国内の牛(乳用牛および肉用牛)の飼養頭数の減少や子牛価格の高騰が大きな課題となっており、早急な増頭が必要とされています。付加価値の高いエリート牛の産子生産や、肉用牛の増殖には、受精卵移植技術が利用されています。受精卵移植用の受精卵は一般的には雌牛の体内から回収した体内受精卵が用いられていますが、技術の進歩により、体外受精卵が生産されるようになり、と畜後の雌牛の卵巣から卵子採取が広く行われるようになってきました。体外受精卵が、低コストで生産可能になったことから、現在では年間約2.4万個の体外受精卵が借り腹牛に移植されています。
また、現在、我が国では、年間約66万個の牛卵子が食肉処理場の卵巣から採取されています(国際胚技術学会調べ)。この統計データのほかにも、50以上の大学や研究機関等が、研究目的として食肉処理場由来卵巣から牛卵子を採取して利用していると考えられます。
卵巣からの卵子採取は通常、注射器を用いて手動で行います。吸引力(吸引圧)が低いと卵子採取率が低下し、吸引力が強すぎると、卵子の成熟や受精に必要な部分が卵子から剥がれてしまい、体外受精卵の生産率が低下します。このため、卵巣から効率よく卵子を採取するためには、適正な吸引圧を維持しながら卵子を吸引することが重要です。しかし、この作業は困難で熟練を要し、また長時間にわたり多数の卵巣を取り扱うと作業者の負担が大きいこと(疲労や手のひらの胼胝腫(いわゆるタコ)の発生)が課題でした。
研究の内容・意義
- 適正かつ安定した吸引圧を維持しながら、簡単に卵巣から卵子を吸引採取できる卵子採取器具を開発しました。開発した器具は、適正な吸引圧(100~120mmHg)に調節できる廉価(約4万円)な市販の携帯型たん吸引器に接続して使用します(図1、2)。
- 本器具の利用により、手動吸引に比べて卵子採取にかかる時間が3/4に短縮されることが確認されました(図3)。多くの卵子を採取する際に作業者の負担軽減につながります。
- 開発した器具の使用により、卵子の回収率や、採取卵子を用いた体外受精卵の生産率については、手動吸引と同等の成績が得られました(図3、表1)。
- 本器具は、食肉処理場由来の牛卵巣からの卵子採取を前提としていますが、牛に限らず豚などの家畜の卵巣からの卵子採取への利用も可能です。
今後の展望
開発した器具は、効率的で安定的な体外受精卵の生産に役立ちます。本器具は本年9月にミサワ医科工業株式会社より「OVA-9 Set」として販売開始予定です(予定価格5,000円/1セット)。
研究体制
本器具の研究開発は、農研機構畜産研究部門家畜育種繁殖研究領域・的場理子上級研究員、ミサワ医科工業株式会社開発グループ・御澤弘靖第一課長、熊本県農業研究センター畜産研究所・横山輝智香研究主任、宮城県畜産試験場・伊藤愛技師、多治見牛ETクリニック・多治見紫織培養担当が共同で行いました。
参考図
図1 卵子吸引器具の概要
左上:牛の卵子採取器具一式(本体、ストッパー、チューブ)。
右上:器具本体の図。
下:牛卵巣から卵子を採取する様子。器具に市販の携帯型たん吸引器を接続して使用します。
図2 具体的な使用手順
図3 卵巣1個あたりの卵子採取時間および体外受精後の受精卵(胚)発生率
対照区:注射器を用いた手動吸引。
2日目の卵割率:初期の細胞分裂した卵子の割合。
7~8日目の胚発生率:受精卵移植可能な時期まで細胞分裂した生存受精卵の割合。
*40個の卵巣を操作する場合、開発器具区(94.9分)は対照区(127.3分)に比べ、卵子採取時間における労働時間が約25%(約32分間)短縮されます。卵子採取時間は、体外受精卵を生産する全行程の最も長い時間(全行程の1/3)を占めています。開発器具の使用により、体外受精卵を生産する全行程の実働約6時間のうち約10%効率化できます。
*データは短期間(約2か月間)の経験者による成績です。