研究の経緯
私たちは家畜骨格筋を食肉として利用しています。家畜の成長に伴い骨格筋細胞も肥大し、最終的に食肉として利用できる骨格筋量が増加します。一方、家畜等の動物生体内において10種類以上のカルパイン2) が存在し、受精、細胞分化など多様な生命活動に関与しています。骨格筋特異的に発現するカルパイン3の酵素活性が機能しないと骨格筋が萎縮するので、骨格筋が肥大するためには、カルパイン3のタンパク質分解酵素としての機能が必須です。そのため、骨格筋が正常に成長・肥大するために必要なカルパイン3の酵素活性を制御する仕組みを明らかにすることが大きな課題でした。これまで、酵素学的に活性化したカルパイン3は、骨格筋細胞・組織をすりつぶした試料を用い、抗体により検出していました。そのため、単一の細胞レベルで活性化したカルパイン3をリアルタイムでモニターすることができず、いつ、どのような刺激によりカルパイン3が活性化するのかという時空間的な酵素活性制御機構は不明でした。
研究の内容・意義
今回、酵素学的に活性化したカルパイン3を細胞内で検出するための技術を開発しました。プローブには、カルパイン3が切断する特異的なアミノ酸配列が、青色蛍光タンパク質と黄色蛍光タンパク質との間に挿入されています。プローブが切断されない状態では、フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)3) が起こり、青色蛍光タンパク質の励起波長により黄色蛍光が観察されます。しかし、カルパイン3によりプローブが切断されると、FRETも解消されるため、青色の蛍光が観察され、その結果、酵素学的に活性化したカルパイン3をプローブの蛍光波長変化(黄色蛍光→青色蛍光)として検出することができます(図1 、図2 )。
今後の予定・期待
今回開発したプローブを用いることで、骨格筋細胞でのカルパイン3の酵素学的な性質が明らかになれば、骨格筋肥大機構の解明につながり、食肉生産における基礎的知見として役立つと考えられます。
また、カルパインの酵素活性は、動物個体が生きている間のみ機能するのではなく、その生命が途切れた後でも発揮することが知られています。特に、骨格筋が食肉に変換される食肉軟化(熟成)過程において、カルパインが骨格筋細胞内の主要な構造タンパク質を切断することで、骨格筋が食肉としての適度な堅さに変化し、さらにペプチドを増加させることにより風味が向上します。将来的には、開発したプローブを用いることで、食肉軟化過程における活性化したカルパイン3をリアルタイムでモニターでき、カルパイン3の食肉軟化過程での役割も明らかにできると考えています。
用語の解説
プローブ
探針の意味で、目的物質の検出や活性の検出のために使う物質を指します。[概要へ戻る]
カルパイン
カルシウムイオンにより活性化されるタンパク質分解酵素で、特異的な基質のみを限定的に切断します。[研究の経緯へ戻る]
フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)
異なる蛍光波長をもつ蛍光分子AとBが存在した場合、本来であればAの励起光により蛍光Aを、Bの励起光により蛍光Bを発します。AとBが十分に近接して存在した場合、Aの励起を介してBが励起され蛍光Bを発します。この現象をフェルスター共鳴エネルギー移動といいます。[研究の内容・意義へ戻る]
発表論文
K. Ojima, S. Hata, F. Shinkai-Ouchi, M. Oe, S. Muroya, H. Sorimachi and Y. Ono. Developing fluorescence sensor probe to capture activated muscle-specific calpain-3 (CAPN3) in living muscle cells. Biology Open. 2020, 9(9):bio048975. doi: 10.1242/bio.048975 .
参考図
図1 活性化したカルパイン3を検出するプローブのしくみ
カルパイン3が活性化していない場合、プローブは切断されず青色励起光によりFRETが起こり、黄色蛍光が検出されます。カルパイン3が活性化した場合、プローブ内に挿入されたカルパイン3認識部位で切断されることでFRETが解消され、青色励起光により青色蛍光が検出されます。
図2 活性化したカルパイン3の検出
(A)プローブを導入した骨格筋細胞の写真。
(B)通常の骨格筋細胞(●)ではカルパイン3の活性化薬剤処理により、相対蛍光比の値が上昇します。一方、酵素活性不全のカルパイン3をもつ骨格筋細胞(〇)では相対蛍光比の値はほぼ一定になります。*, p<0.05.